アルフライラ


Side白



国を、世界を、光が包んだ。
その光を見届けたノワールは、その手に握り締めていた刃を、いともたやすく、放り投げる。
一体何のつもりなのだとアラジンとコハクが剣を握り締めてノワールを睨むと、その視線を気にも留めない様子で、ノワールは、その両手を持ち上げた。
それが降参の意を示すことは、わかった。

「……お前たちの勝ちだ。」

ノワールは、深く溜息を吐く。その溜息が、何の意味を示しているのは、アラジンにはわからない。

「好きにしろ。この国も。未来も。お前たちのものだ。」

そう言って、ノワールは、自らの敗北を認めたのであった。


Part26 終焉の始まり。その前夜。


ノワールは、暗い地下牢の中に閉じ込められていた。
その両手には重々しい手錠がはめられていて、この手錠が、無限に魔力を吸い取り続けている。
魔術を封じ、牢屋からの逃走を図らないようにするためだ。そして彼を見張るべく、牢の外側にいるのが、アラジンであった。

「明日だ。」

アラジンが呟く。
明日、ノワールの処刑が行われる。この国を私的に支配していた大罪人として、全ての国民の未来を奪った極悪人として、この男は、明日、処刑されるのだ。
つまり、明日が彼の命日になる。
それを聞いて、少しは動揺するかと思ったけれど、ノワールは表情一つ変えない。その様が、なんとなく、アラジンには気に入らなかった。

「少しは喚くと思ったがな。」
「喚く?醜く、餓鬼のように、か?残念ながら、お前たちの思い通りにはなってやらんよ。いっそ堂々と死んでやる。」

そう言って、喉を鳴らし、男は嗤う。
彼の腕の中には、物言わぬ人形が抱きしめられていた。彼を拘束した時、アリスが彼に返したものだ。
貴方がどんな人間であっても、彼女は貴方を愛したから、と。
アラジンは男だ。故に、女心はわからない。何故このような、国を支配した独裁者を愛したのかなんて、わからないし、わかりたくもない。
けれど、どうせ、彼は明日、死ぬのだ。
それであれば、物言わぬ人形一つぐらい、玩具として、彼の手元に置いておいてやるのも、せめてもの情けというものだろう。
ジャラジャラと手錠の鎖を鳴らしながら、ノワールは手を伸ばし、人形の髪を優しく撫でている。
その様は独裁者であった男に似つかわしくない姿で、見ているのも、なんとなく躊躇われた。
目を背ければ、視線の先には、壁。こちらの方がまだ落ち着く。

「お前が民を閉じ込めていた地下牢に、自ら閉じ込められた感想はどうだ。」
「さあな。まあ、敗者としてふさわしい姿なんじゃないか?」
「……やけに他人事だな。」
「他人事だとも。私はもう死ぬのだ。お前たちの刻む未来に私はいない。ならば、それは他人事になって然るべきだ。」
「アンタも嫌味だな。正義を振りかざしておいて、結局、アンタを処刑しようとしている俺に対して。」
「何を言う。正当な行動だ。寧ろお前は私を捕えた後、何も考えていなかったであろう。国民に煽られ、その結果、私の処刑が決定したのだからな。まあ、元をたどればお前はただの商人。人を殺すことなど慣れてはいないだろうから、そのことにまで、頭が及ばなかったのは、当然か。」

アラジンは、唇を噛みしめる。
そうだ。
ノワールを捕まえて、国の未来を取り戻して、やった、と、そう思った。これで未来が始まる、と。
その後、全く何も考えていなかった訳ではない。まずは国の仕組みを変えて、国民たちで相応しい人間を選んで、そして法律を作って、国を創り直していく。
そう思っていた。
でも、確かに、アラジンの描く未来の中に、ノワールはいなかった。
ノワールがいるのは、彼を捕まえる、その時まで。それ以降の未来図に彼の姿はなく、捕まえ、そして、そこで彼は消えていた。
彼をどうするかなんて、考えていなかった。否、考えようとしなかった。
革命が起これば、敗者は見せしめとして処刑される。歴史をたどればそれは然るべき道だろう。
けれど、ただの商人であり、剣術なんて趣味程度で、本当に人を殺したことなんてなかったアラジンにとって、処刑なんて、人を殺すなんて、考えられなかったのだ。
宮殿を出て、まず、浴びたのが、称賛の声。次に浴びたのは、ノワールに対する、罵声だった。
そして、民たちは、口を揃えて、こう言った。処刑しろ、と。
こうしてノワールの処刑は決まったのだ。アラジンの意思としてでなく、民たちの意思として。

「躊躇うな。」

ノワールが、呟く。

「躊躇えば刃が鈍るからな。一発で死ねぬのも、なかなかに辛いものだ。故に、躊躇ってくれるな。それに、それがお前の歩んだ未来。選択だ。自らの、信じている思いがあるならば、それを信じ続けろ。……私には、理想としている世界があった。その為なら、何でもできると思った。しかし、私の理想は、お前の想いに敗れた。故に死ぬ。それが結果。それが世界というものだ。」
「やけに、達観しているな。」
「何。それがこの国の統括者であった男としての最期というものだ。お前はただ、ノワール=カンフリエという男が、いかに悪逆非道で、非人間で、どうしようもない悪人であったかを後世に伝え続ければいい。そして、この世界の未来を創れ。」

まるで、こちらが励まされているようだ。
なんとなく居心地が悪くて、もう、いいだろ、と、アラジンは呟く。お喋りはこれで終わりだと、言うように。
ノワールの言葉を聞いていると。
こうして、戦いを抜きに彼と対峙していると、迷ってしまうのだ。
彼の言葉に、嘘偽りはない。真っ直ぐに、自分の理想を語って、それを信じて戦っただけの、それだけの男に見えてしまう。
崩れるのだ。自分の中で、悪逆非道の独裁者が。自分の中の独裁者は、こんな男ではないはずなのに、と。

「最期は、独裁者として、死んでやる。」

そう言って、ノワールは、意地悪く笑う。不気味な笑み。嗚呼、そうだ、お前はその笑顔をして、堂々としてくれた方が、安心する。
お前は悪逆非道な独裁者。この国を支配した大罪人。だから。大罪人らしい顔をしてくれなければ、困るのだ。
早く、朝になってくれないだろうか。
こんなにも朝が、明日が、恋しく思えたのは、後にも先にも、きっと、ないだろう。
そんなことを思いながら、アラジンは、彼の処刑の時間まで、この地下牢で、彼のことを、見張っていたのだ。

 


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