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召喚されたのは一番最初の頃。
初連続召喚だ!とマスターが騒いでいたのを思い出す。
結局その時は僕以外にも結構サーヴァントが召喚されて、レアリティの高いアーチャーも後から召喚されたからそちらが優先的にレベルを上げることになったのが割とつい最近の話。
そして、僕を含めてマスターがいない所でサーヴァントが集められたのはこの間。
何事かと思えば、マスターが最初の特異点で見つけた生存者についてだった。
「立香ちゃんが助けたとはいえ、我々はまだ彼女を信用出来ない」
ダ・ヴィンチ女史…女史?
まあいいや。
彼女は表情を固くして、僕らサーヴァントへあるミッションを下した。
マスターも、マシュちゃんも知らないこと。
名前という一般人の監視だ。
そもそもカルデアが現在こんな状態であるのは、レフ・ライノールという魔術王の内通者がいたからだ。
彼のおかげでカルデアのトップは死んでしまい、魂だけでさまよっているらしい。
会ったことは無いけれど、まあ可哀想なことだとは思う。
おまけにマスター候補だった何十人もの若者は現在冷凍保存されているときた。
その中で生き残ったのが僕らのマスターとデミ・サーヴァントとなったマシュちゃんの二人。
そして爆発に巻き込まれなかったスタッフ20人程度。
その中に交じる異物が、マスターが見つけた名前という女性だ。
この人間が、どうして敵ではないと言いきれる?
ダ・ヴィンチさんはそう言って、マスターやカルデアを守るためにも彼女を監視する必要があると僕らに論じた。
確かに、その通りだと思う。
人理焼却を免れて唯一生き残るだなんて、いかにも怪しいじゃないか。
魔術王がそんなに半端なことをするもんか。
そう頷くサーヴァントと、にやにやと見守るサーヴァントと、でも…と気の進まなさそうなサーヴァント。
サーヴァントもいろいろだな。
僕はどちらでもいいんだけれど。
でも、マスターに危害を加えられちゃ困る。
「今のところ、名前は特に怪しい素振りは見せていない。とはいえ、素振りを見せていないからと言って警戒をゆるめるつもりは無い」
素振りを見せなかったのはレフ・ライノールだって同じだからね。ドクターロマンはそう言って僕らを見渡す。
「気が進まないサーヴァントもいるだろうし、強制的にとは言わない。でも、マスターである立香ちゃんがもし危害を加えられるような事が起きてしまわないとも限らない」
そうなってからじゃ遅いんだ。協力してくれないか。
そういうドクターの言葉に、集まったサーヴァントは一様に頷いた。
とはいえ、何も知らない相手を疑って掛かるのは気分のいいものじゃない。
相手は一般人。
こちらはサーヴァント。
別に常にそばにいなくたって動向を伺う方法はいくらでもある。
なんてったってキャスタークラスのサーヴァントがこちらには居るのだしね。単独行動のスキルがあるとは言え、僕にお鉢が回ってくることもないだろう。
「よおアーチャー。ビリーだっけか?」
ふらっと歩いていれば、声をかけてくるのは大体気のいい奴らだ。
確か彼はランサーだったか。
「やぁ、クーフーリンだったっけ?君達同じ名前で何人もいるから困るよね」
まぁな、適当に呼んでくれ!と手を振り通り過ぎていくクーフーリンを後ろ手に見送りながら足を進める先は喫煙所。
その見た目で、と引いた顔をしたキャスタークラスの擬似サーヴァントもいた。
まぁ確かにこの見た目じゃ割とびっくりさせるかもしれない。生前最後の記憶からしたら割と若い姿だしね。
ひとりで考えながらかつかつと歩いても喫煙所への道には誰もいない。
スタッフは殆どが管制室だし、そうでなくても煙草を吸っている余裕も時間もないのだろう。
ただでさえ人が少ないのだ。
今はサーヴァントですらスタッフの手伝いをしている。
喫煙所はまだ先だが、忍ばせていたシガレットケースを取り出し弄ぶ。
なぜ煙草を吸うかと言われれば、息抜きとも暇つぶしとも答えられる。
そも喫煙者になぜ煙草を吸うのかと問いかけるもんじゃない。なぜ呼吸をするのかと聞くようなものだ。
強いて、強いて言うのなら「疲れるから」とでも答えようか。
別に誰かと一緒にいたりするのが嫌いなわけじゃない。
楽しいのは好きだ。
でも、疲れる。
そうすると、ひとりで煙をふかしたくなる。そんな単純で大したことの無い理由だ。
別に普通だろう?
別に不純な動機ではないのだし特に釈明する必要も無いのだが、なぜだかマスターやマシュちゃんの前で自分が喫煙をするというのを話すのは気が引けてしまって、こうして隠れるように煙草を吸いに行くのだ。
分からんでもない、と言ってくれたのはどの喫煙サーヴァントだったか。
目当ての場所まで到着し、いつも通り静かにドアを開ける。
換気のためのファンが静かな中にもノイズとして回り、照明を落とし気味の空間がほっと落ち着かせてくれる。
火種をそっと煙草に押し付けて咥えたそれを吸えば一気に煙がまわる。
ほぅと吐き出して壁にもたれて。
そうしてやっと、僕は喫煙所の隅に毛布にくるまった何かがうずくまっているのをみつけた。
一瞬思考が停止して、次に警戒をして。
まあカルデア内だからもともと施設内にいない限りないと思うが果たして不審者か。
手にした煙草を咥えて、すぐに愛銃を抜けるようにと手を自由にして。
右手で毛布を軽く持ち上げれば、真っ黒な服装の女が猫のように丸くなっていて頭を抱える。
あぁ、そうだよね。
不審者いたんだった。
寝息も立てず死んでるんじゃないかと思うような寝方をする女を見下ろし、ため息ついでに煙を吐き出す。
君のせいで面倒なミッションを下されているというのに、呑気なもんだ。
起きられても困ると思いそっと側を離れる。
監視をしろとは言われたが、寝ているところを起こす必要も無いだろう。
そうして1本を吸い終えた僕は、2本目を吸わずして喫煙所を後にした。
これきりだろうと思ったんだ。
だから我慢して煙草1本で切り上げたのに。
「君、いい加減自分の部屋で寝たらいいじゃないか」
不審者は僕が煙草を吸いに行く度にそこにいて、4回目のエンカウントで早々に互いを認知することとなった。
多分もとから昼寝をしにここに来ているわけじゃないんだろう。傍らに積み上げられた本を見れば想像に固くない。
4回続けて読書中に寝てしまったところに僕が煙草を吸いに来て、とうとう読書中に僕が来ただけ。
喫煙所のドアを開けて互いに猫みたいに固まった空間に何とか彼女が絞り出した一言が「…お邪魔しています」だったのが記憶に新しい。
それからずるずると謎の交流が続いている。
「いや別にここに寝に来ているわけじゃ…結果寝てるけど」
「本も自分の部屋で読めばいいだろう?」
「うーんそうなんだけど…」
煮え切らない。
答えを濁して最後、彼女は黙ってページを捲る。
僕は監視役で彼女は監視対象なのに、こんなひとりで何かを企てられそうな空間に放置しておいていいのかと考えなかった訳でもない。
早めに誰かに共有して、この場所で彼女を監視しているのが僕だけじゃない状況を作る方が利口だというのはわかっていた。
けれども、なぜこんな所にいるのかと聞いた時彼女が答えた言葉にうっかり共感してしまった。
「なんというか、疲れる?から」
厳密に言うと『疲れる』とは微妙に違うらしいのだが、そんなのは些細なことだ。
喫煙はしないものの、疲れない場所を探し歩いていた先にここを見つけたらしい。
邪魔なら他を当たると言った彼女に首を振って引き止めたのは僕の方だ。
「自分が無力で役に立たないってことを思い知りたくないんだよね」
「は?」
何?と思っておざなりな返事をしてから、さっき返事を濁した話題の続きだと気付いた。
さっきの話、と彼女が言うのを煙を細く長く吐き出しながら見つめる。
「誰かがいたりする所にいると、私に出来ることがないっていうのを痛感するというか」
「出来ることがないって、それは」
「仕方がない?」
僕の言葉を引き取って続けた彼女は、片眉をあげてわかってるよと肩をすくめる。
「だから駆けずり回って仕事探してるんだしね」
「実際それは役に立ってるんじゃないのかい?」
さぁ?としらを切る辺り多少は役に立っていると自覚しているのだろう。
でも、それで納得がいかないからここにいる。
欲張りだなと言えば人間らしいでしょと笑う。
「うまく言えないけど、人がたくさんいるところは疲れちゃうんだよね。この人達は今必死に世界を救おうとしているのに、私に出来ることは炊事に洗濯だけでそれが終わったら暇を潰すしかない」
よっぽど心臓強くないと、必死に戦っている人の隣でぐーたらするのは難しくない?となんてことの無い顔をしてページを捲る彼女が思ったよりも普通の人間で。
今度は僕の方が笑ってしまった。
「人がたくさんいるところが疲れるというか、君の場合『仕事を探すこと』に疲れているんじゃないの?」
「あー…あーなるほどなぁ」
もしくは、人がいるところで役に立とうとしている努力を見られるのが嫌、とか?
そう言えば、普段よりも大きな声で「あー!なるほど!なんか近いかもしれない!」とこちらを指差すのにまた笑ってしまう。
「劣等感の塊なのかも」
「そう?僕にはただのシャイな女の子にしか見えないけど」
女の子なんて歳じゃないけどと微妙な顔をする彼女を余所に、短くなりすぎた煙草を灰皿に押し付ける。
気付けば3本も吸ってしまった。
「僕はもう行くけど、君は?」
「これ、」
読み終わったら行くよと残り少なくなったページをひらひら見せる彼女に頷き、「あ」という声に振り返った。
「何?」
「ビリー・ザ・キッド」
だよね?と首を傾げる彼女に、返事もできなくて佇むしかない。
僕は彼女の名前を知っているけれど、彼女も僕の名前を知っているとは思わなかった。
「有名人だからね、私でも知ってるくらいには」
「…僕は結構新しいサーヴァントだからね」
「サーヴァントにも新しいとかいう概念があるんだ」
面白いね、と言った彼女は「ごめん、それだけ。名前呼んだことないなと思って」と手を振り本に意識を戻したらしい。
名前を呼ばれた程度で特に動揺するなんてことは無い。
ただ、本当に「呼んだことがないから」なんてだけの理由なのかと勘繰っている。
実はなにか企てている?
それとも僕を警戒している?
どちらにせよ、彼女のただ一言で僕は彼女を監視しているのだったと思い出してしまった。
僕自身のアウトローとしての一面を一瞬で引き出してきた彼女はもしかしたら本当の本当にちょっとやばい人物なのかもしれない。
もうちょっと、ちゃんと観察してみようかな。
これまでは成り行きというか、見ているだけだったけれど。
そう思いながら愛銃をひとなでして。
本に集中している彼女に背を向けて、一言呟いて外に出た。
「次もここにいてくれよ、名前」
彼女がそれを聞き取れたかどうかは、次に喫煙所で会った時に聞けばいい。
ちゃんと居ろよと思いながら、シガレットケースをしまい込んだ。
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