空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「双子の、弟…?」

翼は頭を抱えたまま、呟く。
見覚えがあって見覚えがない名前。
自分に兄弟がいた記憶なんて、ない。
それでもその名前は懐かしくて、聞くと胸が暖かくなって、苦しくなった。
もしも記憶がないのが事実なのであれば、消えているのはこの子との思い出。

「まぁ記憶を消されてるのはお前だけじゃなくて、お前の弟…ま、この場合は紛らわしいし、青烏って言っておくか。青烏も同じだろうな。」

無焚の言葉に、一同は頷く。
もし青烏が記憶を保持しているのであれば、翼にいともたやすく刃を向けるとは考え難い。

「そうでしょうねぇ。翼に対してかなり執着はしていましたが…大方、羽切様あたりに何か吹き込まれたのでしょうね。」

アエルもそう思ったらしく、同調するように頷く。
翼と青烏の記憶喪失の背後には、空高一族頭首代行を務めている羽切がいるのは間違いないだろう。

「で、どうする?翼。青烏のこともそうだけど、そのアエルっつーのも、居場所がないだろ。」

孤児だったんだしな、と無焚は言葉を付け足した。
そう、アエルにはもう居場所がない。

「いる場所ないなら、うちに連れてくればいい。んじゃ、ないかな?」

そこで声をあげたのが、飴月だった。
飴月の言葉は雷月や雷希も考えていたらしく、雷希も含み笑いを浮かべて頷く。

「ま、この莫迦師匠引き取った時点で四人も五人も六人も代わりねぇか。」
「六人?」
「莫迦、決まってるだろ、俺、雷月、飴月、アンタ、後そこのアエルってのと、青烏。全部で六人、だろ?」

笑う雷希の笑顔につられ、翼も思わず微笑む。
そして、アエルの方へ向くと、翼は笑顔でアエルに手を差し出した。

「そういうことだ、アエル殿。居場所がないなら、俺たちと共に来ないか?俺の弟とやらも連れ戻して、みんなで世界を見ようじゃないか。」

太陽のように笑う翼の笑顔は純粋で偽りがなくて表裏がなくて眩しくて。
彼のことを疑うのは無駄であるということは、彼の心を読まずとも明らかだった。
そして、これ以上彼に敵意を向けても無駄ということも。

「ほんっと、変な人です。貴方は。」

そして、羽切が、政府が、彼を消そうとする理由もまた、明らかだった。


第41晶 甘い言葉


空高青烏は、苛立っていた。
任務の失敗。そして、相棒としてコンビを組んでいた都木宮アエルの喪失。
この部隊に所属しているからには、結果が全てだ。敵に負け、膝をついたアエルを見限るのは当然のこと。
アエルは弱かったから、翼に負けた。そして見限られた。
それだけだ。
それだけだが、やるせない気持ちから、青烏はあの日以降、任務の話が出ないのをいいことにずっと部屋に引きこもっていた。

「…アエル…」

アエルは、刀の腕前は常人より確かにあった。
けれどもあくまでそれだけで、彼の能力や人柄からも、彼は前線に立つよりは参謀としてサポートに回る方が得意であることは青烏から見ても明らかで、異能者同士の闘いになればいつか隙が出るかもしれない危うさがあった。
五番目と呼ばれる、碑京無焚の存在も大きい。
彼は政府の中でもブラックリスト的な扱いで、一番危険視されている大使者でもあった。近くに三番目の拠点があるのは知っていたが、まさか五番目がこちらにいるとは、政府側にとっては予想外だったのだ。
そして今、翼は連合院にいる。
中立を信条とする特別連合協会秘院には、どのようなことがあっても侵入は許されない。
今は手を出したくても出せないというのが現状だった。

「翼。」

名前を呼ばれて、青烏は顔を上げる。
青烏は、自分の名前を知らない。自分のことすらも、知らない。
気付けば幼いころから牢に閉じ込められていた。
物心ついた時から暗く狭くじめじめとした空間で、生きているのか死んでいるのか、何のために存在しているのかもわからない暗闇の中で十数年を過ごしていた自分を外へと連れ出してくれたのが、空高羽切その人。
羽切は自分に居場所をくれた。存在意義をくれた。そして、空高翼として生きる方法を、教えてくれた。
空高翼を殺し、空高翼に成れば、自由になれると、優しく笑って、そう語ったのだ。
翼を殺せば自由になれる。
もうあの暗くて狭いところにいなくて済む。
だから青烏は、羽切に従っていた。
真実を何も知らないまま。

「お呼びですか、羽切様。」

自分を呼んだのが羽切だとわかり、青烏は扉を開ける。
特殊部隊の住まう地下寮に羽切が顔を出すのは珍しい…それ所か、初めてだった。
扉の向こうには少し白んだ青色の髪をした男が立っていて、目元の皺や険しく眉間に寄せた眉が、空高頭首代行としての貫録を出している。
青烏が深々と頭を下げると、羽切は優しく青烏の頭を撫でた。

「頭をあげなさい、翼。今日はお前と話をしたくて来たんだ。」
「話、ですか…?」

青烏が首を傾げると、羽切は優しい声色で、彼に語り掛ける。

「嗚呼。都木宮アエルのこと、ショックを受けているだろうと思ってね。」

青烏は、その言葉を聞いてピクリと眉を動かす。
些細な表情も羽切は見逃さないのか、青烏の表情を察して羽切は優しく青烏の肩に手を置いた。

「すみません。私が、力及ばずなばかりに…」
「自分を責めるな、翼。悪いのは全て、あの神子だ。」

だからこそ、と羽切は言葉を付け足す。

「お前の力が必要なんだよ、翼。お前こそ、神子…神の子として相応しい。」

力が必要。
必要というその言葉に、青烏は胸を高鳴らせる。神の子と呼ばれていた空高翼。彼よりも自分の方が相応しい。
羽切の口から踊るように零れる褒め言葉に、青烏は表情を緩める。
青烏がどんな言葉を必要としているのか、どうすれば容易く彼の心を誘導できるのか、彼は熟知していた。
甘く優しい言葉は底なし沼のように青烏の足に絡みつき、彼を飲み込む。

「必要、私が…あの、神子より?」
「嗚呼。そうだ。だから、お前にはあの愚者を討ち、真の神子として、成人の儀を執り行ってもらいたい。」

大きくゴツゴツとした手が、青烏の髪に優しく触れる。
底なし沼は、彼の身体を喰って行く。

「翼。今から私の部屋に来なさい。神の子を討つ者として、新たな神の子として、相応しい力を授けてやろう。」

羽切はそっと青烏の手を引く。
翼と青烏が再び対面を果たす日より、一週間前の出来事だった。

 


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