空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「翼。来い。」

ある日、翼は羽切に呼び出され、久々に部屋を出た。
部屋の外の景色は何も変わっていないように見えるが、それでもしばらくぶりに出ると、まるでそこは異世界であるかのような心地に浸ってしまう。
周囲の者が皆、ひそひそと何かを呟きながら翼のことを奇異の目で見る。
雷希が居た頃には気付かなかった、痛い視線。
今思えば、この視線は、自分が屋敷内を歩き回るたびに向けられていた。
ただ、この二年間、雷希がいない間は、目立たなかっただけで。
居心地の悪い思いをしながらも羽切のいる部屋へと辿り付き、静かに正座する。羽切の隣には、自分といくつか年の近い少女が座っていた。
澄んだ綺麗な空色の髪と瞳。
同じ空高一族の娘だ。

「空高烏羽。私の娘だ。」

羽切は、静かに語る。
表情の読み取れぬ顔で、少女はじっと翼のことを見つめている。
まるで自分の中を見透かされようとしているような心地になり、翼は少し顔をしかめた。
しかし、翼のその表情の変化の真意は、誰も読み取れなかったらしい。
翼の表情の変化は、突然羽切に娘を紹介された故の疑問、と周囲には読み取られた。

「お前の許嫁だ。お前が成人をした時、この子と祝言をあげてもらう。そして、次の神の子を授かるんだ。」

俺は何処までも、縛られるのだ。未来さえも。添い遂げる人間さえも。縛られてしまうのか。
抑えきれない不快感は、拳を強く握り締めることで堪えていた。

「…はい。」

彼女とて、会ったこともない男と突然結婚を確約され、そしてその男と交わり子を産む等、厭であるはずだろうに。
絶望する気持ちを飲み込んで、ただそれだけ、翼は返事を返した。


第39晶 翼の寿命


羽切、烏羽との対面は僅か十分も経たずに終了し、翼は再び部屋へと戻された。
自分は後数年もすれば、成人の儀を迎え人々の姿を晒し、そして羽切の娘、従兄妹である烏羽と祝言をあげる形となる。
生まれる子供は羽切の孫となるだろう。
新たな神の子として、次はその子供が奉られることになる。

(待てよ…)

そこで、翼は何かに気付いたかのように思考を巡らせる。
次の神の子を授かれと、羽切は言った。
だが、神の子は空高一族直系の長子がなるというのが、羽切が語る代々の神の子としての歴史だ。
そうなれば、次の子供が生まれても、実質神の子を担うのは、まだ翼のはず。
翼が死なない限り。
逆を言えば、翼が死ねば、次に生まれる子が、直系の長子となり、男だろうと、女だろうと、神の子という運命を背負うことになる。

(どちらにせよ俺が年を取って死ねば、次の子が神の子だ。そういう意味ではその子供は次の神の子でもあるが…考え過ぎだろうか…)

考え過ぎ。そうであって欲しい。そうであって欲しいが、翼には厭な予感がしたし、確信があった。
その予感を確信へと変える為に、翼は部屋に備え付けられた本棚へと手を伸ばす。
歴史書や武道書、華道書茶道書、礼儀作法書。決して娯楽の為の本はこの部屋には備え得られていない。
普段であれば勉学の時間しか手に取ることのない本だが、翼はある本を一冊取り出した。

「あった…」

つい独り言を呟く。
それは空高一族の歴史書。
神の子として空高の歴史を知るのは義務なのだと、大人たちは語り、そして翼にその歴史を何度も教えた。
厭になる位、飽きる位聞いたその話は覚えている。
そして、その本の最終ページには、空高一族代々の歴史を繋ぐ物…直系のみの家系図が、そこには書かれていた。
家系図を下まで辿れば、一番下には翼の名前がある。そしてその上には、翼の父の名と、その死亡年月日。

「…そうだ、父上は、俺が生まれる前に、亡くなっている。」

父は病に伏したと羽切は語った。そして母は、翼が生まれてしばらくした後、同じく病で亡くなったと。
叔父の言葉に特に疑問を持つことがなかった翼は、そういうものだったのだと割り切って育っていた。
けれど、もしもそれが嘘なのであったら。
ドクンと、翼の鼓動が鳴る。
次男である羽切は、神の子にはなれない。
けれど、現在空高一族の実権を握っているのは、間違いなく羽切だ。
では何故、羽切は空高一族の実権を握られた?
それはごく単純なことだ。

(父上が、死んだから…)

翼の父が亡くなり、母が亡くなり、身寄りのなくなった翼は叔父である羽切に引き取られた。
空高の実権を握れたのは、まだ幼く空高を統率出来ない翼に代わって、空高を取り仕切っていたから。
もしも孫が生まれ、孫が神の子となれば。
母親は自分の娘になるし、祖父の立場になる羽切は、その孫に代わって、空高を指揮し続けるだろう。
その時、邪魔になるのは果たして誰か。

(邪魔になるのは、俺…)

成人をすれば、外への外出は今よりも自由になるものだと思っていた。
だからこそ、屋敷での実質的な軟禁生活を強いられていても、何処か危機意識が薄かったのだと思う。
しかし、違った。
成人の儀を迎えれば、外に出られるのではない。
成人の儀を迎え、烏羽を娶り、そして、彼女との子が…次の神の子が生まれる時。
空高翼は殺害される。

「そういう、ことかよ…」

自分の寿命は、二十歳になり成人の儀を終え、直ぐに烏羽との子を成すことを考えればせいぜい後、五、六年だろう。
用がなくなれば、殺される。
今は、まだ失う訳にはいかないから、屋敷で閉じ込めて、死ぬリスクを防いでいるだけだ。

「……死にたくない…」

まだ見ていないものはたくさんある。
まだやりたいこともたくさんある。
会いたい人もいる。
決められた運命に沿って、死ぬのを待つだけの人生なんて、絶対に、絶対に。

「絶対にっ、厭だっ……」

だからと言って、どうすればいいのかもわからずに、翼は手に持つ歴史書を固く閉じた。
出来ればこの確信が、嘘であればいいのに。
涙を零すのを堪えながら、分厚い本を力強く抱きしめた。

 


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