アルフライラ


Side白



その日、空は数十年ぶりの青空に包まれていた。
青空はこんなにも美しくて綺麗なものであったかと、見上げながら、思う。空に浮かぶ白い雲が、透き通る青が、何よりも愛おしい。
その空の下。
アルフライラの、宮殿前の広場に、多くの国民が詰め寄っていた。
その数は数百人。きっと、この都市国家全ての国民が、今、この広場に集まっているのだろう。
広場の中心には、ポツンと、処刑台が佇んでいて。その処刑台の上には、両手を手錠で繋がれた、ノワールの姿があった。


Part27 終焉の始まり。その当日。


処刑当日、国民は皆、その処刑台に釘付けだった。
皆、ひと目、この国を支配していた男の最期を見届けようと集まっていたのだ。
手錠で繋がれたノワールが、凛とした面持ちで処刑台に立っていると、彼に向って、石やら食器やら、国民の手にしていたあらゆるものが、彼に向かって飛んで来た。

「人でなし!」
「この国を支配していた独裁者め!」
「未来は俺たちのものだ!」
「今まで苦しめやがって!死んで詫びろ!」

暴言。罵声。怒号。
国民の怒りは言葉となって、ノワールに向かって、ぶつけられる。
国民が投げた石の一つが、丁度、彼のこめかみを直撃した。ガン、という鈍い音が響き、そこから、一筋、赤い液体が流れる。
ぽた、ぽた、と、頭部から血を流した彼は、しかし、顔色を変えることなく、じっと、国民のことを眺めていた。
彼のその様に、先程まで大声でノワールを貶していた国民たちの声は徐々に小さくなっていく。ざわざというどよめきは聞こえるものの、先程までの勢いはなくなっていた。石を投げる者の手も止まっている。

「国民の諸君。」

そして、ノワールが一言、声をあげた。
決して、特別大声を出している訳ではない。けれど、聞きやすく心地の良い声が、広場全体を満たしていた。
今この場で、彼の声が届かなかった国民はいない。
真っ直ぐ見据える表情。真っ直ぐ届く言葉。彼は、この国の統括者であったのだと、その時、アラジンは思い知らされた。

「諸君の言う通り、私は大罪を犯したのだろう。この国は変わる時が来た。月が沈み、太陽が昇る。そして太陽が沈み、月が昇る。世界は再び、時を刻んだ。この私の死をもって、この国を囲う壁は崩れ、この国は、“本当の自由”を取り戻すことになる。」

だがしかし、と、此処で彼の声に力が籠められた。
彼のその近くにいたアラジンは、その声に思わず驚く。ビリビリと空気が痺れるような、拡声器なんて使っている訳でもないのに、彼の声はそれだけで、周囲に刺激を与えた。
先程までざわついていた国民たちは皆、無言で、ノワールを見ている。真剣に、彼の言葉を聞いている。
この国を支配していた、悪逆非道の独裁者。その男の、最期の言葉を。

「自由というものには、必ず責任がついて回る!未来を歩むということは、過去と向き合うことになる!希望を手にするということは、絶望に立ち向かうということになる!愚かな私の国民たちよ!否、国民だった者たちよ!自由をつかみ取り、未来を歩み、希望を求めるというのなら!その覚悟が真に必要となる時が来ると、心してかかるがよい!そして!この世界の残酷な歴史と向き合い!絶望し!最後の最後まで足掻くがよい!この私の屍をもって!各々が理想を掴むがよい!」

彼の言葉に、反発する者はいなかった。
前を見据えたまま、ノワールは、力強く前へと進み、これから自身を殺すための道具と向かい合う。

「始めてくれ。」

アラジンに、ノワールは告げる。
彼の目の前には、二本の柱。そして、その柱の間には刃が吊るされている。断頭台に彼は自らその膝を折り、その台の上に、自らの頭を乗せた。
アラジンがノワールのその首の上に、木の板を乗せ、頭をしっかり固定すると、柱に吊るしている刃を固定している、そのロープを握り締める。
このロープを放った時、刃が落ち、彼の首を跳ねて、処刑が終わるのだ。
どくん、どくんと、心臓が脈打つ。これでいいのか。本当に。その想いばかりが胸を渦巻く。
けれど、これは自分がやらなければならないのだ。希望の象徴として革命を起こし、人々をまとめ、彼を捕えたアラジンが、責任をもって、この男を終わらせなければならない。

「これより!ノワール=カンフリエの処刑を行う!」

アラジンが高々と叫ぶと、国民は、再び感情を取り戻したかのように、わあ、と歓声を上げた。
その歓声はまるで、アラジンに、これでいいのだと、正しいのだと、そう訴えかけているようで、その歓声を聞くと、心が楽になって来る。
これでいい。
自分を言い聞かせるように、アラジンは、ロープの固定を解き、手を、放した。

「ノワール!」

刃が落ちる、その瞬間。
独裁者だった男を呼ぶ男の、懐かしい男の、声がした。
天に広がるこの空と同じ、青空色の髪を揺らして。青空色の瞳に、透き通った涙を浮かべて。白い手を伸ばして。
刹那、その男を視界に留めたノワールは、口元に笑みを浮かべ、何かを呟き。
ドン、という鈍い音と共に、彼の首は、刃によって綺麗に切り落とされた。
その様を見て、歓声を、喜びの声をあげる、国民たち。自由を謳う国民たち。その中で。

「ノワール……ノワール、ノワール、ノワールノワール……嗚呼、そんな……嘘だ!ノワール……!あああああああああああああああああ!」

目の前で切り落とされた男の最期を見届けた、彼の、最後の部下。
アラジンの旧友、シャマイム=テヴァは、ただ一人、その男の死を悼み、泣き崩れたのだった。

 


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