空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「荒、雲…?!」

深い青色の瞳と、紅い瞳は荒雲一族の特徴だった。
翼と雷希を追っていたのは、空高一族ではなく、荒雲一族。

(では何故、荒雲は…俺たちを追って…?だって、雷希は同族……)

そう。
雷希は同族だ。
孤児故に疎まれていても、彼を殺す理由はない。
では、誰が目的か。

「見つけたぞ、空高…翼…!!」

にたりと怪しい笑みを浮かべる目の前の男達。そして、彼等の目的を、標的を、理解する。

(目的は……俺……)

彼等の狙いは、空高翼だったのだ。


第37晶 翼と雷希 其ノ肆


荒雲雷希と、空高翼は、驚愕していた。
翼も雷希も、自分たちを追っている者達は空高一族で、狙いは荒雲一族である雷希だと、そう思っていた。
けれど、それは全くの勘違いだったのだ。
追っていたのは荒雲一族で、狙いは翼、つまり全くの逆で、二人はまさか翼が狙われているとは思ってもいなかった。

(どうして、殆どの奴等が、あの人を…)

雷希は思考する。何故なら、殆どの者が空高翼の顔を、知らないはずなのだ。
歴代の神の子は、成人の儀を迎えないと人前に姿を現さない。幼いうちに姿を晒し、多くの者に顔を見られれば命を狙われかねないからという理由からである。
だからこそ屋敷で大事に大事に、隠すように、守るように、捕えるように、翼を隔離していたのに。
いくら荒雲一族といえど、否、荒雲一族だからこそ、守護役として指名された雷希や、荒雲一族の首領レベルでないと、翼の顔は知らない。
男たちの腕が、翼の首へと伸びる。
大きくて太く厚い手が、翼の細い首へと覆い被さった所で、雷希は我に返った。
背にかけていた剣の柄を握り締め、両手で握って振りかぶる。
腕を切り落とすつもりで振ったけれども、男は軽々と翼から離れて行った。もう少し早く振り切っていれば斬れたかもしれないが、刀が大きすぎて、振り切ることはかなわなかった。
ゲホゲホと大きく咳き込む翼の身体に駆け寄る。
翼を庇うように、雷希は大きな剣を男達に向けた。

「なんでアンタたちがっ…!」

何で翼を狙うのか。
何で翼を知っているのか。
何で、

「不思議そうだなぁ雷希。」

男はニヤニヤと不気味に笑う。
それが不気味に見えるのは、未知との境遇を果たしているような気分だからだろうか。
じわりと背中に厭な汗が伝うのがわかる。
相手の数は、翼の首を絞めようとした男を含め、複数。恐らく十はないが、それでも、十五と十二の幼子を殺めるには十分の数。
稽古とは違う。
気を抜けばきっと、雷希も翼も殺される。
それだけは避けなければいけない。

「俺達みてぇな末端のクズが、神の子なんて神々しいお方の顔を知ってる訳がねぇよなぁ…」
「でも、俺達はわからなくっても、お前が教えなくっても、一人、わかる奴はいるよなぁ…」

そう。
通常であれば、翼の顔を知る者はいない。
知っているのは、守護役である雷希と。

「まさか…首領………?!」

荒雲一族の首領。
『頭首』という者を搬出出来る程大きな一族ではな荒雲は、その一族を束ねる長、『首領』が存在する。
雷希以外の荒雲一族で、翼を含む空高一族と接触する機会を持つのは、彼しかいない。

「お前を翼の守役に差し出し友好の意を示したことで、多少奴等も気を抜いたのだろう。空高の内情は思いの外簡単に集めることが出来たよ。」

凛とした低い男の声。
月明かりに照らされ茂みの中から姿を現したのは、隻眼の男。荒雲一族の首領、荒雲希襲だった。
外見の年齢は二十台半ば、一見ただの若者であるこの男は、荒雲一族で一番腕の立つ人間であり、一番気性が激しい人間であり、そして、一番強い男。
左目に眼帯を付けた男は、見えているその右目で翼を見つめると、ふっと笑みを浮かべる。

「お前、邪魔。どいて。」

雷希の幼い身体をいとも簡単に蹴り飛ばすと、翼の腹部を踏みつけ地面へと倒す。
背中に下げた刀を抜いて、その切っ先を翼の首へと突きつけた。

「荒雲、卯雲、卯時の殲滅。成程、あの男ならいつかやるだろうとは思っていたが…好都合だったよ。こちらも丁度、空高一族へ反旗を翻そうとしていたところだったからな。」

刃を握る手に力が籠れば、翼の白い首筋に赤い筋が入る。
下手な抵抗をすれば、この首は二つに裂けるということがよくわかった。
蹴り転がされた雷希は起き上がる間もなく、他の荒雲の男たちにのしかかるように取り押さえられる。
複数の体重が身体にかかり、暴れようにも動けない。
雷希は、せめてもの抵抗で生い茂る草を握り締めるが、それも無駄な抵抗でしかなかった。

「俺達は待ってたんだ。空高が動くのを。空高が動けば、間違いなくお前が動くと思ったからだ。どんなに言いつけがあっても、愛弟子の命を惜しんで顔を出すだろうと思ったからな。」
「…ッ…」

希襲の言っていることは、事実だった。
だからこそ翼はこの場に居て、この男の手によって踏みつぶされ、生死の鍵を握られている。
動けば喉に刃がグサリ。よって、翼はすぐにこの場から動くことが出来ない。
雷希も身体を押しつぶされて動くことがままならない。お互い、身動きが一切取れない状況となっていた。

「このまま殺してしまってもいいんだけどな…ちょっと見世物でも見せてやるか。」

希襲はにやりと笑うと、その刃を雷希に首筋へと当てる。
突然のことに、雷希は目を丸めた。
何で自分が、そう言いたくなって、その言葉を飲み込む。それでも、その本音は希襲に筒抜けだった。

「何で俺が、って顔してんな…別に深い理由はないよ。お前にもう用はない、それだけだ。」

にぃ、と意地悪く口元に笑みを浮かべている男を、睨むでもなく、泣き叫ぶでもなく、呆けた目で見つめる。
顔の筋肉が動かない。それ所か、全身が動かない。
その理由は、男達の体重がのしかかっているだけではない。荒雲希襲という男の放つプレッシャーが、更に翼の身体に重くのしかかっているのだ。

「雷希ッ!雷希、やめろっ…その子はっ…その子はっ…!!」

初めて出来た、三つ年下の、自分の弟子。
弟子だけれど、翼にとってはまるで兄弟のようで。
剣の稽古や、ありきたりな外の話や、自分たちの夢や目標を話す時間は掛け替えのないもので。
隣で笑ってくれる優しい弟のような存在を、もう、喪うのは厭だった。

「やめろ、やめてくれっ、頼む、頼むから、お願いだ、厭だ、雷希、雷希ッ…」

身体を起き上がらせようとしても、起き上がらない。
腹に乗っている足の力は強く、身体が簡単に動いてはくれない。
動け動け動け動け動け動け動け動けと心の中で念じるが、身体が起き上がる所か、腹に掛かる圧が強まるだけだった。

「サヨナラだ、雷希。」

我ながら短い人生だったものだと、雷希は諦めるように目を閉じる。
首に伝わる冷たい感触を感じながら、命が終わる時を待っているような、そんな様子だった。
どうして諦めようとしているんだ。
諦めたら死んでしまうじゃないか。
死んで欲しくないのに。
翼の想いだけが強く加速していく。どくんどくんと、心臓の鼓動がやけに煩く感じられる。身体が熱いのは、もうすぐ、季風地で云う『夏』が近いからだろうか。

「や、め、ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

翼の叫び声が、大きく、力強く、夜の森の中で響き渡った。

 


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