空高編


第2章 神子と接触



一人の神が、世界を創り上げた。
神はその他にも八人の神々を産み出し、産み出された神々は八代神と呼ばれた。
八代神により、創られた世界に空間という概念が生まれ、時間が流れ始め、大地が生まれ、雨が降り注ぎ、緑が生い茂り、生物が生まれ、心を宿し、知識を持ち、文明が発達した。
この世界は今でも神の恩恵により、均衡が保たれているとう。
空高一族は、その世界を創り上げた最初の神の子孫であると言われている。
その中でも特に「神の子」と言われる翼は、神々のことについては何度も教わった。
うんざりしてしまう位聞いているはずなのに、翼はすぐに、その内容を忘れていた。
覚える必要がないと思っていたし、それになにより。
翼は神という存在を信じていなかった。
何故なら、どんなに辛いときも、悲しいときも、頑張っているときも。
神は一度もこちらに手を差し伸べてくれたことがないからだ。
神様はいつでも見守って下さっているとか言う老人もいるが、見てくれているというのなら何故それに見合った褒美を貰えないのか。
それは簡単。
何故なら神様というものは存在していないからだ。
もしも存在しているというのなら、神様という存在はとんだ怠け者か、何処までも等しく平等かのどちらかだ。


第15晶 信じるもの


死燐の言葉に、翼は思わず思考を停止させていた。
いきなり神を信じているかと問われれば、怪しい宗教勧誘かなにかと思ってしまうだろう。
翼個人としては当然「いいえ」と答えたいところ。
だからといって、素直にそう答えてしまっていいものか。
そう答えることで、何かとんでもないことになってしまうのではないかと。
よからぬ想像がぐるぐると頭の中に駆け巡る。
そんな翼の様子をみて、死燐も少々困ったような表情を浮かべた。

「いや、すまない、聞き方が悪かっただろうか?」

死燐がそう返す。
その言葉により、恐らく宗教勧誘の類ではないのだろうと納得する。

「いや、こちらこそ黙ってすみません…」

思わず丁寧な口調で返してしまう。
空高翼は人によってで口調をころころと変えてしまう。
まるで人を変えるように。
それは昔からの名残なのだが、それが何故かは思い出せない。
幼いころはよく、誰かと口調や仕草を交換して遊んでいたような気もするが、そんなことが実際にあったのか、あったとしたら誰とそんなことをしていたのか、さっぱり記憶にない。
大体幼少期の記憶というものは曖昧であるが、翼の場合は特に、幼少期の記憶は欠如していた。

「神を信じるかと問われれば、俺の答えはいいえだよ。残念ながら、昔からそういうものは信じてはいないんだ。」

動揺してしまった心にひとまず冷静というものを呼び戻して、口調も素のものへと切り替える。
死燐はやや目を丸めて、意外だと言わんばかりな表情を浮かべた。

「へぇ。神の子って言われてるのにねぇ。」

羅繻もそんな死燐の心を代弁するように言葉を漏らす。
そう思われてしまうのは百も承知であったし、寧ろそう思われて当然だとも思った。
仮にも「神の子」として空高一族から、全国から、そう呼ばれ崇められているまさに世界の象徴ともいえるべき人物が、世界を創造したとされる神を信じていないのだから。
だからといって、意外に思われることは翼にとって不快なことだとは思わなかった。

「信仰は人それぞれだからな。それに、俺のことを神の子と呼ぶのは周りがそう呼ぶからであって、俺自身にはなんの力もない、ただの人間だ。」
「それはどうかなぁ。」

羅繻は翼のことを頭からつま先までじろじろと見つめながら、にやにやと笑みを浮かべる。
何なのだろうと少したじろぐと、死燐が羅繻の頭を平手で軽くはたいた。
飽きれたように溜息をつく死燐に対し、羅繻は唇を尖らせる。

「霊は信じているのに、神は信じていないのか?」
「霊は実際にこの目で見てしまったからな。でも、それまでは信じていなかったよ。」
「自分の目で見たものしか信じない、ということか。」
「そういうことだ。神も精霊も妖も、俺はこの目で見たものでなければ信じない。」
「成程ねぇ。」

死燐と何度か問答をし、その言葉一つ一つに納得するように死燐も頷く。
目で見たものしか信じない。
その意見はどうやら翼と同意だったらしく、そこには特に深く頷いていた。

「いやな、別に俺は変な宗教勧誘をする団体でもないし、だからといって熱狂的に神を信じてるような人間でもない。どちらかといえば無神論者だ。」
「じゃぁ、何故こんな質問を?」
「やっぱ気になるじゃないか。神の子って言われるような奴が、どんな人間なのか。聖人君子なのかと思ったら、ホント、ただの人間だな。」

死燐は何処か可笑しそうに、口元に笑みのようなものを浮かべる。
僅かに口角が上がっているだけなので、本当に笑っているのか、そう見えてるだけなのか、出会ったばかりの翼達では判断が出来ない。
で、とタイミングを見計らっていたかのように雷希が二人の間に口を挟む。

「何でコイツと話したいと思った訳?ただ神の子とお話がしたい、なんて人気アイドルに会ってみたい女じゃないんだから、何か意図があるんだろ?」

雷希の言葉に、羅繻は関心するように鋭いね、と答え、

「だからといって敵意がないというのは信じてほしいけどね。」

と言葉を付け足した。
そして死燐が言葉を続ける。

「ここ最近多発してる霊による犯罪被害と、突然落ち着いた神の子失踪騒動の裏側。どちらを知りたい?」

それは、ここ最近翼達が特に気にかけていた出来事だった。
当然、どちらも気になるし、どちらも知りたい。
翼はちらりと雷希、雷月、飴月の3人を見つめる。3人は何を言うでもなく、じっと翼の目を見ていた。
翼はそれに一度大きく頷き、死燐の方へと向き直る。

「両方だ。」

 


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