アルフライラ


Side白



この国を変えるには、動こうと思う人間がいなければ駄目なのだ。
違和感を覚えている人間は、自分だけではなく、複数人いるはずなのだと、あの日、赤子を抱いて苦しむ女性を見て、アラジンは確信していた。
自分だけの力では、どうにも出来ないことかもしれない。同じ志を持つ人々を集めなければ、たった一人で、国の統括者を相手に動くのは困難であることくらい、アラジンにもよくわかっていた。

「アラジン、最近お前考え込んでばっかじゃないか。悩み事か?」

自分の肩を抱きながら、商人仲間が語り掛ける。
気付けばもう、商売を切り上げる時間になっていた。周りの仲間たちも、黙々と自分たちの商品を片付けている。皆、表情が何処か、曇っていた。
それもそうだろう。
考え事ばかりでぼうっとしていたのは事実だが、商人として、売上のことを考えていない訳ではない。今日の結果は、最悪だ。一つも売れていないなんて、今まであっただろうかと、少し頭を抱えてしまう。
そして、それは他の仲間たちもそうであった。

「今日は全然駄目だ。頭が痛いよ。」
「まさかこんな売れないなんてな…」
「おい、アラジン。今日は付き合えよ。この前はばっくれたんだからな。」
「厭な言い方をするな、わかっているって。」

商人たちは不服そうに、しかしそんな鬱憤を晴らすかのように、アラジンを酒屋に誘う。
そう何度も断っていては、アラジンにもそれなりに付き合いがあるし、悪い気もしたので、今回は乗ることにした。
そう。
国を考える為には、動かなければいけない。
けれど、動くために、考える時間は、いくらでもあるのだ。
哀しい位に、時間はたっぷりと、あるのだから。


Part12 開かれる過去:アラジンとシャマイム V


酒屋に入ると、その場所独特の、様々なものが混ざり合った香りがアラジンの鼻を刺激し、麻痺させて来る。
この臭いには、未だ慣れない。成人してから何年も経つし、それなりに場数も積んでいるというのに慣れないというのだから、これはもう、苦手の一言で片付けるしかないだろう。
酒と、煙草と、人の臭い。
全てが全て、別に一つ一つは嫌いという訳ではないのだが、混ざり合うと苦手になってしまうのだから、臭いにしても、何にしても、混ぜたら危険なものはごまんとあるということだ。
酒がなみなみと注がれた木のカップを皆でぶつけ合って乾杯する。
一口飲めば、酒特有の苦みが口の中に広がっていくが、それをごくごくと遠慮なく飲み干していく。

「今日は飲みっぷり良いなぁ、アラジン。」
「煩い、俺にだって飲みたい時位はあるさ。」

一気に酒が身体に周り、身体がじんわりと熱くなるのを感じながら、アラジンは仲間の冗談に答える。
少しぼんやりとした思考に陥る位が、今のアラジンには心地良かった。
国のことといい、商売のことといい、悩まなければならないことは山積みだ。特に、商売のことについては、本当に、頭を抱えてしまう。

「ま、アラジンの気持ちはわからなくもないけど、な。確かに此処最近、商売もあがったりだし、悩ましいよ。国がどういう形になろうとも、俺達は誇りを持って、今の仕事を続けようと思って此処までやって来たが、正直…商売をしても、物は売れない。虚しさばかりが、込み上げて来るな。」

仲間の一人が、ビールを一杯飲み干しながら、愚痴る。
そしてまたもう一人、全くだ、とその愚痴に同調した。

「もう少し前は、人間、食べて行かないと生きていけないから、食べ物は多少売れてはいたんだがなぁ…衣服だって、身体が大きくなったりするから、頻繁に買い換える奴がいたし。今では、食べるものにも服を着るのにも困らないから、買いに来る方が珍しいよ。」
「労働をしなくとも、定期的に国からの補助金が出る訳だしな。こうやって仕入れて、売れなくて、赤字になるよりも、正直、働かずに国から援助を受けて堕落した生活送っている方が、楽だよなぁ。」
「だが、誰かが商売を続けないと、いざという時に、必要としている人間の手に渡らないんじゃ…」
「この国は豊富な魔力がある。その魔力で、野菜も、果物も、麻も、綿も、全て、簡単に作ることが出来る。そこから布にすることだって、造作ない。魔術師に頼めばいくらでも作ってくれるだろうし、国に仕えている魔術師なら、ほぼ無償で提供してくれるしな。この酒屋だって、酒代も何もかもが安い。それは、材料費が殆どかかっていない、その証だよ。」

会話をすればするほど、訪れる、自分達という存在の無意味さ。
昔はよかったぁ、と、中年を過ぎた、初老の商売仲間が虚しく呟く。

「この国に来る前は、俺は東の国で畑を耕して暮らしていた。その時は魔術なんてものもなかったから、手作業で土を耕し、気候で作物の出来が左右されたよ。全く出来なくて大赤字になってしまうこともあったけど、それでも、良い作物が出来た時は、此処までやれた自分が、誇らしかった。」

それなのに。
そう言って、男は酒を煽る。

「災害が起きて、土も、空気も、水も死んで、なんとか生き残って、この国で、残りの人生精一杯もがこうと思っていた矢先に、この手で作物を作る心配はないと、一年かけてようやっと作ることの出来る野菜たちを、魔術なんてもので、殆ど一瞬で創り上げてしまう。今までの苦労が全否定されるような、虚しい感覚に陥ったよ。今の国に不満がない訳じゃない。不満がないことが、強いて言うのなら、不満なのかもしれない。もっと、汗水たらして、多少、汚れてしまう位が丁度良い、そんな生き方をしたいのさ。与えられるだけの人生なんて、楽かもしれないが、それ程、虚しいものはないよ思うよ。」

与えてもらうだけの、国の実情。
恵まれていると言えば聞こえは良いが、人として、生きる気力を、やり甲斐を、全てが全てを奪われているような、恐ろしい感覚に陥る、この実情。

「いつかは、誰も働かなくなって、誰もが、ただ、息を吸って、吐いて、生きるだけの、そんな、堕落しきった世界になってしまうんじゃないのか?」

アラジンが、ぽつりと呟く。
この会話の、所謂結論。
その発言に、仲間たちは顔を青くしながら俯いた。その意見に、少なからず同意してしまっているということなのだろう。
次々に仕事を辞めて行っている人間は、後を絶たない。
その後の彼等は、本当に、毎日毎日遊び狂っているだけだ。金にも然程困っていないのだから、余計だろう。
しかし中には、仕事を辞めてから、本当に何もせずにただただぼうっとして一日を過ごし続ける奴もいるという。
もしかしたら、皆、そのようになってしまうのではないか、という気配は、語らずとも皆持っていた。
そしてそれが、死ぬよりも恐ろしいことなのではないかと、思う者もいた。

「なぁ。みんな。こんな、国、おかしくないか?確かに恵まれている。でも、ずっと此処で、永遠に過ごし続けて、何になる?ただただ堕落していくだけの未来。これ以上、悪くなるということは勿論ない。飢えることも老いることもないし、苦労することはないんだから。でも、良くなることも、ないよな?人口は増えない。新たな命は生まれない。未来を担う子供たちは、ずっと子供のまま。壁の向こうだって、どうなっているのかわからない。延々とこの閉ざされた世界で、死んだように、生き続けるよりは、短い人生の中、再び、壁の向こうの世界を復活させるべく、動いた方が、よっぽど、充実した人生なんじゃないのかな…?」

アラジンが、問いかける。
しかし皆、同調しない。同調出来ない。暗い顔で、俯くばかり。
決して、アラジンの意見に反対している訳ではない。薄々、その方がいいのではないかという考えは、皆、持っている。
だが、リスクが大きい。
事態が好転するというのであればまだいいが、悪くなる可能性もある。
皆が飢え、疫病で苦しみ、更に人が死んでいく、そんな世界が訪れてしまう可能性だって、少なからずあるのだ。
そんな未来がやって来てしまったら、と思うと、皆、簡単には動こうと、口を揃えて言うことは出来ない。

「君たち、面白いこと話してるね。」

その時、アラジンたちに声がかけられた。
声のかけられた方向へと振り向くと、そこには一人の青年。色鮮やかで透き通った、かつて昼間に広がっていた青空のような色の髪。長く伸びたその髪は、後ろ三つ編みに結ばれている。
その髪と同じ色をした瞳も、まるで宝石のように綺麗で、女性のような、中性的な顔立ちをした青年が、目の前には立っていた。

「なぁ、私も、混ぜてもらうことは出来ないか?」

そう言って、青年は柔和に微笑む。
これが、アラジンと、シャマイムの出会いだった。

 


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