空高編


第3章 神子と双子と襲撃



翼が退院してから六日目になろうとしている。
政府の動きはぴたりと止んでいて、あまりにも静か過ぎて、その静かさを不気味に思った無焚は実験班組織に連絡をして羅繻と死燐を呼びつけていた。
今、この家にいるのは雷希、翼、アエル、無焚、死燐、羅繻の六人。
雷月と飴月は、此処が襲撃された時のことを考えて実験班組織へと移動し、羅繻、死燐と入れ替わる形となっている。

「しかし、向こうも同時襲撃を受ける可能性があるのでは…?」

翼の心配は最もだろう。元々実験班組織は政府に目を付けられているし、翼が政府に存在を知られるきっかけになった場所も同じく実験班組織だ。
翼がそこに避難していると想定して、組織に襲撃をする可能性も在り得る。
しかし翼の心配とは裏腹に、死燐は涼しい顔をしながら心配することはないと語った。

「可能性はゼロじゃない。だから、弓良に言いつけて来た。いくら引きこもりのアイツでも、有事になれば外は無理でも書庫からは出てくれるだろうし、守ってくれるさ。」
「弓良殿が…?」
「アイツは強い。信頼しているし、他の奴等も手練れだ。そう簡単には負けないよ。」

死燐は自信満々に笑って、茶を啜る。
余程自分の団員達を信頼しているらしい。十年も組織の団員を増やし、引き連れて来たのであればその信頼は当然のものなのだろう。
羅繻も死燐に同調する形で、頷いた。

「うちの組織ってさ、みんな外見は人型だけど、人外ばっかりだから。使者とはほぼ対等だし、大使者にも簡単には負けないよ。何より、弓良もいるし。」

あの弓良と呼ばれる狐の妖は、相当二人に信頼されているらしい。
そこまで信頼しているというのであれば、自分も信頼をしようと、翼は笑った。

「それなら、頼もしい。…しかし、何故死燐殿まで、こちらに?団長なのだから、組織にいた方が良かったのではないか?」
「…あー…それは、その。」

翼の問いかけに、死燐が歯切れ悪く視線を外す。
すると、隣にいた羅繻がにこにこと笑みを顔に浮かべながら、その理由を答えた。

「僕がお願いしたの。死燐と一緒じゃなきゃやだーって。僕、死燐いないと死んじゃうから。」

寂しくて、と更に言葉を付け足す。
死燐は恥ずかしそうに羅繻を小突いていたが、二人は相当なまでに互いを必要と思っているのだと、翼はうんうんと頷いた。

「友情というものは素晴らしいな、雷希。アエル殿。」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう。」

アエルはそれだけ呟いて、溜息をつきながら茶を啜った。


第44晶 襲撃迎撃


夜明け前、居間で各々集まりながら眠っていた中、羅繻は一人、ゆっくりと目を開けた。
植物のざわめきと、虫の鳴き声しか聞こえない、静かな空間。
常人であれば何もないような平穏に思える時間の中であるが、羅繻には感じ取れるものがあったのだろう。羅繻は身体を起こして周囲をきょろきょろと見回す。
皆が寝息を立てている中、羅繻はその中でも一番深い眠りに陥っているであろう死燐の身体をゆっくりと揺さぶった。

「死燐…死燐。」
「……なんだ、羅繻…」

羅繻の声に反応し、死燐は身体をもぞもぞと動かしながらゆっくり目を開ける。
そんな死燐を見て、羅繻は意外そうに目を丸めた。

「…意外。すぐ起きないだろうから、真っ先に起こしたのに。」
「……非常事態にそこまで寝入る程、莫迦じゃない。」
「そっか、うん、その割には十分深く寝入ってたけど、突っ込まないでおくね。…死燐、木々が煩い。来るよ。」

ひそひそと、羅繻は死燐の耳元で耳打ちをする。それが何を意味するのかを察した死燐はこくりと一回頷くと、浅い眠りに入っている残りの四人を起こそうと振り向く。
しかし既に二人の動きを敏感に感じていたのか、四人は目を覚まして各々の武器を手に構えていた。元々襲撃の恐れがあるのを見越していたので、眠りが浅かったというのもあるだろう。
羅繻はちらりと物言いたげに死燐を見たが、死燐はそれを知ってか知らずか、真面目な顔をして四人に視線を合わせていた。
静かに目と目を合わせて頷き合うと、扉へと視線を集中させる。

「今だっ!」

羅繻の声と、ほぼ同時。
ドン、という音と共に扉の正面から一人。ガシャンと窓が割れる音と共に左右の窓から二人ずつ、黒服の男達が侵入して来た。
その手には刀や銃、ナイフといった各々の武器が握られている。
五人の侵入をほぼ同時にメキメキと家が軋む音がしたかと思えば、家の床から小さな植物の芽が生えて、通常では考えられない速さで成長し、小さな木と木が絡み合って盾のような形へと形を成していく。
こう語ると通常では考えられない速さと言ってもたかがしれていると予想されるかもしれないが、この木の盾は五人が屋内へ侵入し、翼たちに武器を突きつけるという数秒にも満たない動きの合間に成長をしていたのだ。
この木の盾によって奇襲が阻まれると、絡み合った木と木から更に続けざまに枝が伸び始め、先端を尖らせた刃物のように形を成してその肉に風穴を開けようと蛇のように枝をうねらせて迫っていく。
正面から来た青色の髪をした少年は刀でその枝を斬り裂き、両側から二人ずつ襲撃して来た男たちも、その枝を鋭く研ぎ澄まされた刃で斬り裂いて攻撃をかわす。
木の枝の猛襲を潜り抜けて盾との距離を狭めていくと、この盾の裏から黒い光を帯びた輪っかのようなものが四方に向けて飛び交った。
光の輪はまるで意思があるかのようにぐにゃりぐにゃりと動きながら、男達めがけて飛んでいき、男達の身体を掠める。
僅かに服を掠めた程度ではあるが、その服はぱくりと口を開けるようにいて破けてしまい、その輪っかがただの輪っかではなく、殺傷能力があるということを見せつけていた。
目を逸らせば首が飛ぶのではないかという危惧からか、その輪に男達の視線が集まった時、扉に向かって翼が、右側の窓に向かって無焚、左側の窓に向かって雷希とアエルが盾の裏側から飛び出す。
それぞれの刃物がぶつかり合う、金属質の音が響いた。

「はっ、まさか大使者が全員こっちにお出ましとはな…」

無焚の手にはナイフ。そのナイフを受け止めていたのは、刀でもナイフでもなく、硬質な刃に変えられた腕だった。
その腕の主は白髪の髪に白髪の瞳。じっとこちらを見据えるように無焚を見つめると、にこりと優しく、けれどもその裏に含みを見せるような顔で微笑む。
人や生物を生み出した神の分身である第一番目の大使者であり、特殊部隊の隊長、無色だった。

「こちらも驚きです。まさか弥瀬地の五番目が、こんな所にお見えになるなんて。」

無色がその刃を振り払うと、無焚の細い身体がふわりと浮かぶ。彼が着地をする前に、その脇を縫うようにして淡い紫色の髪をした小柄な少年が姿を現した。
少年は拳を振りかぶり、身体を宙に預けたままの無焚の腹部に命中する。
ぐしゃりと体内の骨という骨が砕けるような音を聞きながら、無焚の身体は勢いよく飛ばされ、家の壁を破って外へと放り出されていった。

「無焚さんっ…!」
「…君はこっちの心配をした方がいいんじゃないかな?」

アエルに冷たく言い放ち、砂色の髪をした少年、修院は刀を弾く。
アエルも負けずに刀を振るうが、修院はまるでアエルの動きを読み取っているかのように刀をかわしていた。
修院と共に襲撃した鴈寿も、同じく雷希の巨大な剣の動きを交わしていく。こちらも、雷希の動きを読んでいるかのようだ。
否、読んでいるようではなく、恐らくは彼等は動きを読み取っているのだろう。そう予想出来る程に、彼等はかすり傷一つ許さずアエルと雷希の動きを回避していた。

「貴方の動きは単調ですね、とても読みやすい。」
「っ、んだと…!」
「故に、とても闘りやすいです。」

ガシャン、と鴈寿が懐から取り出したのは、真っ黒な拳銃。雷希の額に向かって引き金を引いて、その弾丸を放った。
しかしその弾丸は雷希の額に風穴を開けることはなく、雷希の正面に現れた黒い光の盾が彼を守るようにその弾丸を弾く。

「気を付けろっ!当然だが、当たったら死ぬぞっ!」

その光は彼等の注意を散漫させた光の輪と同じ形状のもので、そしてそれを操っているのは、死燐だった。
黒い光を輪状にすると、それを鴈寿、修院めがけて投げていく。

「羅繻っ!」
「オーケィ死燐、わかってるよ!」

羅繻が腕を伸ばすと、ぼこぼこと腕が盛り上がっていき無数の植物が皮膚を破って姿を現す。
その植物は次々と無色やその隣にいた少年へと襲い掛かっていき、余りの植物の多さに動きが読めても身体が対応しきれないのか、彼等は追撃を困難としていた。

「無焚さん!平気ですか!」
「っ、平気な訳あるか!肋骨折れたぞ!」

死燐の叫び声に呼応するように無焚は起き上がり、大穴を開けた壁から家へと再び足を踏み込んでいく。
眉はぴくぴくと動いていて、額の血管はぷかりと浮かび上がっていた。

「っ…あー、効いた…すげぇ効いたよ拳…ちくしょう…倍にして返してやる…」

怒りに満ちた表情とは裏腹に、無焚の口角はこれでもかという程、にやりと上に上がっていた。
そして、背後の盛り上がりを聞きながら、翼は目の前にことに集中し、刀を振るって目の前の、瓜二つの少年と刃を交える。
その刀は、雷月から貰った飴月特製の小太刀ではなく、特殊部隊から奪った、アエルの掌を貫いた時に用いた刀であった。
あまり使いたくないものではあったが、元々翼が所有していたものは霊を対象にしたもので、人と殺し合う為に作られたものではない。よって、この戦闘には不利だから、せめてもの護身用にと雷月たちに預けてしまっていたのだ。
慣れない武器ではあるものの、元々刀の扱いは得意であった為、その刀はすぐに翼の手に馴染み、目の前の少年と互角に刃を交えるために活躍している。

「っ、青烏っ!」

翼は、彼の名を呼ぶ。
しかし、己の今の名前は空高翼なのだと信じている彼は、その名前には反応しない。ただ翼を斬る、それだけに集中していた。
翼は刀を大きく振りかぶり、青烏の刃を力強く弾く。
ギィンと重い金属の弾き合う音が響き、二人の間に距離が生まれる。
二人の兄弟は、再び刃を持って、向かい合うことになった。

 


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