契約の紡


本編



氷雨が金の胸を貫いた、それと同時に、風と隠の身体は、全身から力を失いその場に崩れ落ちた。
荒い息をしながら、燕は、手に持つ刃を鞘へと納めて、氷雨の元へと駆けていく。
氷雨は、目の前で転がる金の身体と、その身体から流れる赤い液体を見つめてから、ふと、糸の切れた人形のように倒れる風と隠の姿を見た。

「……どういうことだ?」

氷雨が、問いかける。
燕は、悲しそうな顔をしながら、地面に転がる金と視線を合わせるために、膝を曲げて屈んだ。

「……う……あ……」
「コイツ、まだ……!」
「やめなさい、氷雨。もう、この鬼は永くありません。」

燕が静かに氷雨を静止すると、氷雨は、金へと向けた刃を下げる。
確かに、金は荒い息をしてはいるものの、傷口から流れる血は止まる気配がなく、確実に致命傷を突いているということがよくわかった。

「……本当に鬼として生きていたのは、貴方だけですね?」


第三十八結 : 孤独を拒んだ鬼子の兄弟 其の三


鬼金。生前の名は、如月金。
東の集落を束ねる、如月家の長男として生れ落ちた。
束ねるといっても集落はとても小さなもので、数十人程度の人間が住まう本当に小さな集落だった。
けれど、集落の人間は皆家族のようで、金たち兄弟にも、本当によくしてくれる良い人々ばかりで、金は、ささやかな小さな集落だけど、此処に生れ落ちて、皆とともにいられるのがとても幸せだった。
そのささやかな幸せが壊されたのは、東にある青龍の村が、本格的に集落と村を合併させようと動き出したことがきっかけ。

「私は集落と村の併合は反対だ。集落は集落、村は村、それでいいじゃないか。北の村だって、そうやって上手く回っているという。文化が違う集落や村同士が一つになったって、いいことは一つもない。」

金の父は、そう言って、当初は村の要求に反抗した。
この時期は各集落で村との併合に抵抗する動きが目立っていて、西の村程過激ではないものの、東の村でも、集落による抵抗があったのだ。
異なる文化が一つになってもいいことはない。それは金も同意見であったし、前々から皆と仲良くこの集落で生きて来たのだから。無理してその生き方を変える必要はないのではないかと、そう思っていた。
この集落はどちらかといえば北の村寄りに位置していたから、尚更、北だって集落が独立して上手くやっているのだからという思いが強かったというのもある。
しかし、村の要求を拒んだ集落に対し、村は次の行動に移した。
集落のそばには、滝が流れていた。
その滝から流れる川の水を汲み、畑を耕し、飲み水としていたけれど、その水が、村の手により地形を変えられ、流れなくなってしまったのだ。
村は言った。集落と村が併合するのならば、水が豊かな土地を分け与えよう、と。
それでも、金の父は、この集落を束ねる長は、抵抗した。
強硬な手段に出る村には屈しないと、そう高らかに声をあげて、抵抗したのだ。
けれど、金の父は気丈に声をあげたけれども、他の集落の人間たちは、もう、限界だった。
村と一つになることで、豊かな生活が保障されるのであれば、抵抗する理由なんてもうないじゃないか、と。
そんな彼等にとって、金の父は、如月家は、次第に、家族に等しい存在から、目障りで邪魔な存在へと変わっていき、最終的には、家族同然であった集落の人間たちによって、如月一家は、斬殺されたのだ。

「……とう、さ……かあさ……」

金は、唯一、生き残った。生き残ってしまった。
痛みに、恐怖に震える身体を無理矢理起こして、周囲を見回す。
そこには、愛した家族の骸があった。

「すがた……かくれ……ゆばり……?」

弱々しい声で、縋るように、金は床に、血の海に転がる弟の骸に声をかけて、身体を揺さぶる。
ぐらりと身体が揺れて、仰向けになった弟の瞳には光はなく、濁った焦点の合わぬ瞳は、何処ともわからぬ虚空を見つめていた。
身近な者の死というものに直面し、金は、ヒッと悲鳴を漏らす。
そして、震える両手で、弟三人の亡骸を抱き起して涙を流した。

「どう、して……」

どうしてみんな、こんなひどいことをするのだろうか。
みんな、家族のように接してくれていたじゃないか。
大好きだったのに。家族のことも、集落のみんなのことも、みんなみんな、大好きだったのに。
何故。どうして。
そんな想いが、ぐるぐるぐるぐると金の脳裏を巡る。
しかし、何故、どうして、と何度考えてもその答えには辿り付ける訳もなく、金が辿り着いた末に理解したのは、どうしようもない悲しみと、恨みと、憎しみの感情。
純粋な疑問だったどうしてという言葉は、呪いの言葉へと、変わっていった。

「許せない。」

許せない。
自分たちを裏切った集落の人間も。そのきっかけを作った、今までのささやかな幸せを壊しに来た村の人間も。
家族を誰一人守れなかった、自分自身も。

「許せない。許せない。許せ、ない。」

怨念のように、ぶつぶつと独り言を呟く。
その時、ジャリ、と、地面を歩く誰かの足音が聞こえた。
ふと振り向くと、目の前には、真っ白な少年と、金色の青年が立っていて、金色の青年から生えている耳と尾が、彼等は人間ではないということを物語っていた。

「人間って、酷いね。」

白い少年は、金に、語り掛ける。
そして、細く白い手を、金の前へと差し出した。
金は不思議そうに首を傾げながら、その白い手を、ぎゅっと握りしめる。
その手を通じて、温かな、けれど熱い何かが身体の中へと溢れるような感覚がした。
熱くて、熱くて、特に何処が熱いと言えば、額が特に熱くて、痛くて、右手で額を抑えると、額から何かが生えていることに気付く。
ぺたぺたと手を動かせば、己の額から、三本の角のようなものが生えているということがわかった。
少年は、にこにこと、笑みを浮かべる。

「僕の力、分けてあげる。どう使うかは君次第だよ。といっても、この力も貰い物なんだけどね。」
「……お前は……」
「僕、今日はもう行かないと。でも、きっとまた会うことになるよ。その時は、迎えに行くからね。」

そう言って少年は、軽い足取りで、くるりと金に背を向けた。

「今の君ならきっと、また、兄弟揃うことが出来るんじゃないかな。」

その一言と共に、少年は、青年の手を引いて、去って行った。
金は呆然としながらその少年を見送って、またすぐに視線を、弟たちの亡骸へと向ける。

「……また、兄弟、揃って……」

ポツリと、呟く。
そして金は、ふふ、と声を漏らし、笑った。否、正確には、嗤ったという方が正しいのだろう。
高らかに声をあげて、狂ったように、嗤ったのだ。

「あは、ハハ、あはははは、そうだ、そうだよ、また、四人そろって、遊べばいい。大丈夫、俺なら出来る。なぁ、風、隠、溺、いつまでも眠ってないで、俺と遊ぼう。人を殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくって、楽しもう。もう、村なんて、集落なんて、どうでもいい。俺には、お前たちがいれば、それで、いいんだ。」

そう言って、金は、嗤った。
そして、三人の弟の亡骸の額から、それぞれ、黒く鋭利な角が生え、弟たちは、ゆっくりと、瞳を開けた。
こうして、如月兄弟はその夜死に、鬼兄弟が、生まれたのである。

 


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