アルフライラ


Side白



その光は、宮殿内だけでなく、国中を包み込んでいた。
宮殿に押し寄せていた国民たちは、突如国中を包んだ、温かな翠色の光に困惑を覚える。
一体何事だと、眩しい光に目を細めながら、どよめいている国民たち。
光が徐々に収まっていくと、何が起きたのだと、国民は周囲をきょろきょろと見回した。光が国を包んだ以外、特段、変わった様は見受けられない。

「ねえ!あれ見て!」

けれど、異変に気付いた国民の一人は、天に向けて、指を差した。
その声に気付いた、他の国民たちも、顔を持ち上げ、天を見上げる。
顔を上げると、広がっているのは、いつもと変わらぬ、紫色の空。
しかし、その紫色の空は、いつもと少し、ほんの少し、違っていた。
空に対になるように浮かび上がっていた白い月と太陽。それらは互いに均衡を保っているかのように浮かび上がっていたけれど、今、その均衡が崩れ始めていたのだ。

「月が、沈んでいく!」

月が、今まで沈むことのなかった月が、地平線の向こうに、沈み始めていたのだ。
そして。
太陽が、国の頭上を目指し、昇り始めていた。


Part25 愛した人。愛する人。


眩い光が宮殿を、国中を包んだと同時に、ルミエールの光の猛攻はピタリと止んだ。
一体どういうことかと、薙刀を握り締めたまま、コクヨウはルミエールを見つめる。
宮殿の外を眺める彼女の瞳は、人形故に色が変わることはないけれど、でも、それでも、悲しそうにしているように思えた。

「貴女たちの、勝ちね。」

彼女が、ぽつりと呟く。
勝ち。その意味がわからない程、コクヨウたちも鈍感ではなかった。
アラジンがやったのだ。やってくれたのだ。この国に、未来を取り戻してくれたのだ。
自然とコクヨウと、アリスの表情が綻ぶ。二人のその顔を見て、にこりと微笑むルミエールの表情は、外見こそ少女の人形であるけれど、大人びた、そう、まるで母のような笑みであった。

「この戦いは貴女たちの勝利。だからもう、戦う理由はないわ。それに、私はもう、戦えない。」
「戦えないって、どういうことさ?」
「私はこの国に満ちた魔力で動いていたわ。この国に満ちている魔力は、全て、ノワールが一人で満たしていたもの。けれど、貴女たちの愛した人々が、魔力の主導権を取り戻し、彼の魔術を無効化した。であれば、私の中の魔力も、いずれ尽きる。そうすれば、私は、また何も話すことのできない人形に戻るわ。」

そう言って、ルミエールは、自らの手を動かしながら微笑む。
確かにその動きは、先程よりもぎこちない。動かしたいのに、身体がなかなか言うことを聞いてくれないようだ。
この戦いは間違いなく自分たちの勝利で、この国の未来を取り戻すことができて。
そして、敗者は、この舞台から去る。
必然的なことのはずなのに、どうして、こんなにも後味悪く思えてしまうのだろうか。
それは目の前にいる人形が、幼い少女の姿をしているからなのか。それとも別の理由があるからなのか。

「そんな顔をしないで。」

ぎこちなく、首を左右に振りながら、ルミエールは二人に言う。

「もっと胸を張って。貴女たちは、勝者として、民を引っ張り、未来を作るの。」
「ねえ、えっと……」
「ルミエール。ノワールの母国で、私の名前は光を表わすわ。本当はそんな名前じゃないのだけれど、ノワールは小さい頃から、私にこう名付けて、可愛がってくれてたの。」
「じゃあ、あの。ルミエール。貴女はどうして、私たちにそんな助言を……?」
「あら、敗者は勝者を讃えてはいけないのかしら?この国を統べる以上、覚悟を持って、私たちはこの宮殿にいたわ。私も、ノワールも。悪逆非道な独裁者と罵られたとしても、全てはこの国のことを想ってのことだったし、民のためならば、嫌われ者も厭わなかったわ。貴女たちも覚悟を持ってこの宮殿に来たはず。だから、同じ覚悟を決めた女として、胸を張っていて欲しかったのかもしれないわね。」

そう呟いたと同時、ルミエールの身体は膝から崩れ落ちる。
不思議そうに彼女は首を傾げたが、もう、彼女の中に満たされていた魔力が底を尽きかけているのだろう。
その、細い、二本の足で立ち続けることは、もう、無理なのだ。

「何故、貴女はノワールを愛していたの?」

アリスが問いかける。
すると、ルミエールは、あらあら、と呟いて、笑う。その微笑みは、まるで、十代半ばの少女のように、あどけなくて、愛らしくて、美しかった。

「愛に理由なんて要らないわ。私は、ただ、ノワールのことを愛していた。彼が正義の味方だろうと、極悪人だろうと、私は彼が彼である限り、ノワールのことを愛したわ。そして、今も、その愛は本物。例え肉体を持たぬ身であろうとも、造られた魂であろうと、私はノワールを愛している。物言わぬ人形に戻っても、それだけは、変わらないわ。」

貴女たちが羨ましい。と、ルミエールは少し悲しそうに笑う。

「私は人形だから。彼に抱きかかえてもらうばかり。彼を抱きしめてあげることも、包み込むことも出来ない。貴女たちと同じ、肉の器を持つ人間としてこの世に在ったならば、もっと、もっと、彼のことを愛してあげられたでしょうに。……でも、これはこれで、よかったのかもしれないわね。あの子、肉の器を持つ私だったら、きっと、恋なんてしてくれなかったもの。あの子、臆病だから。」

そう言ってまた、くすくすと笑うのだ。
目を細めて、懐かしそうにしながら。きっと、ノワールが幼かったころの思い出に耽っているのだろう。
さあ、と、ルミエールは二人の女に声をかける。

「貴女たちは進みなさい。愛する者たちが、貴女たちを待っている。どうか、この先、どのようなことがあったとしても、貴女たちの愛が、変わらぬことを願うわ。」

ぐらりと、彼女の身体が崩れ落ち、その場に倒れる。
アリスとコクヨウが駆け寄ってみると、ルミエールはもう、ただの人形へと戻っていた。
アリスが人形を持ち上げてみるけれど、もう、あの小鳥のような声で喋るようなことはない。

「……これで、よかったのかな。」
「きっと、よかったんだよ。もし逆だったら。勝っていたのが彼女であったら、逆に、私たちが、こうなっていたかもしれない。」
「……うん。」

コクヨウの言葉に、アリスが頷いた時。二人の名を呼ぶ声がした。

「アリス。コクヨウ。」

声をかけた男は、見知った男。所々、衣服が擦り切れてぼろぼろではあったけれど、その手に大きな杖を握る彼は、いつもと変わらぬ笑みで、こちらに駆け寄った。

「オズ。無事だったんだな。」
「まあ、ね。……その人形は……」
「ノワールの人形。もう、動くことはないわ。」
「そっか。こっちも、終わった。国民はどんどん、宮殿の中へと入ってきている。あの光が満ちた途端かな、ノワールの部下たちの動きも鈍って来たみたいで。敗北を悟ったから、諦めたのかもしれないけれど。……僕たちも、アラジンたちのところへ向かおう。」

オズの言葉に、コクヨウとアリスは頷くと、先に走って行った彼等を追うように、宮殿の奥へと進んだ。

 


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