空高編


第3章 神子と双子と襲撃



鉄の匂いがツンとして、思わず少年は顔をしかめた。
目の前で転がるかつて人間として生を授かっていたであろう者は、こちらを睨みつけながらこと切れている。
試しにつま先で頭部をつついてみたりもしたが、再び起き上がる気配はない。

「これで今日の任務は終了ですね。」

共に任務へ赴いていた同僚の声。
黒の制服に、更に黒髪という重々しい姿をした少年が書類を片手に任務の内容を確認している。
黒髪、とはいっても光の加減でそれは青みを帯びるため、完全な黒とは言いがたい。
しかしこの真っ暗で人気のない路地裏ではその青色を確認することなど出来るわけがなく、むしろ彼の灰色の瞳まで黒く見せていた。
同僚である都木宮アエルはとにかく真面目な男で、その姿勢には感心する。
しかし今回の任務内容は反政府派として反抗勢力を作ろうとしていた人物の殺害であり、この程度であれば記憶出来るし、彼だって優秀なのだから記憶出来るくらいのものはあるだろう。
わざわざ書類を取り出して確認するものではない。

「確認するのは、取りこぼしがないようにして確実に反抗勢力を弱めるためです。それに、万が一…ということがあればあの方の顔を汚すことになってしまいます。」

アエルはそう言うと、にこりと穏やかな微笑みを浮かべる。
彼の言っていることは最もだ。だからこそ気に入らないし、何より自分の心を見透かされているようなこの感覚は酷く居心地が悪い。

「勝手に人の心を読むな。」
「わかりやすいんですよ。貴方。無表情の割には思考がだだ漏れです。」

反論に動じることなく、アエルはそっと手に持っている資料を懐へと仕舞う。
無事任務の終了を確認出来た男は今度こそ満足そうに微笑んだ。

「さぁ、あの方のところへ帰りましょう。翼。」


第28晶 政府直属特殊部隊


政府直属特殊部隊。
読みは文字通り「せいふちょくぞくとくしゅぶたい」となんとも長々しい名前だ。
そしてその意味も、完全に文字通り政府直属の特殊部隊を現している。
せめてもう少しまともな読み方をすればいいのにとか、正式名称はこれでいいが通称名を作ればいいのにとか、特殊部隊なのであればあからさまではなくもう少し正体不明風な名前の方がかっこいいのにとか。
そんな意見がちらほらと出そうな程、ありきたりて平凡な名前だ。
とにかく文字を並べてかっこうよくしました感が溢れ出ている。しかも無駄に長い。
『翼』と呼ばれた少年は、アエルと共に空然地の中心へ赴いていた。
空然地は、創造神と呼ばれる穹集が一番最初に舞い降りた地とされていて、その中心には白く巨大な建物が佇んでいる。
大昔、その建物は全てが黒く塗りつぶされていたらしいという話だが、今となってはそれを確かめる術はない。
空然地では一番高い建物とされていて、此処が政治の中心とされていて、この建物の裏には、空高一族の屋敷がある。
政治運営に携わっているものは何人もいるが、最終的に世界の意思を決めるのは神の一族とされる空高一族と、残り七地域に住む代表一族の頭首たちだ。
俗にいう「政府」と呼ばれている者たちは彼らよりも更に下の者たちで、それでも大抵が一族の頭首だったりすることが多い。
代表一族よりは下ではあるものの、それでも世間一般では名家とされる一族だ。
世襲を繰り返したその子孫が政府の一員ともなれば仕組みがどんどん自分たちに有利なものへと変わり、堕落していく理由も想像がつくだろう。
基本的な制度は全て政府の元で決められ、八人の一族頭首陣に話がいくことがあるとすればもっと大規模なものとなる。
つまりは殆ど機能していないに近いのだが、長年代々続いている名家としてのブランドや伝統、地位というものが基盤となっているおかげで彼らは最も贅沢な暮らしを許されている。
特にこの代表一族の頭首…つまり、一族頭首陣は若年者が多い。機能していない、ではなく機能出来ない、が正確なところだ。
空高一族の頭首である空高翼も現在はまだ18歳。
特にこの空高頭首は発言権も強く、政府にとっては一番政治に干渉してもらいたくない存在。
その為に翼は屋敷に閉じ込められ、世間を知らぬ少年へと成長していた訳だ。
しかしその世間知らずな翼と、現在アエルと共にその政治の中心である建物の中へ入っていった翼は、顔こそ同じであるがまるっきりの別人である。
そもそも、アエルとともにいる翼の髪は腰まで長く伸びているが、お屋敷に閉じ込められていた世間知らずな翼の髪は肩まで程度しかない。
そもそも髪の長さからまず、違うのだ。
しかし、その違いを理解している者は殆どいないだろう。
なんせ、翼は殆どお屋敷にいたために、彼の正しい容姿を知るものは僅かしかいないのだから。

「顔が険しいですよ。」

アエルがそう呟くと、翼はぴくりと眉を動かし、眉間にしわを寄せた険しい顔をアエルへ向けている。
現在まで登場していた翼は常に笑顔を絶やさず、眉間にしわを寄せる回数よりもしわ一つないにこにこ顔を見せている描写の方が多かっただろう。
しかしこの翼は眉間にしわを寄せたまま、とてもではないが満面の笑みを作る様子はない。
この場が笑顔を見せる場ではないこともまた、事実だが。

「…この顔は生まれつきだ。」
「おや、それはどうでしょう。私の知っている限り、空高翼という頭首は常に穏やかな笑みを世間に向けていた印象ですが。」
「あれは…私であって、私ではない。」

翼は更に、忌々しげに舌打ちをする。
アエルは翼のこの顔にはどうやら慣れているようで、それもそうですねぇ、と意味深に言葉を続けた。
建物の中を歩けば、年老いた、テレビという名の小さな箱の中でよく見る顔のお偉方がちらほらと往来している。
実際この中で政治が行われているのだから彼らが往来しているのは当然だが、彼らは翼の顔を落ち着きなさそうにちらちらと見つめ、翼が彼らを見れば視線を外す。
その様子が更に翼を苛立たせているらしく、本日二回目の舌打ちがされた。
これ以上彼の不機嫌を宥める気にはなれないらしく、アエルはその様子を放置しながらも赤い絨毯の上を歩み続ける。
建物の中は幅広く、油断をすれば迷ってしまうだろう。
しかしアエルは迷うことなく進む。
中央を歩いていけば政府が集まり話し合いをする巨大な議場があるのだが、真っ直ぐは進まずそのまま左へと方向転換した。
左右にはそれぞれエレベーターがあり、右側は先程から翼をちらちらと見つめていたりする政府のお偉方が乗り込んでいく。
アエルたちが乗るのは、左側。
右側のエレベーターはそれなりに飾りつけがされていて煌びやかなつくりになっているのだが、左側のそれはやけに質素で、上り下りの機能しか果たしていないように見える。
中へ入り、地下へと続くボタンを押せばガコンと大きな音を立て、ギギギと錆びついたぎこちない音を立てながらも降下を始めた。

「これではいつ壊れてもおかしくないな。」

翼が愚痴るのを横で聞きながらも、アエルはこのエレベーターが下まで降下するのを待った。
ズン、と重々しい音を立ててエレベーターの動きが停止すると、扉がゆっくりと開かれる。
地上の煌びやかな内部と比べれば、此処は重々しく、そして陰鬱だ。
埃っぽいし、蜘蛛の巣が張られていても納得できてしまうというか、掃除する気が最初から失せてしまうような、そんな空間。
この巨大な建物は、主に上階、中間、下階三部構成となっている。
まず一つが、主に政府の人間が政治を行う場所。此処が一般的に広く機能している場所となっていて、此処が中間の位置になる。
エレベーターで乗る範囲もあるが、それよりも上である上階まで訪れることはまずない。
そして、もう一つが八人の一族頭首陣が集う空間。此処は上階となっていて、滅多に使用されることはないが此処が一番豪華なつくりとなっている。
最後が下階。
下階は、政府の人間も、ましてや一族頭首陣が訪れることもない、地下にある空間。
アエル達が所属する、政府直属特殊部隊が存在する空間である。
特殊部隊を率いるのは若い青年で、彼を含め、メンバーの殆どが異能持ちの孤児たちだ。
絨毯も引かれていない、石がむき出しの床をコツコツと歩いていき、部屋の一番奥へと辿り付く。
コンコン、とアエルがそっとノックをすれば、扉の奥から「どうぞ」という言葉が聞こえた。
ゆっくりと扉を開ければ、そこには一人の青年が腰かけている。
着ている服こそアエル達と同じ、黒ずくめの制服だ。
しかし彼の髪も、瞳も、そして肌も、全てが真っ白で。まるで色がない、という例えがぴったりの男がそこにはいた。

「ただいま戻りました、無色さま。」

無色と呼ばれたその男こそが、若くして特殊部隊を束ねる部隊長であり、第一番目の大使者。

「おかえりなさい、アエル。翼。」

人畜無害。
仮にも特殊部隊の部隊長である男に一番合うであろうイメージの、穏やかな笑み。
そんな笑みを浮かべながら、無色は自身の部下の帰還を歓迎した。

 


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