アルフライラ


Side白



「希望。か。」

ノワールは、くく、と喉を鳴らして笑う。
蔑むように、見下すように、二人のことを眺めながら。そして、耐えきれなくなったのか、声を出して、大声で、彼は笑った。

「ハハッ……ハハ、ハハハハハハハ。なんて綺麗事だ。なんて子どもじみた発想なんだ!あまりにもおかしくて腹がよじれそうだ!希望だから、信じているから!それだけで国が変えられると?世界が変えられると?理想大いに結構!だがな、お前たちのその甘さが、全てを滅ぼすと、何故気付かない!」

腹を抱え、本当におかしそうに、ノワールは笑う。
その様は、こちらを完全に馬鹿にしていると言っても過言ではないだろう。間違いなく、断言出来る。
はぁ、と深く溜息を漏らしたノワールは、笑い過ぎて滲んだ涙を手で拭い、さて、と、不敵に、不気味に、にやりと笑った。
放たれる魔力。
その膨大さに威圧され、ピリピリと痺れるような空気に、肌が痛んだ。

「ねえ、アラジン。」

ぽそりと、コハクがアラジンに声をかける。
何だとアラジンが返すと、コハクの視線が、ノワールの後ろを示していた。
その先には、先程の大広間で見かけた、古びた時計。彼の浮遊魔法により、ふわりと浮かび上がっている時計が、そこにはあった。

「あれを壊せば、勝機が掴めるかもしれない。」
「……そうだな。」

標的は決まった。
二人は互いに頷き合うと、その手に握られた剣を、力強く、握り締めた。


Part23 時計の破壊


まず、先に剣を振り上げたのはコハクであった。
コハクの刃がノワールへと迫るが、彼は難なくその刃を受け止める。そしてすぐに左足を持ち上げて、コハクの胴を蹴り飛ばした。
腹に響く圧迫感。込み上げる吐き気。今日は胃に食べ物を詰めていなくて良かったと、身体が浮かび上がり、地面に転がりながら、我ながらくだらないことを考えていた。

「バラック。」

ノワールがまた呪文を呟けば、バチバチバチと弾ける音と共に、頭上に、龍の形をした稲妻が見える。
龍の稲妻がこちらに突進してくるのを避ければ、コハクがその寸前までいた場所は床を抉り、床を焦がし、絨毯を燃やし始めた。
その威力がどれだけのものかは、一目瞭然と言えるだろう。
しかし怯む訳にはいかない。コハクはまた力強く踏み込むと、その剣を振ってノワールに切りかかる。

「お前も、芸がないな。」
「まあ、固いこと言わないで。付き合ってよ。」

また魔術が襲い掛かる前に、コハクは剣を振り上げて、ノワールの頭部に向けて振り下ろす。勿論、これで彼の脳天を切り裂けるなんて思っていない。
振り下ろされたその刃をノワールは受け止め、またコハクは剣を振り、ノワールはそれを受け止めて、それを繰り返している。
ノワールの武術は素晴らしい。剣だけでなく、自身の身体を用いた体術もこなせる。そして、強力な魔術。文武両道とはこのことだろう。
けれど、そんな、隙のない彼であっても、必ず、弱点というものはあるはずだ。
例えば、守りたいものがあって、動けない、とか。
その証拠かはわからないけれど、ノワールは、極力、同じ場所に立ったまま、動かない。少し距離を詰めれば魔力を放ち、攻撃をけしかければ体術で応戦する。彼の動きは、その繰り返しだった。
そして、彼の視線はコハクにだけ注がれてはいない。
剣を振るコハクがいる一方で、もう一人、この場にはいる。それがアラジンだ。アラジンが動いてこない今、彼は、アラジンがどのように動くのか、気が気でならないのだろう。
アラジンはコハクの一歩後ろに立ち、その様子を、伺っていた。

「シュヴィール……」
「させない!」

魔術を唱えようとするノワールに、コハクは剣を振って注意をそらす。
ノワールの体格が良いとはいっても、剣の腕は、コハクだって負けてはいない。少しでも気を緩めれば、形勢はすぐに逆転されてしまう。
独裁者という男は、もっと、慢心的なのだと思っていた。けれど、ノワールの太刀筋は、魔術のタイミングは、全て、慎重に慎重に行われているもので。

(集中だ……)

コハクに、すぐにでも加勢したい。
高ぶる思いを鎮めながら、アラジンは、己のすべきことに集中をしていた。
この時ほどに、オズの助言をよく聞いておくべきだったと思うことはないだろう。剣に魔力を込めながら、アラジンは心の中で愚痴を零しそうになる。
集中しなければならないと言っておきながら早速これなのだから、自分は本当に魔術というものが向いていない。
手の先に、剣の先に、力が込められていく様をイメージする。
強力な刃を。全てを貫く刃を。刃の先に、自分の全てを注ぎ込む様を必死にイメージしていけば、真っ白な刀身を包むように、徐々に淡い光が溢れ出す。
その鮮やかな翠色が、自身の魔力の色で。

(今だ。)

剣に力を込めて、アラジンは駆け出す。駆け出すアラジンを視界に捉えたノワールの目が、僅かに見開く。
ようやく動揺の色を見せた。
まだ勝負は決まっていないというのに、その顔を見れたというだけで、勝利を確信している自分がいた。
アラジンの元へと刃を、魔術を、何か攻撃を繰り出そうとするノワールを、コハクの剣が防いでいる。
自分がすべきことは、真っ直ぐ走って、壊すべきものを、壊すだけだ。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

アラジンは声を上げて、力いっぱい、魔力の注がれた剣を振り上げる。
大きな古びた古時計。
それを剣で真っ二つに切り裂けば、時計はぱっかりと開いて左右に転がり落ちる。転がり落ちたその時計の中からは、美しい、水晶のような宝石が、ひょっこりと中から顔を出した。

「しまっ……!」

ノワールが小さく、声を上げる。
古時計の中から現れた、美しい宝石。古時計の中に収められていたそれは、本当に中に収められていたのだろうかと、疑問に思えるものだ。
だって、その宝石は、古時計よりも、ずっと大きな形をしていたのだから。
紫色に輝く美しさに、思わず、目を奪われる。

「これは……」

アラジンが、宝石に向けて、手を伸ばす。
指先に宝石が触れた、それと同時に、紫色に輝いていたそれは翠色に色を変え、辺りを、光で包み込んだ。
まるで、次の主は貴方だと、そう、訴えかけるように。

 


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