空高編


第2章 神子と接触



「僕が女、ですか?何バカなことを言っていやがるですか!」

雷月はあからさまに怒りを露わにして吟に詰め寄る。
しかし吟は特に悪びれる様子もなく、寧ろ違うのか?と、首をかしげた。

「どっからどう見ても女じゃないか。此処に居る馬鹿4人の目は誤魔化せても俺の目は誤魔化せないぞ。」
「ちょっと吟、馬鹿ってもしかしなくても僕達のこと?僕達のことかなぁ?」
「それ以外に誰がいるというのだ。」

どうやら吟の示す馬鹿4人とは翼、雷希、羅繻、死燐のことらしい。
羅繻は不服そうに頬を膨らませていたが、死燐が宥めるように羅繻の肩を叩いた。

「あまり騒ぐなお前ら。第一、吟。あまりにも客人に失礼だろう。」
「そ、そうです!僕が女だという証拠が何処にあるというのですかっ!」
「え?たとえば……此処とか?」

その瞬間、辺りの時間が一度停止したように思われた。
吟が指を小さく動かせば、まるで服が自分の意志で動いたかのように雷月の身体から脱げ落ちる。
雷月の上半身が露わになれば、胸部にさらしをぐるぐると巻いてはいるものの、確かに女性特有の膨らみがあるのを、包帯越しから伺うことが出来た。


第22晶 彼は彼女であった


「なっ……!!」

雷月は慌てて自身の上着を着直し、肌を隠す。
しかし恐らくこの場に居た全ての者が彼女の露わとなった肌を見ただろう。
細い腕。丸みのある肩。白い肌。そして、胸部から伺える僅かな膨らみ。
翼もよく女々しいと言われてしまうことはあるが、それでも肩幅もあるし筋肉もある。
服を脱げばどう見ても男性なのだと認識できる身体付きである自覚はあった。
しかし、雷月のその姿は、何処をどう見ても…とてもではないが、男性であるとは思えない。

「…先程から妙に怪しいとは思ってはいたが…だが、吟、だからと言って…」
「俺は自分の持論が正しいと証明したまでだ。」
「お前なぁっ!」

吟は悪びれる様子もなくけろっとした顔をしている。
雷希は思わず吟に掴みかかるが、当の被害者である雷月は茫然とした顔で立っていた。

「ら、雷月殿…?」
「雷月…?」

翼と飴月は心配そうに雷月を見つめるが、雷月の視界に恐らく二人は入っていない。
元々色白ではあるが、その色は何処か青みを帯びているように見える。

「ぼ、ぼ…僕……ちょっと、外の…空気、吸ってきます…」
「雷月!」

雷希の制止の声も届いていないのか、雷月はぱたぱたと急ぎ足で階段を駆けて強引に扉を開ける。
突如訪れた静寂。
しん、としたその空気を打ち破ったのは「痛っ」という吟の言葉だった。

「馬鹿者。仮にあの子が男子であろうと女子であろうと服をいきなり脱がす者があるか。」

思い切り頭を手刀で殴られた吟は死燐にぎりぎりと胸倉を掴まれている。
声に怒りこそ籠っているものの、何処かその怒り方には慣れが感じられた。

「いや、だって、俺の言ってること間違ってねぇし…」
「間違っていても!男と自称していたのに理由があるのであれば!触れないのが!紳士というものだろう!!」

死燐は怒りに任せてなのか吟を上下左右に振り始めた。
吟よりも圧倒的に小柄な身体付きではあるが、吟の足は少し宙へ浮いていて、その力強さを垣間見る。
しかし死燐がその力を示す程、その吟の顔色は雷月と違う意味で青く変色していた。

「あ、あの、死燐殿、そ、それ以上は…」
「む、しまった…つい。」

翼の制止に死燐はそうぽつりとつぶやくと、ぱっと両手を離し吟を解放する。
急に自由となった身体は安定感を取り戻せぬまま、床に尻もちをついた。
雷希と飴月の視線は冷ややかではあるものの、その気持ちはわかるし翼もこれ以上フォローは出来ない。

「うちの部下が済まない事をした。…あの雷月という娘、早く追いかけた方がいいだろう。」
「え?」
「この辺りは動植物も多い。故にそれに憑りつく霊も数多く居るだろう。それに、お前たちも見て来ただろう?」

死燐の言葉に、滝の下での光景を思い出す。
滝の下で佇んでいた幽爛。
そして、そんな彼の周囲に立っていたのは…

「霊に憑依された、人間達。」

翼の言葉に雷希と飴月もはっとしたのだろう。死燐もそれに頷く。

「この辺りは動植物も多いし、森を抜ければ街もある。霊にとっては憑りつく媒体が多い。それに最近は、霊がやたらと増えている。」
「…!!」
「待ちなよ、一人で行ってどうする気?」

死燐の言葉を聞いた雷希は、居ても立ってもいられないという表情で階段を降りようとする。
そんな彼に制止の言葉をかけたのは羅繻だった。
確かに今一人で無暗に森へ出ても見つかる可能性は低いし、一人で探しているときに襲われてしまったら元も子もない。
しかし翼の知る限り、雷月はあくまで補助型の能力者だ。
恐らく戦闘は不向きだろう。
女性であるとわかってしまった今、もしもたくさんの霊に憑依された動植物…ましてや人間に出くわしてしまったら。
どうなるか想像するだけでもぞっとする。

「雷希。お前は先に行け。」

翼の言葉に、雷希は思わず瞳を丸めて翼を見た。
こんな状況だと言うのに、翼は自信たっぷりに微笑んでみせている。

「お前は強い。一人でも大丈夫だろう。後から俺も向かう。先に行ってやれ。」
「………てめぇが俺の何を知ってるんだよ。」

吐き捨てるようにつぶやき、雷希は翼に背を向ける。

「でも、サンキュ。」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟くと、雷希は雷月を追いかけるべく外へと向かった。

 


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