アルフライラ


Side白



子どもだけが、夫婦の形ではないということは、理解していた。
中には体質的に子を産むことが出来ない夫婦がいるということも、知っている。
そういう意味でこの国は平等だ。子を産むことが出来る人も、出来ない人も、この時が止まった世界では、平等に子を産むことが出来ないのだから。
もしもこの国の時が進んで、自分と彼女の間で子を産むことが出来ないのだとしても、それはそれで構わないと思っている。
それであれば、共に笑い、共に泣き、共に年をとって、人生という歴史を刻めばいいのだと思う。
それでも、この組織に入り、この国の時を進めたいと望むのは。

(僕との子を抱いた彼女を、見たいという気持ちは…捨てきれないから、かな。)

きっと彼女が産んだ子どもは可愛い。
愛にはありとあらゆる形があるし、子どもだけが、夫婦の愛の形ではないことはわかっている。
わかっているけれど、それでも自分と、愛する人との遺伝子を受け継いだ子孫を求めてしまうのは、人間の本能とも呼べるものではないのだろうか。
人間も、犬も猫も、どの動物も、等しく繁殖という形で子孫を残し、そして数を増やしていったのだから。

(それに、きっと。)

自分と彼女の子供が、この国を、世界を、歩んでいく。
そんな未来を見ることが出来たのならば、きっととても、幸せなことなのだと思うから。


Part5 子を望む夫婦:コハクとコクヨウ


子どもだけが全てではないよ、そう言って頭を撫でてくれたコハクの笑顔は、眩しかった。
眩しくて、暖かくて、優しくて、彼の優しさが愛おしくて、そして、苦しかった。
コハクとコクヨウが祝言を挙げたその日、ノワールは宮殿から姿を現し、高らかに声を発した。

「この国は、今日をもって理想郷へと変わる。国民は飢えることも、朽ちることも、また、それに怯えることもないだろう。この国は豊かさを永遠に保つ、理想郷と化すだろう。」

深い紫色の髪。アメジストのように輝く、髪よりも少し明るい、紫色の瞳。
彼の隣には、空色の髪をした者と、白色の髪をした者と、それぞれ従者と思われる二人が立っている。
アルフライラの二代目統括者、ノワールの姿を見たのは、彼が二代目として就任した時以来だった。
初代統括である父を早くに亡くした彼は、まだ十代という幼い年齢にしてこの小国の統括者に就任された。
当時は強張った、険しい表情で宮殿から顔を出していたが、今は違う。
当時よりも大人びた顔をした彼は、何かを決意するように、しかし希望を持って、何かを成そうとしていたのだ。
彼の宣言通り、今日が終わり、明日へと向かうその直前、この国は時を止めた。
空は青色に染まることなく、太陽は昇ることがなく、月は沈むことがなく、二つは空に中途半端に浮かんでいる。
こんな空は、何日も、何年も、続いたのだ。
最初は空の変化。次に気付いたのは、飢えを感じないことだった。
何を食べても、何を飲んでも、満腹にならないが、逆を言えば、何も食べず、何も飲まずでも、飢えを感じることはなかったのだ。
きっかけは些細なことだ。
いつも腹を空かせていたコハクが、お腹が空いたと言わなくなった、それがきっかけ。
最初は珍しいこともあるものだとコクヨウも思っていたが、そういう訳ではない。
飢えを感じることがなくなったから、理由はただそれだけだった。
そして、何年、何十年と、コクヨウもコハクも、年を取ることがなかった。
子が産めないと気付いたのは、時が止まってから、およそ十年経った頃。

「なぁ、コハク。もしかして、もしかすると、だよ。」

それに気付いた時、コハクの手を握るコクヨウの手は、小さく震えていた。
気付きたくないことに気付いてしまったからなのだろう。それでも言わずにはいられず、コクヨウは口を開く。

「この国は、何年も、太陽が昇っていない。そして私たちも、何年も年を取らない。…なぁ、この意味がわかるか?…もし、もしもだ。この国の時間が止まっているというのなら…この国は、人が老いて死ぬことはない。逆を言えば、成長することもないし、時が止まった国では、人口が増えることも、減ることも、ない。」

コクヨウがその時見せた涙は、結婚して以来、初めてのものだった。
否、そもそも、結婚する前も、彼女の涙は見たことがないだろう。

「と、いうことはさ…私と、お前は…どうあがいても、子を産むことは出来ない、ということだ……そうだろう……?」

彼女は、崩れ落ちるように項垂れて、涙を流した。
子どもだけが全てではない。そう言ってコハクはコクヨウの頭を優しく撫でたが、それは彼女の涙を更に溢れさせることしか、出来なかった。

「コクヨウ、大丈夫、大丈夫だから…」
「大丈夫って、何がだ…?!お前を愛して、お前と結婚して…お前との、子を産んで、この手に抱きたいと願って、もう何年経った…?この先何年も、何十年も、老いぬまま、子を抱けぬまま、過ごすことになるんだぞ…?!」
「…コクヨウ。子どもが産めないからって、僕は、君のことを嫌いにはならないよ?何十年経ったって、君のことを愛している。」
「それはわかっている。わかっている。私だって、お前のことを愛している。でも、それでも。」

コクヨウは、コハクの胸に顔を埋め、大粒の涙を流す。
涙を流しながらコハクの袖を握る彼女に手は小さく細く、弱々しかった。
震える彼女の身体を優しく腕に抱くと、彼女の嗚咽が腕の中から聞こえて来る。

「大丈夫。大丈夫だよ、コクヨウ。僕は、君を愛している。例え子が出来なくとも、それは変わりない。…ねぇコクヨウ。もし、この国の時間が止まらなくて、子どもを作ろうとして、何年も出来なかったとして。…君は僕を嫌いになるかい?」
「……なる訳が、ない。出来ない時は、出来ない時で…それでも、私は、お前を愛しているに決まっているだろうっ!」

コクヨウは顔を上げて、噛みつくようにこちらを睨む。
涙を浮かべたままのつり目がちな黒髪は、それでも真っ直ぐこちらを見つめていてくれていて、それがたまらなく嬉しくて、安心出来て、思わず微笑んでしまう。

「うん、それでいい。コクヨウはやっぱ、そうじゃなきゃ。」
「…どういう意味だよ。」
「ふふ、こっちの話。ねぇ、コクヨウ。僕は君を愛してる。…それじゃあ、駄目かな?何年も、何十年も、君とこうして、ずっと一緒に居ることが出来るのも、それはそれで、幸せじゃな、ないかな?」

コハクは優しく、コクヨウに問いかける。コクヨウは答えない。答えない代わりに、細い腕をコハクの背へ回し、抱きしめるという形で応えた。
これは、否定ではなく肯定だということだろう。

「…ずっと生きて行こう。コクヨウ。二人で。」

この国には、コハクやコクヨウと同じように、子を望めなくなった夫婦が何組も居た。
最初は嘆き、悲しんでいた多くの夫婦は、それだけが結婚の形ではないと、愛の形ではないと、二人で寄り添い生きて行こうと決める者が殆どだった。
多くの夫婦をそうさせたのは、この国に溢れる豊かさ。
その豊かさが目の前にある今、何年も生き続けるというのなら、多少引き換えとなってしまうものがあっても致し方ないと、そう思う者が多かったのだ。
当然二人もそう思ったし、そう思わなければ、前には進めないと思った。

「なぁ。この国が豊かで素晴らしいって…此処が理想郷だって、本当に、そう思えるか?」

二人がアラジンと出会い、シェメッシュに加わることになるのは、もう少し、先の話のことである。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -