空高編


第3章 神子と双子と襲撃



真っ暗で、何も見えない。
あれだけ痛かった胸が、痛みを感じなくなっていた。

(もしかしなくても、俺、死んだのか?)

でなければ、こんなにも痛みがないなんてことはありえない。
しかし、それはとても困ったことだ。
ようやく青烏に会えたのに。まだまだこれからだというのに。
やり残したことがあり過ぎる。これは本当に無念だ。無念で仕方ない。
ということは、自分の魂はその無念故に妖にでもなってしまうのだろうか?
否、それはいけない。あってはならない。早く戻らないと。目を覚まして、大丈夫だと彼等に伝えなければ。
しかし、どのように伝えればいいのだろう。
起き方もわからないというのに。

「…死んで、しまうのですか?」

その時、酷く聞き覚えのある声が聞こえた。


第53晶 VS空高羽切


「翼!翼!お、おい…嘘、だろ、なぁ、嘘だと言えよ…目を開けろよ!翼!翼ぁ!!」

青烏が、冷たくなった翼の身体を抱き上げて必死で声をかける。
脈はまだある。
息も微かにだが、ある。
死んでいる訳ではない。
けれど、胸からはどくどくと紅く綺麗な鮮血が噴出していて、このままでは出血多量で命を落としてしまうということは明らかだった。
この場に医療の心得がある者はいない。
直ぐに病院へ連れて行かなければ、彼の命はないだろう。

「待ちなさい。」

しかし、それを許さない男が、一人いた。
空高羽切。
空高一族の実権を握っている男。
翼と青烏の父である空高青飛の弟で、翼と青烏の叔父にあたる男。
空高青烏を抹消しようとし、翼と青烏を引き離した男。
翼と雷希を、引き離した男。
その男が、閉じている口をゆっくりと開いた。

「お前と翼が入れ替わっているということに気付いたのは、五年前。…荒雲雷希、お前を殺し損ねた時だ。」

それは、翼と雷希が、逃げ出そうと森の中を駆け抜けた時。
二人は荒雲一族に見つかって、そして翼と雷希は、二人して殺されかけたのだ。
翼はその後を覚えていない。
気付いたら部屋の布団で眠っていたから。
しかし、その後の出来事には続きがあった。
その場に居合わせていた雷希は知っている事実。そして、その場に居合わせた荒雲の者も知りえる事実。
その事実を、空高羽切も認知していたということだ。

「空高翼は、五年前のあの日、一度…神子としての力を解放している。」

故に、雷希は助かった。
雷希はそのことに、なんら疑問を抱いてはいなかった。
己の力を自覚すればその力を用いて何をするかわからない翼は、大使者や使者といった異能者のことは何一つ教えられていなかった。しかし、雷希は異能者の存在は把握していたし、自分はそういった者たちから翼を守るものだと思っていた。
そして、そんな大使者たちを束ねる神子である翼が、雷希を守る為に、無我夢中で無意識に力を発動させたとしても、それは不思議なことではない。
けれど、羽切にとって、それは本来在り得ないことだったのだ。

「先代の神の子は、私の兄である空高青飛だ。そして、彼は神の子としての魂もまた、受け継いでいた。…そして、神の子の力を受け継ぐのは、長子である青烏だ。」

羽切達の思惑通り、空高青烏が抹消されていたのであれば、翼は雷希が殺されかけた時、咄嗟に発動させるのは重力操作や空間操作…つまり、八番目の大使者としての能力だ。
けれど、翼が解放させたのは、神の子としての力。
万物の自然を、植物も空気も水も炎も、ありとあらゆるものを操る神としての力だった。

「それを知って、確信した。我々が翼として屋敷に軟禁していた少年は翼ではなく…翼と入れ替わった青烏なのだと。」

翼の血で濡れた刀を、青烏の喉元へと突きつける。
切っ先が喉へと食い込み、紅い線が首を伝う。
余計な動きを一つでもすれば、首と身体はきっと二つに分かれているだろうと想像出来て、青烏はごくりと生唾を飲む。

「だから作戦を変えることにした。お前を翼として祀り上げて、今いる翼と、お前をすり替えてから…最終的には両方を殺す。記憶を喪い、暗闇に閉じ込められ怯えているお前を懐柔するのは容易かったぞ。」

唇を噛みしめて、青烏は羽切を睨んだ。
悔しくて仕方なかった。
いくら記憶を奪われていたとはいえ、本来の敵である羽切のことを、自分たちを引き離した張本人である羽切のことを、自らの恩人と想い慕っていたなんて。
しかも、その時の彼を慕っていた気持ちと、過去の、『青烏』を消そうとした羽切に対する敵意とが彼の中でぐちゃぐちゃになってしまっていて、羽切への想いがわからなくなってしまっている。
そしてその間にも翼の体温は徐々に冷たくなってしまっていた。
さっきまで、あんなに暖かかった身体が、とても、冷たい。

「翼は結局、記憶を喪ったところで変わらなかった…そいつは最早殺してしまっても致し方ない…青烏、お前さえ生きていればなんとでもなる。」

羽切がそう語った、その刹那、白と赤の色がある刀に、更に緑の色が加わった。
その色は羅繻が伸ばした植物の蔓。その色。
刀を青烏から引き離すと、羅繻と無焚と死燐と雷希が、前後左右から飛びかかる。
青烏と翼は、アエルと無色によって羽切から少し離れたところへと引きずられた。
せめて一定の距離が保てれば、あわよくば、彼を拘束することが出来れば、と。
しかし、せめては叶うことが出来ても、あわよくばは通用しなかった。
ブチブチと蔓を刃で切り裂き、羽切と一緒に身体を回転させる。
身体と一緒に回った刃は、四人の身体を一気に切り裂き、辺りに血の花をぶわりと咲かせた。
どさりと音を立てて、四人の身体はあっさりと地面に横たわる。
傷が深いのか、四人からは呻き声は聞こえるものの、すぐに起き上がる気配が、ない。
羽切はすぐに翼たちへと視線を移すと、ゆらりゆらりとこちらへ近寄って来る。
そんな彼に、銃を突きつけたのは、無色だった。

「無色さん!」
「貴方たちは、下がりなさい。…翼さんを早く病院へ。」
「いいのか?」

羽切のその一言に、ぴくりと、無色は眉を動かす。

「お前たち特殊部隊が不自由なく動けるのは、私のおかげでもあるんだぞ。そんな私に歯向かっても、いいと思っているのか?」
「そうですね。いいとは思っていません。けれど、我々は所詮捨て駒。ただの使い捨てとしか思われていないことは重々自覚していましたし、…正直ね、時期を見計らって政府の人間を皆殺しにしようと思っていたところだったんですよ、貴方を含めて。」

今度は、羽切が眉を動かす番だった。

「それに何より、貴方のやり方は気に入らない。胸糞悪くなるんですよね。」
「そうか、ならば、さっさと死ね。」

紅い刃が振り下ろされる。
その刃があまりにもスローモーションのように見えて、ゆっくりと降りる刃は、無色の身体へと食い込んだ。
その時、バチリと音を立てて、紅い刃は弾けて飛び、地面へと転がった。
刃は黒く焦げて、ぐにゃりと歪み、まるで人為的に何かされたのではと思えるものだった。
その様子に驚いたのは、羽切と、無色。
そう、無色は身体を硬質化して、刀の攻撃を防ごうとしていた。
けれどその前に、刀は形を変えて、吹き飛んだのだ。
では、誰がそれをやったのか。
犯人は思いのほか、直ぐに見つかった。

「……つ、ばさ……?」

翼の身体が、光り輝き、その光の形は、まるで背中に生える羽根のようになっていた。

 


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