空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「よぉ、だいぶよくなったんだな。」

翼とアエルが院内を歩いていると、同じく巡回中だったらしい諷炬と出くわした。
彼の周囲だけ温度が違うのではないかという程、爽やかな風貌をしている。白くきめ細やかな肌と適度な筋肉のついた肉体を魅せながら院内を歩いている彼が医者だという証拠は、半裸の上から羽織っている白衣だけだろう。
キラキラと輝いている彼の姿が眩しいのか、アエルは少し視線を逸らした。

「嗚呼、明日には退院だよ。アエルは俺達が引き取ることになった。」
「へぇ、あんなやりあってたのに、もう仲良くなったんか。感心やんなぁ、諷炬。」

そんな諷炬の隣に立ち、うんうんと頷く砂色の髪をした青年。
諷炬の肩を抱いて親しげに話しているが、諷炬は少し鬱陶しそうだ。

「この前はたまたまオレ一人だったけど、連合院内での巡回は基本コンビで動くことが多いんだ。こっちは梓昏。ちょっとサドだけど、まぁ患者には悪い奴じゃないよ。患者には。」
「患者にはっつーのはどういう事なん?俺は他の医者にも優しいやん、諷炬以外には。」
「オレ以外?!」

あからさまにリアクションの大きい諷炬を無視して、梓昏は笑顔で翼とアエルに語り掛ける。
翼は少し困ってアエルを見る。アエルも同じく、少し困ったような顔をしていたが、厭という訳ではないようだ。

「院内の見学なん?」
「ああ。明日退院してしまうからな、その前に少し此処を見学させていただきたいと思って。瑠淫殿には入院当初に了承済みだ。此処は実験班組織より、物騒なものも少なそうだし、安心して見学させてもらってる。」
「嗚呼、あそこは物騒やもんねぇ。まぁ患者さんの個室とか診察室とか、諸々患者の個人情報の関係で見せられんとこはあるけど、そゆとこ以外、つばちゃんなら大歓迎。君みたいな表裏のない子は、ウチの害になるようなことはせぇへんやろし。」

梓昏はそう言って、上機嫌に笑っていた。
しかしその笑みの裏には当然、院に害のある者には容赦はしないという鋭い意思表示があるということを読み取れたアエルは、ごくりと生唾を飲み込む。
実験班組織も厄介だが、此処の人間も、相当の手練れ揃いのようだった。


第42晶 院内探検


「なんだか、全体的に白いな。」
「そりゃぁ病院ですし、白が基調なのは当たり前なんじゃないんですか?」
「何で病院は白いんだ?」
「清潔感があるのは白だから…じゃないですかね。って、質問ばかりしないでくださいよ、私だってわからないことがあります。」

アエルは呆れながらも、翼の質問に対し丁寧に答えながら、院内を歩き回っていた。
院内は壁も床も天井も白いが、よく見れば真っ白という訳ではなく、ほんのりと茶色がかっている。

「白茶色は真っ白よりも目に優しく安心感があるので、人の自然治癒力を高める効果があるみたいですよ。」

その声に振り向くと、黄緑色の髪を一つに束ねた青年が、カルテを片手に微笑んでいた。
耳には星の形を模した耳当てのようなものをつけている。

「可愛らしい耳当てだな?」

白衣とは似つかわない黄色と橙色の可愛らしい色をした耳当てに翼が疑問を持つと、その青年は少し困ったように笑った。

「ありがとう、耳当てなんて非常識っていう人はいても、可愛いなんて褒めてくれる子は珍しいです。これはね、あまり音が聞こえないようにするためにつけてるんですよ。」
「音を?」
「そう。僕は生まれつき聴力が良すぎて、ね。こうして耳当てをしていても状態でも、きっと君たちが通常の状態で聞いている音と同じくらいの音量で聞こえてますですよ。」

複雑そうに笑う青年は、それでも少し得意げだった。
自己紹介が遅れましたね、と青年は手を翼とアエルの前に差し出す。

「君が噂の空高翼と、都木宮アエルですね?僕の名前は醒瞳燭嵐。七番目の大使者なのですよ。」

燭嵐の言葉に二人は目を合わせ、驚きの意を見せる。
第七番目の大使者。
確か無焚が七番目の大使者は医者勤めだと言っていたが、まさか連合秘院に務めているとは思わなかった。
驚きながらも、翼は燭嵐の手を力強く握り、握手を交わす。

「まさか七番目の大使者がこんなところにいるとは…思わなかったよ。」
「嗚呼、無焚から説明なかったですね?全く、アイツは肝心なところで説明が足りねぇです。まぁ、僕は中立だからどちらかには偏れないですが…正直、心の中ではてめーの味方ですよ。」

燭嵐は、ぼそっと翼に軽く耳打ちをする。
これ、他の人には秘密にしてくださいね、と悪戯っぽく微笑む彼の姿は無邪気に見えて、翼は思わず微笑んだ。
丁寧に見えて少し荒い口調の中にある親しみは偽りなく翼の中に染み込んで、ほっとした気持ちになっていると燭嵐の元へ終義がやって来る。

「燭嵐、何か翼に変なことを吹き込んでるんじゃないだろうな?」
「えぇ、んなことねぇですよー。ちゃんと仲良くしてましたです、ねー翼。」
「嗚呼、していたぞっ!」

翼と燭嵐が互いににこにこしている様子に、逆に訝しんだ様子で見ている終義の様子がおかしくてアエルは笑う。
アエルまで笑っているのが予想外だったのか、終義は呆けた顔でアエルのことを見つめていた。
すみません、とアエルは一言置く。

「翼と燭嵐さんは仲良くしていましたよ。終義さんの顔が面白くてつい…すみません。」
「俺の顔が面白いってどういう意味だよ…むかつくから髪切らせろ。」
「何でそうなるんですか、厭ですよ。これから翼と院内探索の続きをするんですから。」
「む…」

終義は納得していないようだったが、溜息を突きながら一つにまとめている燭嵐の黄緑色の髪を掴んだ。
その光景はかつて雷月と飴月が行っていたやりとりに少し似ている。
燭嵐はぎゃっと小さく悲鳴を漏らした。

「でも、お前は仕事。まだ残ってるだろうが。」
「ううううう、しゃぁねぇです。翼―、もうすぐ退院かもしれねぇですけど、また会おうですよー」

ズルズルと終義に引きずられていく燭嵐を見送りながら、翼とアエルは改めて院内をゆっくり歩いた。
院内にいる人々は、どう見ても人間である姿の者もいれば、頭に角をはやした者や動物のような姿の者と様々な種族のものとすれ違う。
どうやら人間以外の種族もこの病院では請け負っているようだ。

「此処に来る人々は、訳ありが多いみたいですよ。」

アエルが周囲をきょろきょろとみる翼を見ながら、言う。
その言葉に反応するかのように、翼はアエルを見た。

「孤児とか、あなた達みたいに政府に背いた人みたいな訳ありとか、後は…人間の病院には行けない、人以外の種族である者達とか。」
「…あまりあからさまに人型でない者を見たのは初めてなので、少し驚いたが…本当にいるんだな。」
「妖や精霊の類は、人型以外もいますから。」

翼は霊や妖というモノに出会ったのも、つい最近だ。
角をはやして耳を尖らせた、鬼のような母子が紫色の髪をして白衣を羽織った医者から薬のようなものをもらっている。
見た目は人間に似ているが、その角や耳から見ても、どう見ても人間ではない。
さらに視線を他へ移せば、弓良のように動物の耳をして、尻尾を生やしたものが歩いていたり、多くの種族の者が行き交っていた。
その光景は新鮮で、いないと思っていたものがいるという衝撃と、外の世界の広さとが一気に瞳に飛び込んでいく。

「なんか、いいな。」
「え?」
「こうして、色んな種族の者が集まって、歩いているのって、いいな。」
「…そう、ですね。」
「こんな光景が、街でも当たり前になればいいのに。」

そういって翼は微笑む。

「アエル殿、いつか一緒に、みんなで、そんな日常を作れたら、それは素晴らしいことだと思わないか?」
「は?はぁ…」
「きっと、俺達が知っている場所以外でも、色んな種族たちが集まって暮らしているんだろうな、素晴らしいな、見てみたいな、楽しみだな。」
「…まずは現状をどうにかしないとどうにもなりませんよ…」

幼子のように無邪気にはしゃいで院内を踊るように歩く翼を注意しながら、アエルは笑って彼の隣を歩いていた。

 


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