君を巡るフィクション | ナノ


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先日名前さんに悩みを打ち明けてから、先輩は猛烈にレイシフトを繰り返すようになった。

理由を聞いたら、「早く育成すればその分ほかの子も育てられる!」とのことだ。
先輩のパワフルさには頭が上がらない。

ちなみに、名前さんのカレーはとても美味しかった。
ポテトは入っていない代わりに、フライドポテトがちょこんと乗っけられていたのには笑ってしまったけれど。
先輩と「新感覚!」なんて言いながら食べた。
食事をしながらあんなに笑ったのは初めてじゃないだろうか。

そんな先輩が、今目の前で項垂れている。

「ぜんぜん身体と時間が足りない…」

つまり、こういう事だ。

先輩はレイシフトをしてサーヴァントの皆さんの素材集めを行いながら、魔術に関する勉強をキャスターのサーヴァントに教えてもらい、サーヴァントに関する勉強を私とともに図書館で行い、さらに体を鍛えるためにサーヴァントに稽古をつけてもらっている。

ということは、おはようからおやすみまでみっちりスケジュールが詰まっているということで。

レイシフトをしてから戻ってきてまたレイシフトをして…なんて繰り返せば、身体の調子も悪くなってしまう。
ドクターから少し休憩するようにと言われれば、図書館で本を開きサーヴァントについて少しでも知ろうとする。
本を読んで身体が固くなってしまったら、少し身体を動かすためにサーヴァントを伴ってトレーニングルームに赴き訓練をして…。

もうここまででおわかりだと思います。

先輩、頑張りすぎです!

「いくらなんでも無茶ですよ!」
「でも種火も足りないし骨も集めないと…」

そう言いながらもそもそとパンを食べる先輩はいつも以上に覇気がない。
知らないうちにダ・ヴィンチちゃんとドクターにたしなめられてしまったらしく、しょんぼりと肩を落としていた。

でも、正直私もドクターとダ・ヴィンチちゃんの言う通りだと思う。
サーヴァントの皆さんだって、先輩が体調を崩して欲しいとは思っていませんよと伝えると、ぐっと押し黙る。この言葉は結構効いたみたいだ。

「そうそう、ゲームじゃないんだからAP回復アイテムなんてないんだよ?」
「名前さん〜…」

よっこいせ、と名前さんが大きなかごを先輩の隣に乗っけた。
スタッフや先輩の洗濯物らしい。
自分は立ったまま洗濯物をたたみ始めた名前さんは、視線は手元のまま続けて言った。

「清姫さんだっけ?『ますたぁが身を粉にしてまで尽くしている相手が私ではないだなんて…!』って絶句してたよ」
「それはまた清姫さんらしいですね…」

一体何をそんなに生き急いでるの?と名前さんが言うので、先輩が説明すると若干呆れた表情で名前さんは手を止めた。

「あほか」
「そう言わないでくださいよー!」

真剣に悩んでるんです!とパンを握りしめて叫ぶ先輩をどうどうと落ち着かせる。
あぁ、パンが潰れてしまった。

「ちゃんとみんなを育てて、力を貸してほしいんです」

来てくれたのだから、共に戦えるようにしてあげなくちゃ…と呟く先輩を眩しいものを見るように目を細めて名前さんは提案する。

「じゃあ、サーヴァントだけでなにかしてもらうのは?」
「どういうことです?」
「例えば、骨集め?はサーヴァントだけで行ってもらうとか」

どう?という名前さんに先輩は首を振る。

「私の訓練にならないですし、サーヴァントだけっていうのはちょっと心配です」
「サーヴァントだけのレイシフトってなにか問題があるの?」
「分からないけれど…でも問題があってもなくても、知らないところで知らないうちに何かあったらいや…」

です、と続くであろう言葉を途中で打ち切って、先輩はぽかんと名前さんを見た。
私も名前さんも首を傾げる。

先輩、急にどうなさったんでしょうか?

「名前さん」

改まった様子で先輩は背筋を伸ばし、名前さんはそれを受けて同じように姿勢を正した。
なんだこれは。
食堂の一角だけ何故か緊迫している。

「私が手伝って欲しいと言ったら、名前さんはどこまで助けてくれるのでしょうか」

真剣な表情の先輩に、名前さんはいつもと変わらない表情で答える。

「私が出来る限りのことはしたいと思ってるよ」

そう名前さんが言った途端、先輩は勢いよく立ち上がって走り出した。

「名前さんならそう言ってくれるとおもってたー!!」

そう叫ぶ声が遠ざかっていく。
食堂で談話していたサーヴァント達も驚きながら彼女が消えた入口を見つめている中、名前さんだけは何事も無かったかのように洗濯物をたたみ始めていた。



名前さんのたたんだ洗濯物を各スタッフの部屋に届けるのを手伝い、最後に管制室に仮眠用の毛布やブランケットを一緒に持っていけば、先輩がドクターに何かを訴えていた。

ドクターも困り果てた顔をしていて、隣にいるダ・ヴィンチちゃんはなんだか少し難しい顔をしている。

「先輩、管制室にいたんですね」
「マシュ!」

先輩が私と名前さんを見つけるなり表情を明るくする。我が理を得たりと言わんばかりだ。

「名前さん!助けてください!」
「はい?」
「種火集めを手伝ってほしいんです!」

名前さんの両手をとって握りしめる先輩は、名案を思いついたというきらきらした目をしている反面、とても必死そうだ。

たしかに、名前さんはレイシフト適正を僅かながらも有している。
種火を集めるためのレイシフト先はもう何度も訪れていて、レイシフト適正が低かったとしても管制室スタッフの力添えがあればそう難しいものでもない。

サーヴァントだけで出撃させるのが不安な先輩にとって、名前さんという信頼出来る人が共にいてくれれば大丈夫、という気持ちがあるようだ。

「いやいや、私サーヴァントを連れての戦闘とかよくわかんないし」
「私もわからなかったです!」
「レイシフトってめっちゃお金がかかるんでしょ?」
「それ以前に早くしないと世界が滅んじゃいます!」

先輩、実はもう滅んでいます。なんて口を挟める状態ではない。
しかしドクターとダ・ヴィンチちゃんは戸惑いながらも勇敢に口を挟んだ。

「立香ちゃん、その、名前さんはマスターでは無いし、あまり無理を言っちゃあ…」
「うんうん。適正もゴキブリ以下かつゴミレベルだよ?君にとっては負担が軽くなるかもしれないが、種火をちゃんと集められるかの保証もないんだ」
「おいそれを言うのやめろ」

イラッとした表情で名前さんが持っていたブランケットを握りしめる。あぁ!皺になっちゃいます!
そっと名前さんの手元からブランケットを取り上げて様子を見守るスタッフに手渡すと、「ありがとう、マシュ」と微笑まれてなんだか照れくさい。

「実際のところ、私に出来ることなら手伝いたいしレイシフトもやぶさかではないけれど、」

名前さんが先輩を椅子に座らせてブランケットと水筒を渡す。
あれ!いつの間にそんなものを!

「かごの中にも入ってるから、マシュちゃん配ってもらっていい?」

中身はココアだよ、と言ってくれたので小さめのボトルをひとつずつスタッフに渡す。

「おいし…」

先輩は既に飲んでいた。
白い湯気がふんわりと漂い、管制室にココアの甘い匂いが広がる。
清姫さんにお願いしておいたの、と名前さんが言ってかごを持ち、再び先輩に向き合った。

「私だけで出来ることならいざ知らず、スタッフさんやミスターロマニや、他の誰かの力がなければ出来ないことは私ひとりで『うん』とは言えないよ」

決まったことなら全力で協力するけどね、そう言って名前さんは管制室を出ていった。

プシュン、とドアが閉まったあとで、先輩の怒涛のおねだりが始まったのは言うまでもない。

ドクターとダ・ヴィンチちゃんが音をあげて「わかった!やる!やるよ!」と叫び出すまで、あと2時間。



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