▼ 果報は寝て待て
小ネタを読んでからの方が意味がわかります
銀時と違って、私にはここの知り合いがあまり多くない。
仕事のお客さんなら少なくもないが、それはお客さんであって知り合いかと言われればちょっと悩みどころだ。
もちろん御贔屓にしてくれているお客もいるから、もしかしたらそちらは知り合いになるのだろうか。
親戚はいないし、お世話になった方はもう星になってしまったかここではない遠くにいる。
田舎で元気にしているとたまに便りが来る知り合いもいるが、それだって片手で足りてしまうほどだ。
そう考えると、銀時の顔の広さは本当にすごいと思う。
「でも、指名手配犯とも友達だとは知らなかった」
「友達っつーか、腐れ縁な」
「最近再会したの?」
「おー。テロリストになってやがった」
「テロリスト……」
個性的、というか独創的な友人を持つ銀時に、思わず閉口してしまう。
思えば、私がかぶき町で知り合いと呼べるのなんて銀時とお登勢さん。それから最近は新八くんと神楽ちゃんくらいなものだろうか。
行きつけの店というのもないし、根無し草よりも後を濁さない生活をしているように思う。
別にそう心がけている訳では無いけれど。というか、このくらいなら普通なんじゃなかろうか。
たとえ毎日同じコンビニに通ったとして、店員と顔見知りになることはあるかもしれないが知り合いになることなんてほとんどありえない。
「この間の、あれ、なんだっけ?どっかの大使館の爆発あんだろ」
「テレビで見たかも。それもお友達の仕業?」
「そうっちゃそうだけどな。半分は俺ら」
「えっ」
「下のババアの店に飛脚がバイクで突っ込んでよー、荷物届けてくれっつーから届けたら爆弾だったの」
「えっ」
「大使館の連中が俺らのことテロリスト扱いしてとっ捕まえようとしたところに本物のテロリストが来て池田屋で爆弾処理してた」
「えっ」
「何お前さっきから。『えっ』しか言ってないけど」
「そりゃ『えっ』ってなるよ。何そのミラクル」
「こんなミラクルあって堪るかァっ!そのせいで真選組にバズーカぶっ放されるわ、警察には取り調べを受けるわで散々だっつーの」
悪態をつきながら、何でもないような顔をして隣に座ってプリンを手に持つ銀時をこういう時は少し尊敬する。
久しぶりに足を踏み入れた万事屋は相変わらずのようで、今日は午前中に近所から頼まれごとをした程度らしい。
この間は、結局その後私に予定が入っていたせいで最近つるんでいるという人々について聞きそびれてしまったので、こうして改めて聞きに来た次第である。
手土産はプリン。最近出来た洋菓子店のもので、結構人気があるそう。
定番のカラメルが沈んだものの上にはホイップクリームとキラキラした砂糖菓子がちんまりと添えられ、せっかくだからと思って買ったミルクプリンは雪のような表面を真っ赤な苺が彩っていた。
うん、美味しそう。
銀時が手に取った定番プリンと同じものを私も持ち、スプーンでひとくち分掬い口に運ぶ。
銀時が誰とつるむかは銀時の自由だから、わざわざ掘り返して聞くようなことでもないとは思った。
けれども自分がスッキリしないのもなんだか癪に障るし。
仕事も一段落した上かぶき町まで来ていたので、というのが一応の言い訳である。
1番の目的は、あの決闘は何だったのかということだ。
よくよく思い返してみれば、先日のようなことになる前に一言銀時に尋ねていればよかった。
我ながら、面倒くさい嫉妬の仕方をしたと反省する。
とろけるプリンに舌づつみを打ちつつ、話の続きを促した。
「で、結局あの決闘はなんだったの?テロリスト関連?」
「全然関係ねぇよ…いや、あんのか?」
「?」
「あー、なんつーか…」
煮え切らない銀時の話をよく聞けば、あの決闘で取り合われた女性は新八くんのお姉さんだという。
おまけに取り合った相手はお姉さんが働く店のお客で、真選組の局長さんらしい。
ストーカー紛いの行為に業を煮やしたお姉さんが、新八くんを介して万事屋に依頼をしたのが発端だそうで。
一体どういう偶然が重なったらそうなるのか。
ついでとばかりに先日の怪我について聞いてみれば、切りあった相手はこちらも真選組。
しつこく真剣勝負をふっかけてきたと銀時は言うが、よく肩に傷を負う程度で済んだものだ。
池田屋でも遭遇していたというから、もう運命なんじゃなかろうか。
「真剣勝負、よく相手も諦めてくれたね」
「刀折ったからな。勝負も何もあったもんじゃねーだろ」
「なるほど。通りで」
銀時に会う前に歩いていた時の簪が折れたような小気味のいい音は、もしかしたらその時折れた刀の最後の声だったのかもしれない。
その他にも、私が知らない話を銀時は教えてくれる。
新八くんのお姉さんが働いているのはキャバクラで、そもそも初めにあったのは新八くんが万事屋の従業員になる前だとか。
まさか空飛ぶ遊郭にパトカーで突っ込んだ件がその時だとは夢にも思わなかったけど。
テロリストの桂小太郎は幼い頃の塾の同門だとか。他にも同門で戦争も一緒に戦ったが今は別離してしまっている人がいるとか。
新八くんのお姉さんのストーカーのこと、入国管理局だった人のこと。
銀時の世界がどんどん広がっていく。
先日はとても苦しいことに思えたが、こんなに素晴らしいことはないのだ。
人は決して一人では生きられないのだから。
誰かを守って、守られて、支えて、支えられる。
そんな誰かが増えていくことの、何を疎むというのか。
そう考えれば、どんどんと気持ちが晴れていった。
元々、何かを守らずにはいられない人なのだ。
だったら、全力で守って、必死にかき集めて生きてほしいと思う。
新八くんや神楽ちゃんがいなかった頃より、よっぽどいい顔をして話をする銀時を眺めながら。
喉を通るプリンはとても美味しい。
「ねえ銀時」
「なんだー」
「話ついでに聞いてもいいかな」
「おーよ。何ですか名前さん」
「では銀時さん」
その後ろにいる大きなわんちゃんはどなたですか?
神楽ちゃんが拾った捨て犬、というのが真相らしい。
さすが、天人は優しさも規格外なのだろうか。ちょっと前から万事屋に仲間入りしていたらしい。定春くんと名付けたのは神楽ちゃんだそうで。
大人しいので手を伸ばすと慌てた銀時に止められた。
「やめとけって!危ねぇから!」
「でも大人しいよ」
「バッカお前、そんなのは一瞬だけだ!態度も図体も排泄物もバケモンなんだか…」
「…本当だ」
頭からぱっくりと飲み込まれた銀時に、思わず一歩下がってしまうがなるほど。懐く相手は選ぶタイプのお犬様なのだろうか。
何とか定春くんに銀時を吐き出させ、銀髪の下から滴る血を拭きつつ消毒をする。
これも、どうやら万事屋ではいつもの事のようだ。
先日はお登勢さんのお店に泥棒が入ったというし、全くこの男の周りは飽きない。
話だけでもこんなに忙しないのだから、本人からしたら私の比ではないのだろう。
そう思うと笑いがこみ上げてきて、自然に頬が上がってしまう。生きることに退屈しないこの男を見ているのが、この世界での私の楽しみなのだ。
顔を綻ばせた私とは裏腹に、銀時の顔は何故か冴えなかった。
せっかくここまで来たのだからと、お登勢さんにも顔を出せば夕食を誘われたので有難くご相伴に預かる。
健全なエロを嗜む店だと言うスナックお登勢のお客は、今日はそんなに多くないらしい。
おこぼれに預かりに来た銀時に苦言を呈しながらも、お登勢さんはご飯をよそる手を止めない。
スナックは定食を提供する店ではないと思っていたが、眼の前に出されたのは肉じゃがに味噌汁に真っ白のご飯。
丸い小皿に漬物が添えられ、四角が三つ連なったような小分け皿に薬味がそっと盛られている。
「銀時、お前さっさと家賃払いな」
「んだよ、先月分は払っただろ」
「今月分も払いやがれェ!」
そうか、もう月末か。
今月はやたらと忙しかったが、そろそろ衣替えの季節だ。通りで電話がよく鳴るわけである。
箸を進めていると、頃合を見計らって透明のグラスに注がれたアルコールがこれまた手を伸ばしやすい位置に出てくる。
客商売の距離感を見習わなければと思うが、お登勢さんの真似事なんて逆立ちしてもできそうに無い。
銀時とお登勢さんの取り留めのない会話を聞きつつ、じゃがいもをひと口サイズに砕くとさして力も入れずにほろほろと壊れていった。
がたり、と。
会話もそのままに銀時が立ち上がる。
「どこいくんだい」
「便所だよ」
「綺麗に使いなよ。掃除する側の身にもなりな」
「うっせー!ババァ!誰の照準にケチつけてやがる!」
「文句言われたくなかったら照準ブレさせてんじゃねぇ!」
「俺を汚ぇオヤジ共と一緒にすんなァ!」
「銀さんそりゃひでぇわ!」
ワハハ、と店内に人はそう多くないのにあがる笑い声は大きく。もちろん酔っ払いだからというのもあるが、みんなこの店が、この場所が好きだからこそ笑っていられるのだと思う。
幕府がどうとか、天人がどうとかは私にとって馴染みはなく、正直に言えば他人事だ。
しかし、それによって失ったものがある人たちを知っているからこそ、誰にも遠慮せず大声で笑っていられる場所が必要で、それはここなのだ。
お登勢さんも、銀時も、客の旦那達も。
私にとっての海と同じように、彼らにとってはここは海なのだと思う。
誰にも邪魔をされない、自由な場所。
「随分と考え込んでるじゃあないか」
「…そう見えました?」
「味わって食べてくれるのは嬉しいけどね。ババアとも話をしておくれよ」
「肉じゃが、美味しいです」
「そりゃよかった。でも、あたしが聞きたいのはそっちよりもアンタの事だよ」
「私のことですか?」
煙草に火をつけながら、こちらにチラリと視線を寄越すお登勢さんが言いたいことを捉えかねた。
首を傾げる私に、紫煙をくゆらせたお登勢さんはグラスを一つ取り出し、私のグラスに酒を注いでから同じようにグラスを満たす。
「名前。お前さん、銀時とはもう随分長いんだろう?」
その言い方だと、友人以上の関係のように聞こえるから勘弁して欲しい。
ただ、お登勢さんの言う通り銀時に初めてあってからもうだいぶ時間が経っていた。
会った時から一度離れて。
再開したのも数年たっていたから、一緒にいたかと言えばそうでもないけれど。
「まあ、確かに結構時間は経っていますね」
「あたしと会ってからもいくらか経ったけど、銀時もあたしもお前さんのことをなんにも知らないと思ってね」
「そうですか?」
「知ってることといやぁ、お前さんが仕立て屋だということと、お天道様なんぞに頼らない芯の通った女だってことくらいさ」
「お天道様が全然願いを叶えてくれないから、自分で叶えにきちゃった」
「……お天道様が出来ることなんて、毎日せっせと空に登ることくらいですよ」
「それでも面白いことにね、この国じゃあどいつもこいつも困ったことがありゃお天道様頼みさ」
煙草を灰皿に押し付け、ぐっとグラスを煽るお登勢さんは苦笑とも言えない顔で話す。
「お前さんは、あたし達の誰にも言ってないことがあるだろう?」
「……ありますよ」
「別に、それを話せなんて言わないから。そんな顔するんじゃないよ」
どんな顔してますか?と聞くと、お登勢さんは今度こそ困ったように笑った。
「でも、せめて銀時には」
「……」
「あの馬鹿には、あんたが何を考えているかくらい話してやってくれないかい」
手元に視線を落とせば、湯気こそ出ていないものの半分残った肉じゃがが未だ美味しそうにきらきらとしている。
「別に、あんたが誰にも話してないことを打ち明けろってんじゃあないんだよ」
「ただ、あんたが毎日見たもの、聞いたこと、感じたこと」
「そのくらい、何気ないことでいい。どうでもいいことでいいんだ」
「銀時にとって、それが何よりあんたに聞きたいことなんじゃないのかね」
あいつのそばに居るはずなのに、あんたが一番あいつから遠くにいるように見えるよ
そう呟いたお登勢さんは、お客さんに酒を注ぎ足しにカウンターを出ていった。
そう、なのだろうか。
意識したことは無い。
自分が、この世界のもともとの住人ではないということを負い目に思っているつもりもない。
むしろ、優しくて力強いこの世界に来ることが出来てよかったと思っている。
たとえ、私が生まれたあの海に二度と戻ることがなくても。
でも、心のどこかで私は自分とこの世界を線引きしていたのだろうか。
自分は違う。彼らとは違う。そんなふうに思っていた?
思考が乱れて、ぼうっとグラスを見つめる。
暖かい色の電球の光を浴びてさざめく透明なアルコールの海は綺麗なのに、反比例するかのように心は濁っていった。
この世界で、私が自分の意思で抗おうと思うことは少ない。
戦う武器も手段もないし、そもそもあまり得意ではない。いままでそれをやってこれていたのは、そうしないと死んでしまうからであって。
まともに出来るのは裁縫くらいで、それを含めても全部中途半端。
でも、そんな中途半端な私でも。
武器を持たず、誰かを疑わず、ただ笑って後ろから見ているだけでも幸せでいられる世界だと思っていた。
ただ見ているだけでも、みんなが幸せになってくれる世界だと思っていた。
ちがうの、だろうか。
ぼんやりとしたまま、気付いたら外にいた。
ちゃんとお金、払ったっけ?
銀時に何も言わずにでてきちゃった。
肉じゃがも食べ切ってない。
お登勢さんに悪いことをしてしまった。
頭は戻って一言告げねばと命令するのに、身体は決して戻ろうとはせずに家まで歩く。
あぁ、ほんとうに。
中途半端だ。
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