言い訳で腹が膨れるか! | ナノ


▼ 御後が宜しいようで


とある日の夕刻頃、道を歩いていると橋に人だかりができていた。

はて、なにか祭りでもあっただろうかと覗くと垣間見えたのは見知った銀色。
どうもまた何かしらに巻き込まれているらしい。


「なにか揉め事ですか?」

「あぁ、なんでも女を取り合って決闘だとよ!粋なことする奴らもいたもんだ!」



女を取り合う?
思わず首を傾げてしまったが、あの男取り合うような想い人がいたのだろうか。

自惚れているようで嫌だが、銀時がそんな素振りを複数の女にできるような器用さをもっていたかは甚だ疑問である。

器用であることに違いないが、手先や生き方の話であって本人の性格はまったくの不器用だったものと思っていた。
勘違いだっただろうか?

きょろきょろと辺りを見回せば、見知った少年少女に器量のいい女性がひとり。

男2人の対峙を心配そうに見守る彼女が決闘で取り合われている渦中のその人だということになぜかピンときてしまった。

こういう時、女の勘というのはよく当たるのだ。

橋下の川岸にちらりと目を向け、まあどういう理由であれ知人の決闘を覗くというのは気が引ける。
そのまま事の顛末を見ることなく、人混みの後ろを通り過ぎることにした。

目が合った銀時の、痛いほどの視線を振り払うようにして。




正直に言おう。

こちらに気があると思っていただけに、拍子抜けというか、まあ気恥ずかしさというか。

もっと直接的にいえば、苛立っていた。


出会った当初は銀時が戦争に参加中だったのもありそういう素振りはほとんど見せなかったが、再開してからはそれとなく扱いが丁寧で。

私も気付かないほど鈍感な女でもないし、気付いてしまえば再びときめいてしまうのだって目で追ってしまうのだって仕方の無いこと。

それが数年続いて、ここ最近はもう隠しもしなくなった銀時にそろそろ逃げるのも限界かと思っていた。


でも、あれはただの勘違いだったのか。

それとも、勘違いをしているのは私なのか。



橋の下の騒動から既に数日。
万事屋には行っていない。

顔を合わせた銀時がにやけながら私に絡むのは目に見えているし、それを甘受するには今の私は少し冷静さを欠いていた。


あの決闘とやらが、何らかの理由であの女性を助けるためのものだということはわかっている。
新八くんや神楽ちゃんも隣にいたし、案外2人の知り合いなのかもしれない。
大方殆どが成り行きなのだろうし、全てまるく収まるように気遣いをした結果泥をかぶるのは銀時自身なのだろう。


そこまで理解していても、やはり。




パキンっ


思考を妨害する小さな音に意識が現実に戻る。
何かを踏んだかと思ったが、とくに足元には何も落ちていない。気のせいかな。

やれやれと小さく首を振る。

どうもうわの空になってしまうなぁ。
全部銀時のせいだ。

この際すべての災難をあの男のせいにしてしまおう。

手に持つ仕入れた反物の包みを抱え直し、視線を上げ、そして後悔した。


あぁもう、どうして今日に限ってこの道を選んだのか。
隣の道を行けば、お気に入りの小物屋の前も通れたから覗けたし、もう少し先に行けば美味しい団子屋もあるからお八つに買って帰れたのに。


歩みを止めた数歩先に、苦いものを思い出させる銀色。

じっと見つめてくる紅い目から逃げたくて、裂けた見慣れない作業着に視線を移す。


「…なんでまた怪我してるの」

「こっちが聞きてーよ」

「その服、借り物じゃないの」

「あー…まあ大丈夫だろ」


肩を抑え、溢れる血で掌を濡らす男は空いた手でがりがりと頭を掻く。


「銀さん!てめぇ作業着きちんと弁償しろよ!」

「ふっざけんなハゲ!!労災出せ!!!」

「ねーよんなもん!病院から戻ったらとっとと続きやりやがれ!!」


頭上から降る声に怒鳴り返す銀時と、さらに怒り心頭と言ったふうに落ちてくる雷声。
両方を見比べ、今日一日の予定がすべて狂うことを察しつつ銀色の天パの後を追った。


あぁ、厄日だ。





職業柄、常にお針道具は持ち歩く性分だし、仕入れついでに貰った端切れでちくりちくりと。

人の心もこうやって簡単に縫い合わせることが出来ればいいのにと思いつつ、そうはいかないのがまた生きる楽しみだと思い直す。
取るに足らない小さな思い出が、その時は気にならなくても何年か経つとしこりとなって残ることも、人でなければわからない事だ。


手元の作業着を着ていた銀時は、今は目の前の診察室の中。
先ほど中から看護婦さんが出てきて、出血は派手だが傷はそんなに重症ではないから、手当と薬で大丈夫だと教えてくれた。

ほっとついた息に、今更心配していたということに気付く。

そりゃあ、頑丈な男だし普段の身振りもそのへんの浪人に比べたらずっと聡い。でもやはり怪我をしているのを見たら心配にもなるか。

どんな小さな怪我でも油断はいけないと、口を酸っぱくして言われたことが今でも思い出せる。

血を洗い流して裂け口が濡れている作業着を撫でると、なんとなくまだ体温が残っているようだった。

自分や自分の仲間のためにしか戦ったことのない私だから、誰かのために全力で命をかけられる銀時の気持ちはわかるようでわからない。

でも、出来ればその命を、自分のために大切にして欲しいと。


そう言える日は、たぶん来ないのだろう。



「名前」


上から降る声に顔を上げると、上半身裸で包帯を巻いた銀時が見下ろしていた。


「銀時」

「おー」

「手当終わったの」

「終わった」

「そう」


ぱちん、と玉結びした糸を切り作業着を表に返す。
裏から見たら些か見た目が悪いが、表から見ればそう目立つものでもない。


「綺麗に直るもんだな」

「仕事だもの」

「…仕事ねぇ」


含みを持たせた声が、潜んでいた苛立ちを僅かに思い出させて。
反動をつけて立ち上がると銀時に作業着を押し付け、背を向ける。立ち去ろうと体を動かすのに、ぐっと身体が前に進まない。
振り返れば、腕を強く掴まれていた。


「どこいくんだよ」

「帰るんだよ。もう用はないでしょう」

「あるだろ」

「ないよ」

「俺はある」


腕も、目も強い。
睨んでいるわけでもないのに、射すくめられたかのように体が動かない。
嫌だと思いつつも、しかしその腕を振り払うことも出来ずに顔を背けた。


「すぐジジィのとこ戻んなきゃなんねーし、お前ちょっと待ってろ」

「嫌だよ。私にだって予定があるもの」

「んじゃあ予定終わらせたらうちに来い」

「それもいやだよ」

「なんで」



なんで。
なんでだろう。

自分でも、よくわからなかった。
ただ嫉妬しているだけじゃない。
他の女を取り合ったからとかいう、可愛い理由じゃない。

もやもやとも、じくじくとも言いきれない言葉にできないほど曖昧な。嫌悪に近いのだろうか。


銀時の問いに答えられず、しかして腕を振り払うことも出来ずに黙り込んでいると頭上から小さなため息がころりと足元に転がる。

ため息って言うのは、たかだか呼吸の一つの癖をしながら人の感情を驚く程細かに描写するのはなぜなのだろう。
呆れ、怒り、疲れ、安堵。
興奮や、時には愉悦までも。
片手では足りないほど、雄弁で残酷だ。

この足元に落ちたため息は、一体どの感情だろうか。

銀時のため息に隠れた気持ちが知りたくなって、顔を上げた。距離の近さのせいで、覗き込むような形になってしまう。

くるくると踊る銀髪から覗く目は、

あれ?





「なんで、うれしそうなの?」


子供のような舌足らずな、そんな声が出てしまうほど。

銀時が、見たこともないほど優しい顔をしている。

目尻が垂れ、いつもだるそうに半分落ちているまぶたは弓なりに弧を描いて。
いっそ、どろりと溶け出しそうなくらいに甘ったるい瞳をしていた。


紅い虹彩から目を離せなくなった私の腕にゆっくり掌を滑らせる銀時が、僅かに上がった口角のまま私だけが聞き取れる声でそっと呟く。


「それが知りてぇなら、ちゃんと待っとけよ」


そうして銀時はするりと私の横を通り過ぎていって、気付けばいつもの騒がしい病院の廊下で、しばらく私は立ち尽くしていた。








「予定があったんじゃねーの」


西日がきつくなった時間帯の甘味処。
皿に残ったみたらし団子に手を伸ばすと、横からかっさらう無粋な手とともに銀時が隣に座った。


「終わった」

「嘘つけ。ずっとここにいたじゃねーか」


ぼんやりと隣の銀色を見るが、逆光で表情はよくわからなかった。
団子を持たない手がすっ、と向かいの店の屋根を指差す。


「あそこで仕事してたから。ずっと見えてた」

「……しってる」


私も、ずっと見ていたから。

銀時が仕事をしているのを見るのは、もしかして初めてだったのだろうか。
いつも万事屋か、外で会っても仕事に向かうか帰るかの最中ばかりだった。

とくに本職でもなく、それでも屋根の上で作業をこなすのはそこそこ様になっていたし、やはり器用な男だと思う。
万事屋なんて事をやっているのだから、ある意味器用貧乏なのかもしれない。


「ま、お前も俺のこと見てたもんな」

「気付いてたの」

「あんなに穴があくほど見られたらな。わかるっつーの」


内心バクバクだったんですけどー、と茶化す銀時を他所に、茶を啜る。この甘味処は団子も美味しいがお茶も美味しいのだ。
でも、団子を6本とお茶数杯で日中から夕方まで居座ってしまった。金にならない客で申し訳なくなる。

お勘定を済まそうと店の中に声をかけると、私が財布を取り出す前に銀時が支払い、さっさと店を出ていく。


「ちょっと銀時。お金」

「あー?いいだろ別に。最後の1本俺が食ったし」

「1本だけだよ」

「バカヤロォ!最後の1本にはそれまでの数本を束にしても適わねー価値があんだよ!」


くわっと勢いよく振り向いてそう叫ぶ銀時があまりにも必死で笑ってしまう。
そんなに必死にならなくてもいいのに、甘味のことときたらこれっぽっちも譲らない強情な男だ。そのくせやっとこさ稼いだお金で最後の1本を買ってしまうのだから、どうしようもない。


「やっと笑ったな」


ぽつりと聞こえた静かな声に、可笑しさが霧散する。
今度こそまっすぐに銀時を見つめると、病院の廊下でみたあの目で私を見返していた。


「お前、この間橋の上で見てから万事屋にも来ねぇし。やっと会えたと思ってもイライラしてるみてぇだし?なんかしちまったかと思ったけど心当たりもねーし」

「うん、ごめん」

「謝んなよ。新八に聞いたら急に慌てやがるから何かと思ったけど」

「新八くんなんて?」

「『名前さんともあろう人がいながら姉上をかけて決闘なんてしたら、そりゃ名前さんだって傷つきますよ!』だと」

「果てしなく勘違いだね」

「でも間違ってねえだろ」


隣に並んで歩いていたのに、歩みを止めた銀時につられて止まる。
作業着からいつもの着流しと木刀姿に戻った銀時が、今度は私の後ろにある太陽を眩しそうにしながらこちらを見つめている。


間違っていない、とはどういう意味だろうか。

私は、傷ついていたのだろうか。
そうと言われればそうかもしれないし、なんとなく違うような気もする。ぐちゃぐちゃと考える頭は処理落ちを始め、近づいてくる銀時をただ見上げていた。


「俺がなんで『うれしそう』だったか、教えてやろうか」


人通りの減った路地。
僅かにいる人々も今は家路を急ぐばかりで、こちらに見向きもしない。


「お前、ここんところずっと何考えてた?」


ここのところ。
仕事のこと、生活のこと。
近所の長屋のちびっ子のこと。
作りかけの羽織のこと。
気になっている家具のこと。


「まァいろいろ考えることはあったかも知んねぇけど、毎日必ず考えることあったろ」


毎日、必ず。
あると言えばある。


「この前銀時の家でご飯作った時、卵の賞味期限が2週間近く過ぎてた」

「ちょっとォォォ?!?!初耳な上に毎日そんなこと考えてたの?!!!」

「火を通したから大丈夫だとは思ったけど、よく思い出したら匂い変だったなって」

「だからなんか味付け濃かった?!お前醤油で誤魔化してたのかよ!!」

「神楽ちゃんがお腹壊してないか心配だった」

「しかも俺の心配1ミリもしてないねっ!!!」


新八くんのツッコミもなかなかだけど、銀時もキレがあると思う。普段の言動があれだからお目にかかることは少ないけれど。

こういう風になれたのも、きっと新八くんや神楽ちゃんのお陰なんだろう。守るべきものが出来て、守りたいものが増えて。同じように守られて。
それだけじゃない。
お登勢さんや、他にもたくさんの人が銀時にとって支えになっている。
とても素敵なこと。
だから、銀時の周りにどんどん人が増えるのはいい事なのに。

どうして。

どうして。


「どうして、くるしいんだろう」

ため息のように漏れた一言に、ぴくりと銀時が反応する。
そっとこっちを伺うくせに、その顔は答えを知っているかのようだ。さざ波のように凪いだ表情で私が答えを導き出すのを待っている。

銀時のこういう所は、好きじゃなかった。


「そんな顔すんなって」

「これがデフォルトだもの」

「いーや、俺が知ってる名前はもっと緩い顔してるね」


そんな眉間に皺寄せんなって、種明かししてやるから。と少し得意げに、そしてやはり嬉しそうにいう銀時が私の掌をとる。
そのまま手をひきながら、明るすぎる夕日に向かって歩き始めた。



「要するに、お前はその位俺のことが好きなんだよ」

「要さないでよ」

「自分に惚れてると思ってた男が知らねぇ女取り合って決闘なんざしてたら、そりゃ苛つくし気分も良かねぇよな」

「……」

「その上、気付いたら自分の知らねぇ奴らともつるみだしてるし?」

「……それは知らない」

「あり、まじ?」


墓穴掘っちまった、と頬をかく銀時の言葉を促したくて、包まれた手を握り返す。
マメや硬くなった皮膚でごつごつとしているのに、こんなに優しい手もそうそう無い。


「でも、俺はそれが『うれしい』んだよ」

「よくわからないよ」

「恥ずかしいんだからあんま銀さんに無理させんなっつーの」

「ちゃんといって」


知りたかったら待ってろと言ったのはそっちなのだから。
私は待った。
次は銀時の番だ。

一回しか言わねぇからな、という前置きと共に夕陽が夜を連れてくる。空を紺色が覆い出して、互いの顔も見づらくなったが、銀時は私から目をそらしてはいなかった。



「お前がずっと俺のことを考えてるのが、嬉しくてしょうがねぇんだ」


察しろばかやろー、と。
いつもよりも覇気のない早口で呟く銀時が珍しくて。
おまけに自分の顔がどんどん熱を持つものだから、茹だった私はこんなことを言ってしまうのだ。



「言われたかったんだこのやろー」



いい歳をした大人2人の恥ずかしい暴露に免じて、最近つるんでいるという輩のことを聞くのはまた今度にしてあげようと思った。





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