空高編
第2章 神子と接触
大広間の扉が開けられると、数人の人がこちらを覗きこむように見つめていた。
死燐はそれを見るや否や、呆れたように溜息を漏らして人々の元へと歩いて行く。
「お前ら、聞いてたのか。」
「いや、だって気になるでしょ。あの死燐が真面目に話してるなんて、ねぇ。」
女性物の着物を着た新緑色の長い髪をした少年は、口元に手を添えながら隣にいる男へ同意を求める。
同じくにやにやと笑みを浮かべていた、橙色の髪の青年は同意するように一度頷いた。
瞳は藍と紅の異なる色を持っている。
「ほんとほんと。いつもは睡眠第一の癖に。」
「煩いぞお前ら!」
茶化す人々に顔を赤くしながら怒鳴る死燐は、まるで年相応の、普通の青年だった。
死燐はこちらに気付くと、ごほん、と恥ずかしそうに咳払いする。
「見苦しいところを見せた。すまない。」
「いや、気にしないでくれ。ところで…えっと、死燐殿。死燐殿は俺に世界を見てほしいと言ったな。」
「あ、あぁ。」
「では、手始めではないが…まずは死燐殿が過ごしているこの場所を見てみたい。いいよな、雷希、みんな。」
「反対しても見たいって強請るんだろ。異論はねぇよ。」
雷希はあきれたように溜息をつき、雷月も飴月も異論はないと笑みを浮かべて頷いた。
第20晶 実験班組織
この場所は過去、複数人の科学者が実験を行う為に建てられた施設で、何人もの被検体が収容されていたらしい。
対象となる被検体は主に鬼、妖、精霊といった人為らざる者ばかり。
普通の人間と比べ高い身体能力と特異な力を持つ。
そんな彼等の力を、人間に与え、行使出来るようにはならないかと実験が繰り返されたとか。
10年前のとある事件をきっかけに科学者は全滅。施設も壊滅。
廃墟同然と化した施設を建て直し、現在の形にしたとか。
「基本的な構造は変わっていないけどな。」
死燐と羅繻を先頭に、組織の中を歩く。
ブラウン色の絨毯と、暖かい橙色の炎をゆらりと揺らすスコンスは、落ち着いた雰囲気を出していた。
「過去は実験をする為の施設だったみたいが…今はどうしているんだ?」
「似た者同士が集まって、好き勝手やってるだけだ。たまたま残ってた実験器具とか使って、ふざけて研究してる奴もいるが…まぁ、成果は一切ないさ。」
人に危害がない分、マシかもしれないけど。
そう付け足して死燐はあきれたように、それでも確かに、笑っているように見えた。
何故10年前に此処は壊滅してしまったのかとか。
そんな施設をどうやって建て直したのかとか。
死燐達はいつからいるのかとか、聞きたいことは山ほどあった。
けれど、話せば長いものになってしまうのだろう。
「いずれは話してやるさ。」
やはり彼は人の心を理解しているのではないかという位、死燐は的確に翼に答えを返す。
「お前は特別わかりやすい。顔に表情が出ている。」
更にまた読みとられた。
思わず雷希へと視線を移すと、うんうんと何度も頷いている。
どうやら死燐と同意見らしい。
(そんなにわかりやすいのか、俺は。)
「今のところ此処にいる奴らは全部で9人。幽爛は正式なメンバーではなくて、普段は弥瀬地にいるんだ。」
「規模の割には、随分と少ないな。」
「まぁ、そんなもんだよ。男ばかりで、少しむさいけどな。」
「じゃぁ飴月みたいな女性客は珍しいですね。」
雷月がにこにこと飴月に語りかけると、そうかもね、と飴月も頷いた。
死燐は何か思うところがあるらしく雷月のことを見ていたが、すぐに視線を前方へと戻す。
ゆっくりと落ち着いた足取りで歩いていると、大広間の扉と同じ位、大規模で大きな扉があった。
翼は思わず立ち止り、扉を見つめる。
それに気付いた羅繻と死燐も立ち止まった。
「そこは書庫だ。10年前に色々なくなったけど、幸いにも書庫はほぼ無傷でな。種類も豊富だし、参考になると思うから、調べ物がしたくなったら使うといい。」
「ま、此処には変な人が住み着いてるんだけどねー」
「へ、変…?」
羅繻がへらへらと笑っているので、翼は思わず聞き返す。
お化けの類だろうかと考えを巡らせていると、ギィ、と鈍い音を立てて扉がゆっくり開いた。
扉は約10センチ程開いただろうか。
しかし扉のすぐ前に、人がいる気配はしない。
「羅繻。客人に変なことを吹き込むな。俺の人間性が疑われる。」
扉の向こうから、落ち着いた低めの男性の声が聞こえる。
しかし決してすぐそこから聞こえて来る訳ではないので、扉の近くにいる訳ではないようだ。
「人間ですらないでしょー、君は。そんなこと言うなら、出てきなよ。」
「だが断る。客人、書庫を使う時は歓迎するが、極力灯りは控えてくれたまえ。」
「え、あ、あぁ。」
翼が呆気にとられ生返事をしながら頷くと、納得したのか扉はゆっくり閉められた。
なんだったのかと唖然としながら扉を見つめる。
「気にしないで。引きこもりでさ、此処10年近く、あそこから一歩も出てないの。」
羅繻が困ったように笑う。
しかしどうやらそれが当たり前のようで、死燐はあまり気にも留めていない。
「いい奴だけどね。何でも知ってるし。狐の妖怪なんだ。尻尾も柔らかくて最高だよ。」
羅繻はそう言って、一歩前へと進む。
翼達も、それを追うように歩き出した。
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