空高編


第2章 神子と接触



またもや自分の存在を知る人間が現れた。
翼の中には戸惑いの感情が浮かんでいたが、少年はそれに気付いているのかいないのか、気にしている様子はない。
けろっとした顔をしたまま、彼は得意げに話をする。

「何故知ってるんだ、って顔をしてるな。そりゃぁ知っているさ。なんせ、死燐にお前のことを教えたのは他でもない己れなんだからな。」

先程、死燐が言っていた言葉を思い出した。
自分たちの情報を調べるような仕事をしている者も存在する、と。
もしも死燐が情報を売る人間からそれを聞いていたのだとすれば、その人間というのが目の前にいる少年ということになる。
翼の考えが的中したのか、そういうこと、と少年は得意げに微笑んだ。

「己れは碑京無焚。弥瀬地の“五番目の大使者”だ。こう見えても、己れはお前よりも年上だぜ?」

無焚と名乗った少年は、煙草の火をくしゃりと消した。


第25晶 結局あのXの正体は不明であった


無焚と共に実験班組織へと戻ると、出迎えたのは顔を青色に染めた死燐だった。
更には「げ、」という蛙を踏みつぶしたような声のおまけ付き。
この反応は無焚にとって予想通りだったらしく、にやにやと笑みを浮かべていた。

「よぉ死燐。久方振りだなぁ、元気にしてたかぁ?」
「………無焚さん…直接お会いするのは、久しぶり、ですね…」

死燐から絞り出されたぎこちない丁寧語。
唇は何処となくひくついていて、怯えのような色が浮かんでいる。
出会ってから数時間しか経っていないが、彼がこんな表情を浮かべるのは翼の中では予想外だったので、少々驚きであった。

「ほら、土産だ土産。食え。」

無焚がそう言って差し出して来たのは、黒ずんではいるが恐らく食べ物であろうもの。
彼の掌に乗っているそれを視界に入れた途端、死燐の顔色はいよいよ見るも無残なものになっている。
これ以上表現をしてしまうと、今後彼はショックのあまりふさぎ込んでしまうかもしれないのでこれ以上の彼の解説は差し控えようと翼は思考を停止した。
そして、死燐の青い顔から黒ずんだ物体Xに翼は視線を向けなおす。

「これは何だ?」
「お、興味あるか?食ってみろ!」
「それがいい。そうしよう。そうするべきだ。」
「お、おい、やめといた方がいいんじゃ…」

無焚はにこにこと笑みを浮かべてその黒い物質を差し出して来た。
死燐はうわ言のように肯定の言葉を呟いていて、雷希は静止の言葉を投げかける。
恐らく死燐がこのように言っているのは自身の危機回避のためだろう。
普通の人間であればこれが見るからに危険物であり、試食は控えるべきものであるということを読み取る能力があろうだろう。
しかし残念ながらこれを差し出されているのは翼である。
生まれておよそ18年、人生の殆どを屋敷の中で過ごしていた世間知らずな彼にとって、これが危険なものであるという認識はない。
何が美味しくて何が不味いのか、彼は理解することが出来ないのである。
もしかしたらこれも食べたらとてもおいしいものなのかもしれないという考えが、残念ながら翼の中には残ってしまっているのだ。
元々好奇心旺盛な性格が災いしてしまい、翼は無焚の掌にあるそれをひょいとつまんで口へと運んでしまう。

「……これは」

表面はガリガリボリボリと、非常に硬い歯ごたえ。
しかしその表面を噛み砕いてしまうと、中はどろりとした異常なまでの柔らかさ。
半分焼けているような、どことなく生っぽい…つまり、表面だけ焼けていて中身は一切焼けていない状態。
そして異常なまでの口内に広がる表面の苦味と中身の甘さ。

「うまい。」

翼の口から洩れた言葉はそれだった。
その言葉は無焚以外の周囲は予想外だったらしく、驚きの表情を顔に浮かべる。

「翼、お前、まさか味覚音痴だったりするか?」
「いや、味覚はいたって正常だ。表面は歯ごたえが良く、中は柔らかい。そして表面の苦味が中に閉じ込められている甘さを余計に引き立たせている。十分に美味いものじゃないか。」
「だろ!いやーやっぱ神子さまはいいもん食ってるから味っつーのをわかってるな!」

翼の言葉が余程嬉しかったのか、無焚は嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる。
彼は先程、自分は翼よりもずっと年上なのだと語っていたが、とてもじゃないがそのようには見えない…という思いがあった。
組織内のホールでわいわい騒いでいると、その声を聞きつけたのか羅繻がひょっこりと顔を出す。
どうやら今まで組織の3階よりも上に居たらしい。
何をしていたのか具体的には聞きたくないが、彼の服には所々得体のしれない液体がどろりとこびり付いていた。
幸いにもその色は赤ではないので血ではないようだが、だからこそその異様さが引き立てられていて、紫色や緑色の液体にまみれた姿は似合っているような、そうでないような。
羅繻の姿を瞳の中に捕えると、無焚はよぉ、と明るく声をかけた。

「よう、羅繻。久々だな。」
「わー無焚さん、久しぶり。死燐に変なの食べさせてない?」
「失礼な。翼はうめーっつって食ったぞ。」
「え、嘘でしょ?翼それ本当?」
「ああ、本当だ。」

何故だろうか、羅繻が翼をみつめる視線が心なしか冷たいように思える。
寧ろ、得体のしれない何かをみつめるような、そんな瞳をしているように見えるのは気のせいだろうか。
そんなことを考えていると、無焚は「さてと」と小さくつぶやく。

「わざわざこの己れが弥瀬地から出向いてやった理由はこんなもんじゃねぇし。本題にでも入るか。」

弥瀬地というのは、現在翼たちのいる柳靖地から南西部に位置する地域を示す。
そこは年中雨が降っていて、科学技術の研究が盛ん過ぎるが故に公害の危険性が囁かれていたり、賭場などといったものも存在するため治安はあまりよくない。
しかも地図上ではかなり距離があるため、簡単に来ることは出来ないはずなのだ。

「確かに、無焚さんがわざわざこちらに来るということは…よっぽどのことなのだろうが。」

死燐は独り言のように呟く。
距離が離れているというのもそうだが、元々彼は積極的に外へ出る性格ではないらしい。
無焚はゆっくりと口を開き、この地へ訪れた理由を切り出した。

 


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