契約の紡


本編



風と隠の身体に、鋭く尖った岩が突き刺さる。
その岩は、腹部を貫き、胸を貫き、致命傷を突いているということは明白であった。
間違いなく、仕留めただろう。
そう思った。思ったはずなのに、彼等を倒せたとは、到底、思えなかったのだ。
何故なら、その身体を貫かれても尚、彼等はその口元に、笑みを浮かべていたのだから。


第三十七結 : 孤独を拒んだ鬼子の兄弟 其の二


「あーあ。服に穴が開いちゃったよ。」
「それ所か、腹に穴が開いてるじゃないですか。はぁ、僕はつい最近身体をくっつけたばかりですよ?また直さないといけないじゃないですか。」

岩に貫かれている部分を撫でながら、風も、隠も、飄々とした顔で溜息をついている。
彼等が心配していることは、服のこととか、開いてしまった穴をどう塞ぐかとか、そういうことばかりで、身体の痛みについては全く触れていない。
痛みなど感じていないかのように。
そしてもう一つ、燕の目から見て、この二人には違和感があった。
彼等は、血を一滴も流していないのだ。
彼等は鬼とはいえ、元々は人間。そして、生き物のはずだ。生きていれば、間違いなく、身体が傷つけば血が流れる。
それでも、彼等は流れていない。

「氷雨!」

燕は、踵を返し、氷雨の元へと飛ぶ。
氷雨が金の剣を受け止めているその瞬間、燕は彼の腕を狙って切り裂く。
燕の動きから攻撃を察した金が咄嗟に避けたため、片手に赤い線を作った程度ではあったものの、金のその腕からは、間違いなく赤い液体がぽたりぽたりと流れ落ちていた。

「……やっぱり。」
「燕?」
「氷雨。あの金という鬼からは、血が流れました。しかし、私が先程貫いた、弟二人からは血が流れない。妙だと思いませんか?」
「そう言われれば……」
「もし、私の推測が正しければ。」

燕がそう呟いた瞬間、ヒュン、と風を切る鋭い音がした。
音のした方向へ燕が振り向き刀を向ければ、刃が風車を弾き飛ばす。
視線の先には、また新たに風車を向ける風の姿と、強引に岩を砕き、胸に刺さった岩を引き抜く隠の姿があった。
ぽっかりと開いた胸の穴から、反対側の景色がよく見える。しかし、その穴からは、通常であれば流れるはずの赤い液体は流れていない。
そういえば、と、燕は思い出す。
東の村。その山を訪れた時も、思い返せば、隠の身体は真っ二つにこそ斬れたけれど、血は流れてはいなかった。

「氷雨。あの二体は私に任せてください。」
「だが、燕、お前その怪我……」
「千本が刺さった程度、致命傷を突かない限りは死にませんよ。私の身を心配するのであれば、氷雨。お前は金を早々に倒しなさい。」
「燕、」
「氷雨。私のことを信じて、金に。信頼していますよ。貴方のこと。」

燕は氷雨にそう呟くと、風と隠に向けて、駆け出した。
氷雨は静止の声を出そうとして、その言葉を発する前に、止める。
戦闘慣れしていない燕が二対一なんて無茶だ、とか。
いくら千本で刺された程度では死なないとは言っても、あれだけ激しく動けば、出血がひどくなる、とか。
思うところがないと言えば、嘘になる。
けれど、今自分がするべきことは、燕を静止することでも、彼に加勢することでもない。
燕に命じられた、目の前にいる鬼を倒すこと。
氷雨はぐっと刀を握り直すと、金目掛けて、その刃を突き出した。
彼の額を突く寸前、金は身体を後ろへ下げてぎりぎりでそれを回避すると、片手を地面について足を浮かせ、氷雨の脛を目掛けて蹴る。

「!」

氷雨がぐらりと姿勢を崩すと同時、金は片手だけで身体を支え、一度身体を一回転させて姿勢を整えると、もう片手で握った大剣で姿勢を崩した氷雨の胴を狙って振りかぶった。
このままでは、確実に身体が斬られる。
もっと早く、もっと早く地面に着地しなければ、そう、強く思った時、氷雨の身体は、勢いよく地面に引き寄せられた。
まるで、見えない何かに身体を掴まれて、引きずられたかのように。

「ガッ……?」

背中を強くぶつけ、声にならない声をあげる。
ジンジンと背中が痛み、呼吸がままならなくなりそうになるが、目の前を巨大な剣が掠めたのを見て、そんな余裕はないのだと思い知らされた。
金は、剣が空中を斬ったことで、不思議そうに目を丸める。
本来であれば、地面に氷雨が転がるよりも前に刃がその身体を斬るはずだった。それは間違いない。氷雨もそれは確信をしていた。
だからこそ、タイミングよく刃を振った金は、理解が出来なかったのだろう。
氷雨は、ぽかんとしている金の右手を狙い、足を持ち上げる。
氷雨の両足は金の右手に命中し、その打撃で痺れを覚えた金の右手から、ぽろりと巨大な剣が零れ落ちた。

「はぁッ!」

氷雨は身体を起こし、声をあげて、刀を振る。
刃は再び剣を取ろうとした金の右腕を、本来在るべき場所から切り落とした。
切り離された右腕は、剣を握ることも叶わず、地面へと転がり落ちる。

「ぐ、ア、ア……う、腕、腕が……」

金が、苦しげに声を荒げて、左腕で、切り落とされた腕に傷口を握り締める。
ぼたぼたぼたと赤い血が零れ落ちるのを眺めながら、氷雨は、その刃で金の胸を貫いた。

 


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テーマ「人外ファンタジー」
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