鐘の音が鳴る前に。


本編



小鳥遊浮は事故死をした。
古びていた屋上のフェンスに体重をかけて寄り掛かった結果、運悪くフェンスが外れ、転落をし、亡くなった。
同級生である三名は偶然それを目撃し、担任及び副担任に報告。
小鳥遊の志望は病院、警察により確認がされ、悲しい事故として、世間に公開されることになった。

「どういうことですか!」

宰が叫ぶ。
叫んでいる対象は、教頭に対してだ。教頭は深く溜息を吐いて、どういうことも何もない、やる気なさそうに呟いている。
それと対照的に宰は顔を赤くして、拳を力強く握り締めて、怒りに震えていた。

「小鳥遊浮の死は事故で処理をするって……」
「あれはどう見ても事故だ。当然の処理だろう。」
「けれど!目撃者である三人のうち一人は言っていました!」

ちょっと小突いて、本当に落ちるとは思わなかった。
目撃者の一人である同級生は、確かに、そう口にした。つまりそれは、小鳥遊が一人でに落ちたのではなく、誰かが小鳥遊をフェンスに向かって押して、その衝撃で転落してしまったということになる。
そうなれば、それはただの事故ではない。過失とはいえ、それは立派な殺人だ。

「それを、どう立証するというんだ。」

氷のように冷え切った、教頭の言葉がぐさりと突き刺さる。
立証する手段は、ない。
遺体は姿を消し、結局、見つけることは出来なかった。その場に残ったのは、屋上から落下した壊れたフェンスと、その場に広がっていた小鳥遊の血液だけ。
葬儀は空っぽの棺のまま行われ、彼は、亡き者として学園側で適切な手続きの元、葬られた。

「彼は身寄りがない。誰も彼の死を疑う者はいない。君以外ね。」
「ですが……」
「小鳥遊浮は死んだ。けれど、三人の同級生は生きている。死んだ者の名誉よりも、生きている者の未来の方が大事だと思わないかね?」
「だから、真実を捻じ曲げるというのですか……!」
「捻じ曲げるのではない。そもそも、それが真実であったということだ。小突いたなどと言ったその生徒は、きっと、夢でも見ていたのだろう。」

生徒が生徒を死に至らせた。
そんなことが世間に知られれば、マスコミの格好の餌食になる。だから、だからこそ、学園側は、自分達に都合の良いシナリオを、用意したということなのだろう。
そして、そのシナリオが虚構であるということを、証明する術はない。
そもそも、それが正しいのかすらも、わからない。
けれど、いくら、学園にとって、三人のも目撃者にとって、これが正しい選択なのだとしても。
死者を辱めていい理由にはならない。

「小鳥遊は……彼の名誉は、どうなるんですか……」

宰の問いに答える者は、誰もいなかった。


第11話 萩野宰の罪と罰


「これが、俺の知っている全てだ。」

場所は、宰の自宅。
その場にいるのは、家主である宰を含め、八月朔日、さえる、読の四人だ。
宰の話を聞いて、一同は、何も言葉を発することが出来ず、その場に座り込んでいた。

「……この後、結局俺は何をすることも出来ずに、教壇を降りた。警察や病院を黙らせ、全てを処理した学園に対して、一人で戦う勇気もなかったし、だからといって、他の者たちみたいに、上手に立ち回り、流されることも出来なかった。」

そう言って、宰は、苦笑する。
しばしの沈黙。誰もが、どう言葉を返せばいいのかと、迷っている。そんな時に。

「話してくれて、ありがとう。」

重い沈黙を破ったのは、読であった。
礼儀正しく正座した彼は、深く、宰に頭を下げる。

「十年。十年、この事に沈黙し続けることは、苦しいものであっただろう。貴殿の背負っている十字架がどれだけ重いものか。どれだけ嘆かわしいものか。我にはよく視える。貴殿は、十七の餓鬼が何を言っているかと思うかもしれないが、それでも、我にはわかるんだ。だから、話してくれて、有難く思う。十年前の真実を、こうして知ることが出来たのは、非常に嬉しい。」

読の言葉に頷いて、私もだよ、と、さえるが微笑む。

「私も、宰さんの話、聞けてうれしい。ずっと宰さんが抱えてたもの、私も一緒に抱えることが出来ると思うから。」
「……さえる……」

さえるの言葉に、宰は、ほっとしたように微笑む。
さえるには、大部分だけは伝えていたものの、詳細を告げたのは勿論これが初めてだ。
軽蔑されることも承知の上であったからこそ、それを容認してくれたことで、ほっと、身体の力が抜ける。
しかし、奇妙だな、と、読は言葉を続けた。

「遺体が消えるなんて非現実的なこと……通常であれば在り得ない。」

読の言うことは最もだ。
遺体が消えるなんて。しかも植物に飲み込まれて消えるなんて。通常であれば、理解出来ないことだろう。
だからこそ学園側はこの事実をもみ消したし、警察や病院も、この非現実的な出来事に対処することが出来ず、閉口するしかなかったのだ。

「……この遺体が消えた現象と、悠久休暇の都市伝説に、関連性はあると思うか?」
「否、これだけではまだわからない。けれど、全く無関係と無視をしていいことでもないような気はする。少なくとも、この現象で何かが起こっているはずなんだ。無視をしてはいけない、見逃すことが出来ない、何かが。」

ぶつぶつと、読が考え込むように呟く。
この現象に心当たりのある人間がいればいいのだが、こんな、不可思議な出来事を専門に扱っている人間なんて、中々いないだろう。

「巨大な植物なんて、なんだか、植物を操る、神暦時代の使者さんみたいね。」

そう言葉を零したのは、八月朔日であった。
八月朔日の言葉に、はたと、宰は何かを思い出したかのように立ち上がる。立ち上がって、手を伸ばしたその先にあったのは、教員時代に使っていた教科書だ。
十年前の教科書。
けれど、記載されている出来事の大部分は変わらない。
ぱらぱらと埃がかかった紙を捲っていく。

「……神器。」

宰が、言葉を口にする。
彼が何を言っているのかわからないと言いたげに、八月朔日は首を傾げた。

「神暦時代。神から力を与えられた人々が、人為らざる力である『神業』を持ち、能力を使役したとされている。神暦時代が崩壊した後、隣国で戦乙女という魔女が戦争を引き起こしたとされているが、その戦乙女もまた、『神業』を使役する者であったという説があるんだ。」
「それが、十年前の事件と、どんな関係が……?」
「戦乙女を葬った後、彼女の力は世界中に散らばったと言われている。それは『神器』と呼ばれ、神器を持った者は、『神業』と同等の、人為らざる力を使役することが許されたと言われているんだ。実際、数十年前には世界各地で人為らざる力が使役されたような事件が相次いだらしい。だから、神器なんて御伽噺だと言う者もいれば、神器は実在したと語る者も何人かいる。……もし、あのロザリオが、神器の類か何かだったというのであれば、あの事件の出来事と、辻褄は合う。」

そう言って、教科書のページを宰が一同に見せる。
確かにそこには、神暦時代の出来事が記述されている他、神器のことについても触れている記述があった。
もし神器が実在しているのであれば、十年前の事件で起きた出来事に、神器が関わっているという可能性が格段に上がる。
そして、その可能性がもし上がれば。

「……悠久休暇には、十年前の犠牲者、小鳥遊浮が、関係している可能性が、出て来る。」

読の言葉に、その場にいる一同が、凍り付く。
小鳥遊浮が関与している。
彼は間違いなく、死んでいた。その様子は確かに、宰がこの目で確認したのだから、間違いない。
死者が生き返って、人々を死へと導く店を経営しているなんて、そんなこと、いくらなんでも考えられない。
そう言いたげな宰の視線を悟ったのだろう。読は更に、言葉を続ける。

「神器は、人為らざる力をもたらすのだろう?ならば、死者を蘇らせるような神業があったって、おかしくはないと思わないかな?」

そう言われてしまえば、何でもありになってしまうじゃないか。
反論したいという思いと、確かに、神が関与するような力ならば、在り得ないことではないのだろうかと、頭を抱える自分もいる。
兎に角、と、読は宰のことを真っ直ぐ見据える。

「神器の存在は、無視できないと、我は思う。それに、もし、都市伝説に小鳥遊浮が関わっているのであれば、それは、止めるべきだ。本来亡くなっている者が、死者が、生者を死へと導く行為は倫理に反する。」

故に、時間が欲しいと、読は語る。

「我の知り合いに、心当たりがある。調べさせて欲しい。……構わないか?」
「……乗りかかった船だ。それに、もし小鳥遊が関わっているというのであれば、俺が十年前に侵した罪が原因でもある。真実を知り、それを止めるのが、俺に与えられた罰であり、責任だろう。」

一週間後、また、連絡をする。
そう言って、読は頭を下げてその場を後にし、それに続くように、八月朔日もまた、ひとまず今日は帰宅すると、宰の家を後にした。
二人の客人を見送って、宰は、深く、溜息を漏らす。

「お疲れさま。」

宰の精神的疲労を悟ったのだろう。さえるが、ねぎらいの言葉を投げかける。
その言葉を聞くだけで、宰の心理的負担は少し和らいだ。

「すまないな……さえる。お前も、必然的に巻き込むような形になってしまった。」
「いいよ。ずっとそばにいるって約束したし。それに、その都市伝説を止めるってことは、私の『死』を止めて欲しいっていう、最初のお願いにも繋がることになるだろうし。」

だから、と、さえるは呟いて、その手を宰の手に重ねる。
顔に浮かべる笑顔には、生命の力強さがあり、初めて出会ったあの時と比べると、彼女は、各段に強くなっているのだと、そう思わずには、いられなかった。

「一緒に、頑張ろう。一緒に止めよう。きっと、それが正しいことであるはずだから。」

ね、と首を傾げて笑いかけるさえるの手を握り返しながら、宰は、小さく頷いた。

 


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