空高編


第4章 神子と一族



「入れ替わる……?」

青烏の問いに、翼は首を縦に振る。それが肯定の意だということは、青烏もよくわかっていた。

「だが、私とお前では今は髪の長さも違うし、相手は酸漿一族だ。読心の心得がある彼らに偽りは通じないだろう。」
「だろうな。だから、ほんの少しでいい。時間を稼いで、俺が外に出て桂馬殿の元へ行く時間を作ってもらいたい。」
「何故そんな……」
「恐らく桂馬殿は殺される。」

その言葉に、青烏は息を飲んだ。
殺される。その言葉は決してからかって言っているものではなく、紛れもなく、真実であると翼の真剣な表情が物語っている。

「俺は屋敷で、色々なものを見て来た。聡史殿が桂馬殿に対して見せた視線は、荒雲一族殲滅直前の羽切様と同じ目をしていた。」

翼がそう告げた時、青烏は思い出した。
翼を封印する。そう告げた時の羽切のあの瞳を。何処までも冷たく、深い、深い、海の底のような凍てついた瞳。
己が利益のために誰かを排除することも厭わないという瞳。

「青烏、雷希。お前の力があれば万が一のことがあっても逃げ切れると思っているが……」
「わかっている。不要な戦闘は避けたいし、危なくなったら一度逃げ帰る。酸漿一族もそこまで愚かではないだろうが、念には念を入れておこう。」
「……いいのか?」

翼は、上目遣いがちに青烏に問う。
入れ替わり。
翼と青烏の運命が決定付けられたその行為を、翼は行って良いものか悩んでいたのだろう。
此処は安心させるためにも笑顔を見せるところなのだろうが、生憎、ここ数年で凝り固まった筋肉は口角を上手く持ち上げさせてくれない。
故に青烏は、問題ない、と、力強く告げた。

「もとより我ら双子は一心同体。衣も名も他者が決定付ける飾りでしかないのだから、今更気にするまでもないだろう。」

そう告げてやると、翼は安心したように、そして嬉しそうに、その顔を綻ばせてくれたのだ。


第65晶 逃走


青烏の頬に、汗が伝う。
一、二、五、八。人の数はどんどんと増えていく。皆、虚ろな瞳で、しかし、手に握る武器からは明確な殺意を放っていた。

「雷希。やめろ。」

大刀を握り締めて、殺気を放つ雷希を嗜めると、彼は、大刀を握る手を名残惜しそうに手放す。
彼の殺気は最もだ。
何せ、自分たちを取り囲んでいる男の手には、金属バット、包丁、刀、拳銃と、明らかに人を殺すためのものがずらずらと並んでいるのだから。
それも。

(この武器、ただの武器ではない。膨大な自然エネルギーを取り込んでいる。……もはや、神の器に値する類じゃないか……)

その武器は、極々一般的なものではないというオマケ付きだ。
聡史の氷のような笑顔は、未だにその顔面に張り付いたまま剥がれない。鴈寿と違って上手く表情は読み取れないが、この際、相手の感情に気を使う必要はないだろう。

「さて。もう一度問います。本物の神子は何処ですか?」
「何処だろうな。大方、彼が選定した一族頭首の元に向かったのではないか?」

ピキリと、彼のこめかみに血管が浮かび上がる。
同時に、青烏は右手を宙へ掲げ、パチンと、乾いた音を立ててその指を鳴らした。
周囲に音が響き渡ると同時、彼らの身体は床へと這いつくばる。異質な武器を握る者たちも、後ろで立っていた聡史も、皆平等に、木の板で造られた床と口付けを交わしていた。

「ふ。熱々だな。床に欲情する趣味があると見た。……行くぞ雷希!」
「嗚呼!」

青烏の異能。重力の重みに屈する者たちを後目に、彼らは屋敷の脱出目掛けて駆け出した。
追っ手がないことに違和感を覚えるが、とにかく、この屋敷を出る。それを第一の目標にすべく、ただただ二人は走った。
廊下を駆け、玄関を出て、門を抜けようとしたその時。

「――!」

門をこじ開けようと伸ばした右手に、何か、黒いものがまとわりつくのを感じた。
同時に身体が引き寄せられる。
何かに引っ張られるかのように急激に身体が押し戻される。何が起こったのか、そう理解するよりも前に、青烏と雷希の身体は木で出来た床に勢いよく叩きつけられた。
全身を叩きつけられるような痛みに咳き込みながら顔を上げる。その瞬間、二人は言葉を失った。

「…………なんだ、これ……」

なんとか言葉を発した雷希の声が聞こえるが、その声は何処か掠れている。
見覚えのないものを見た時、人間は恐怖よりも何よりも前に、思考と声を失ってしまうらしい。
目の前にあるソレは、黒く蠢く、タコの足のような、イカの足のような、とにかくその類を連想させる黒くおどろおどろしいものであった。
それは聡史から放たれていて、その手には、卵のような球体があり、触手はそれから出ているということがわかる。
どうやらあの卵型のカプセルに仕舞い込まれていたものであったらしい。

「逃がしませんよ。……困るんですよね、逃げられると。」
「ッッ……」

身体に絡みつく触手を解こうとするが、吸盤がびっしりとついたそれは身体に吸い付くように、噛みつくようにくっついて離れない。
無理矢理剥がそうとすれば皮膚ごといくであろうことは明らかであった。

「……私たちにこのようなことをして、頭首選定に影響を及ぼしても差し支えないと?」
「貴方たちをそのまま帰せば、そうなりますね。……ですが。」

聡史はニコニコと笑顔のまま、懐から布袋を取り出した。
紫色の布袋から、彼はころりと黒い球状の、何かの種を取り出している。

「これはですね。私の血を使って育てた花の種子です。私の血がたっぷりと注がれたコレは、私の神業と共鳴するんですよ。酸漿は心読の心得があるということは知っていますよね?心を読めるということはですね、洗脳することも容易いのです。……ですから、ね。後は、わかるでしょう?」

つまり、その種を飲み込ませて、雷希も青烏も洗脳してしまおうということだ。
二人を手玉に取ってしまえば、翼を洗脳するのも時間の問題ということなのだろう。

「後半年で世界が滅ぶかもしれぬというのに、愚かな事を……!」
「愚か?何を言うかと思えば。……私にとってはね、世界が滅ぶことよりもずっと、コレは大事なことなんですよ。」

青烏の髪を掴んで、聡史は無理矢理青烏の顔を持ち上げさせる。
他の酸漿の人間たちも、青烏の異能の効果が切れたのか身体を起き上がらせて、ぞろぞろと沸いて出てきていた。
腕を、足を抑えられて、頬を掴まれ、口を無理矢理開けさせられる。
そんな光景を、聡史は満足げに見ていた。

「青烏……!」
「安心してください。この人の後は貴方です。」

種子が青烏の口へと運ばれる。
その瞬間。

「!」

白い刃が降り注ぎ、聡史は腕を切り落とされる寸前、種子を持ったその腕を引いて身体を二、三歩後ずさった。
青烏が唖然その光景を見つめていると、コツ、コツ、と聞き慣れた靴音が耳を擽った。

「随分と苦戦していますね。青烏。」
「……無色殿……」

そこには、政府直属特殊部隊隊長、無色が、いつもと変わらぬ穏やかな笑みで立っていた。

 


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