短め | ナノ


▼ 本当にあったやべー話

「今までで一番印象的だった亡者のことって覚えてる?」

白いふわふわとした犬、見た目の通りの名前のシロはそう鬼灯に問いかけた。
ルリオも柿助も興味深そうにこちらを伺っている。

現在休憩中。
庭で金魚草へ水をやっている中、桃太郎のお供一行がこうして第一補佐官の元へ足を運んでくるのはいつもの事。
あぁ、今日も金魚草が不気味だなんて考えながら廊下を通る獄卒たちを尻目に鬼灯はふむと腕を組み、少し考え口を開いた。

「印象的な亡者というか、厄介な亡者ならたくさんいますがね」
「うん。それは俺達も思いつく」
「この間も柿助を見て『初五郎!』って叫ぶ亡者を見たな」
「誰だよ初五郎」

誰と間違えたんだよと文句を言う不喜処の獄卒をまあまあと宥め、しかし印象的となるとぱっと思い浮かばないものだと再び思案する。

「やっぱいないかぁ」
「そもそもどうしてそんなことを聞くのです」
「地獄には印象的な人がたくさんいるのに、亡者になると途端にみんな同じに見える」

これ、不思議じゃない!?と飛び跳ねるシロに地獄の鬼はほぼモブ扱いですけどねと返す辺り、この鬼やはり真性である。
うっかり聞いてしまった獄卒がしくしくと書類を抱え足早に去っていくが、これしきのことでと眉をひそめるのみである。

「まあ、そもそも人間と鬼ではいろいろと違うでしょう」
「でも閻魔様も元人間でしょ?」
「閻魔大王には一番最初の亡者というステータスがあります」

そのへんの亡者扱いされては困るでしょう、などと普段上司とも思わぬ扱いをしている鬼に言われても説得力は皆無だ。

何にせよここは地獄。
亡者が認識されるためには余程のポテンシャルや特別性がないと難しい。
ならばさすがの鬼灯も特に覚えはないかと少々落胆し、まあでもいいか!とやはり楽観的なシロは鬼灯様鬼灯様!と庭を駆け回る。

おぎゃあと小さく鳴く金魚草に一瞬ぎょっとしつつも鬼灯へとじゃれつくのはもはや才能とまで言えるのではないか。

そろそろ仕事を再開、とばかりに庭から上がれば3匹も後ろをついてくる。

「鬼灯様、またお仕事?」
「はい、とはいえ書類を捌くだけですが」

これがなんだかんだ1番辛い、と肩をごきりと鳴らしながら閻魔殿を歩く。
ふと視線を外した鬼灯は、「あ」と一言声を漏らした。

「いました、印象的な亡者」
「え!」
「いるの!?」
「どんな人?」

どんな?どんなと言われると…。
気付けば鬼灯の執務室。
椅子に座りながら書類をめくり、興味に目を爛々と輝かせるシロをみて、第一補佐官は今日も徹夜かと仕事を諦めた。

「まあ、ごくごく普通でなんの特色もなくこれと言って秀でた点もなく…」
「えぇ…」
「ド平均を地で行くタイプだな…」

つらつらと特徴を述べる鬼灯にやや拍子抜けした顔で落胆するが、じゃあなんで?と首を傾げるのはシロだ。

「全然印象に残らなさそう!」
「えぇ、そうなんですけどね」

その方、中身が大変興味深かったんですよ。

そう頬杖をつく鬼灯に、何を想像したのか3匹はあわあわと震え出した。

中身?中身ってどこ?臓物?
え?開いた?というか捌いたの?
臓物が興味深いって何!?

「こら、何を想像したんですか」

違いますよ、性格という意味の中身です。そう鬼灯が説明すればあからさまに安心するのを見て、自分をなんだと思っているのかと鋭い視線を向ける。

「鬼灯様が興味を持つってことは、余程『ただでは転ばない』ような性格か」
「もしくは何度折っても元通りになるタイプかな!」
「それはどちらかと言うと愛想が尽きます」

折っても折っても立ち直るとかこっちのダメージの方がでかい、と何か嫌なものを思い出したかのような表情をする鬼灯に、…白澤様、全然めげないもんな…と3匹も白衣姿を思い出す。

「まぁ、俗っぽく言うと『死ぬ程嫉妬深い』方でした」
「嫉妬かぁ…まあ良くあるよな」

嫉妬深い人が落ちる地獄ってあったっけ?とシロが問いかけるが、鬼灯は首を振り答える。

「嫉妬深い亡者は基本餓鬼道へ行くのです。ただその方…」

どんなに嫉妬をしてもそれを態度にはあまり出さず、基本的には自分の中で消化をしようとし、嫉妬をしている自分に対して罪悪感や後ろめたさを感じるタイプの人でした。

筆で何かを書きながらそう言い放つ鬼灯に、ルリオははて、と疑問を持つ。

「地獄に落ちるような要素はないように思えるけどな」
「おっしゃる通り。むしろ相当理性的な人物でしたよ」

筆を置いて書類を退け、ただ可もなく不可もなくすぎて悪行を打ち消す善行も微妙…と呟く鬼灯は顔を上げる。

「さらに中身がそういう方だと分かってしまったので、餓鬼道にも天国にも放り込めず…」
「すぐに転生させられなかったの?」
「その案もあったのですか、十王の中で意見が割れたんです」

結果、とりあえず何かしらの呵責を受けさせることになりましたよ。と言いながらやっと書類に本格的に手をつける。
そっかぁ、世知辛いんだね…と尻尾を下げるシロはそろそろ暇をしようとする柿助やルリオの後を追いながら「あ!」と振り返る。

「鬼灯様!結局その人はどの地獄に落ちたの?」
「あぁ、落とせる地獄も微妙でしたのでとりあえず…」

がちゃりと執務室の扉が開く。
ルリオも柿助も振り返り、あぁ、掃除の人かと道を譲れば。

「孤地獄に落として現在は閻魔殿の『お掃除課』として働いていただいています」

指差した先にいる掃除の人、もとい女性、否亡者。
閻魔殿によく来る3匹にとっては見慣れた人物。
まさか、まさかこの人が。

「名前さん亡者だったの!?!??」
「え、そこから?」

というかなんの話?と入口で立ち往生する女を見て、印象的というかもはや日常に溶け込んでいて亡者だというのを忘れていたと鬼灯は言う。

「あ、暇なら書類整理してください」
「暇だったらここに来ません」

重要なものは任せられませんがどうでもいいものは腐るほどあるので…と話を聞かずに紙を束ねる鬼灯を無視してごみ箱を回収する名前に、柿助が呆然と呟く。

「名前さん俺達が不喜処に入る前からいたよな…」
「そうだよー。とっとと等活地獄に落としてくれればいいものを…」

刑期が定まってないせいでいつまでここで働くのかもわからないとぼやく名前に鬼灯が顔を上げる。

「…確かに決めてないな」
「そういう所ほんと地獄って大雑把だなって思います」

絶対亡者を転生させる気ないよね、と言いながらごみ箱を逆さにして中身を移し替える。

「地獄の刑期って長いもんね」
「地獄の1日が現世で言う500年とかって聞いたことあるな」
「いやさすがにそれは…」

わちゃわちゃと戯れる動物を他所に手際よく不要なものを捨てていく名前を見ながら、鬼灯はのたまう。

「いいじゃないですか、永久就職。夢だという女性も多いでしょう」
「永遠に掃除してろってか」
「それでも構いませんが。さっさと大人しく籍入れろ」
「耳が遠くなりました何も聞こえません」

あーあーあーと言われたことをかき消すように耳を抑えながら気の緩むテンションで失礼しましたーと出ていく名前に、ため息をつく第一補佐官と口が塞がらない動物獄卒が3匹。

「え?」
「彼女、全然靡かなくていいんですよねぇ」

涼しい顔で書類を捌き続ける鬼灯と、耳をつんざくような絶叫を上げる犬猿雉。
第一補佐官の執務室から騒動が起こるのはよくあることで、閻魔殿の獄卒はあぁ、またかと気にしない。

まさか鬼の中の鬼と言われる鬼神、地獄のナンバー2がこれと言った特色が無いために地獄に落ちた亡者に懸想をしているだなんて。

国家機密レベルのやべーことを知ってしまったかもしれないと考える3匹は、そっと執務室を後にした。



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