契約の紡


本編



水流たちが洞窟を覗き込むと、そこには、燕と氷雨の姿があった。
全身土埃や擦り傷でぼろぼろではあったけれど、深い傷はなさそうで、顔色もよく、元気そうである。
燕は水流を視界にとらえると、あの、見慣れた朗らかな笑みを見せてくれた。
こちらは見つかるまで寿命が縮まるような思いだったのに、とか、少し思わなくもないけれど、彼も無事には安堵するばかりだった。

「よかった。無事で。」
「心配かけて、すみません。」


第二十一結 : 鬼四兄弟


風が吹き荒れる山の頂。
鎖で、身体を巨大な岩に括りつけられてもう何日経っただろうか。
東の村長、青宋芭は、数日以上続く、この拷問のような状況に、限界を迎えようとしていた。
口の中がやけに乾くのは、もう何日もまともに水を貰っていないからだろう。
空腹と喉の渇きで、頭の中に霧がかかっているような状態だ。正常な判断は出来そうにない。
そんな宋芭を、それぞれ異なる表情で、四人の男が見つめていた。
一人は、目を爛々と輝かせて。
一人は、静かに目を細めて。
一人は、少し意味深に微笑んで。
一人は、にやりと満足そうに。
異なる赤い瞳を、男に向けて注いでいた。

「ねぇ。もう死ぬかな。そろそろ食べちゃってもいいんじゃない?隠(カクレ)兄。」
「待ちなさい溺(ユバリ)。こんな人間、食べる必要はないですよ。見るからに不味そうですし。どうせなら柔らかそうな女子の方がいいと思いません?風(スガタ)兄様。」
「そもそも僕は、人は食べる気がしないよ。生前の名残かな、やっぱ、米の方が美味しいし。ね、金(コガネ)兄さん。」
「それは同感。しかし、こうまで来ると、逆に哀れだなぁ。この一週間、だぁれも助けに来る気配はないんだから。お前、もしかして見捨てられたんじゃない?」

金色の髪と、赤い瞳。そして、それぞれ頭部から生える、人のものとは到底思えない黒い角。
その角が鬼の証であり、彼等が、この山に住まう、鬼の四兄弟であった。
長兄の金は、にやにやと口元に笑みを浮かべながら、宋芭に近付く。
数日前までは近付く度に抵抗したり、かろうじて自由になる足で斬りかかったりもしたけれど、もう体力がない宋芭は、抵抗する気力もなく、ぐったりとした瞳で、金を睨むのが精一杯であった。

「あ、でも、金兄さん。僕、昨日この山を登る団体様御一行を見かけたよ。二人は落としたんだけど、残りは落とし損ねちゃった。」
「じゃあ、殺したのか?」
「んー、わかんない。確認してないからね。もしかしたら、生きてるかもしれない。」

風は、朗らかな笑みを浮かべながら、物騒なことを口にする。
山から人を落とす。そんなことをすれば、まず助かる者はいないだろう。けれど、万が一ということもある。
それに、死んでいないとしても、残りの人間がこの山を登っているのだ。
いつかは、この山頂にやって来るだろう。

「まぁ、どちらでも構わない。」

金は、口の両端を上へと持ち上げ、にやりと薄気味悪い笑みを見せる。
その赤い瞳は爛々と輝いていて、何処か興奮するように、頬を紅潮させていた。
尖った牙と、鋭利な爪がきらりと光る。

「何人だろうと、此処で殺してしまえば同じことだ。殺す人数が多いか少ないか、それだけだからな。」
「うっわー、金兄えげつなっ」

溺はそう言ってみせるけれど、それでも、その瞳は金と同じく、何処か楽しそうにも見える。
ねぇねぇ、と溺は甘えるような声で、三人の兄に問いかける。

「どうやって殺す?やっぱ、溺れ死なせるのが一番かなぁ?ぶくぶくーって。」
「何を言っているんです。やはり、絞め殺すのが一番でしょう。縄をきつく締めるときの感触は最高ですよ?」
「やっぱ転落死でしょ。転落死。頭からぐしゃって赤い血をまき散らせるのが一番だよ。」

溺、隠、風の三人は、各々の一番好きな殺し方を羅列していく。
お互い趣味嗜好が異なるようで、どの殺し方が一番いいかと、議論になっていた。
そして、その議論がまとまらぬ結果、縋るように、三人は兄である金を見つめる。

「ね、金兄はどう思う?」
「金兄様のご意見を聞かせてください。」
「金兄さんはどれがいい?」

兄に意見を求める三人の弟を前に、金は少し、考えるような仕草をする。
けれど、これはあくまで仕草だけで、既に彼の中で答えは決まっていたのだろう。すぐに、彼はこう口にした。

「やっぱ、斬殺が一番じゃね?」

と。
兄の言葉を聞いた三人の弟は、兄と同じように、にやりと不気味な笑みを浮かべる。
それは、賛同の意と受け取っていいのだろう。
先に口を開いたのは、末弟の溺であった。

「流石は金兄!やっぱ殺すんだったら斬殺だよねぇ!」
「真っ赤な血飛沫がまき散らされるその姿は、まさしく芸術。金兄様だからこそ思い浮かぶ名案ですね。」
「やっぱり僕の血がまき散らされるのがいいっていう発想は間違ってなかったよね!ね!」

兄を囲い、無邪気な笑みを浮かべて話すその姿は、仲睦まじいごく普通の兄弟にも見える。
けれど、話している内容は、どのようにして人を殺すことが素晴らしいか、だ。
普通の人間であれば決して話すことではないし、そもそも彼等は、人間ですらない。
宋芭は、人間である自分と、鬼である彼等の価値観の違いを突きつけられながらも、呆然と、その会話を聞いているしかなかった。
金は、弟たちの輝く笑みを見て満足そうな表情をしながら、地面に突き刺さっていた巨大な剣を抜き取る。
その剣は、彼の身体と同じくらいの大きさはありそうだ。
あれほどまでに大きな剣を振り回すのだから、彼は、相当な怪力に違いない。

「早く来ねぇかな。楽しみで仕方ないよ。」

金がそう言って笑みを見せていると、ひょっこりと、金の視界に黒い人影のようなものが映った。

「あー、やっぱり殺し損ねてたかぁ。」

風の、少しがっかりしたような声がする。
影が完全に顔を出す。それは、色鮮やかな空色の髪を持つ、中性的な人の子であった。
そしてその子を先頭に、何人かの人間と、そして、精霊と思しき者たちが姿を現す。

「宋芭さま!」
「……珊瑚……来た、のか……」

宋芭を呼ぶ男の、悲痛な声。
その声の持ち主は宋芭にとっては聞き覚えのあるもので、心配そうな、青い顔をするその男の顔は見慣れたもので、宋芭は、思わず、ほっと息を吐いた。
助けに、来てくれたのだ。
そう思うと、胸に、じんわりと熱いものが込み上げてくる。

「待っていてください。すぐに、貴方を助けますから。」

そう言って珊瑚は、静かに、その三味線から音を奏で出した。

 


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