▼ お前なんかこうしてやる
例えば、明らかに世間知らずな血だらけの女を手当しちょくちょくと世話を焼くことも。
例えば、天人に見せしめの如くなじられる少年を私怨からとはいえ結果的に救うことも。
例えば、たまたま居合わせた他人の家の借金問答だとかいう面倒事の力任せな解決も。
例えば、轢いてしまった天人の少女が万事屋に住み着くということも。
この男にかかったら、全てありえないなんてことはないのだ。
「おかわり!」
だから、私がその少女に給仕をするというのも、そうそうおかしい訳では無いのかもしれない。
……多分。
…………きっと。
………………いややっぱなんか変かも?
「神楽ちゃん、食べ過ぎだよ?ちょっとくらい遠慮とかしようよ……」
「食べれる時に食べなきゃいつ何があるかわからないネ」
「何がって何!?てゆうかどんな発想だよ!戦争でもしてんのか!!」
「人生はいつでも戦争アル」
「うまいこと言ったみたいな顔すんな!!!」
ハーハーと息を切らせながらキレのあるツッコミを炸裂させる新八くんに、ただひたすらにご飯を掻き込む華奢な少女。
この度万事屋の一員となったらしい。
神楽ちゃんと言うそうだ。
詳しくは聞いていないがとても戦うことに長けた天人の種族らしい。見た目人間にしか見えないのだから、言われなければご飯を炊飯器単位で食べるびっくり少女だ。
いや、天人だとしてもびっくりだけども。
そんなある種の修羅場になぜ私がいるかといえばなんてことは無い。
近くに用があり、たまたま寄っただけである。
ほんの少し前に新八くんが参入したかと思えば、今度はチャイナ服が眩しい年頃の女の子だなんて、銀時の周りも随分と賑やかになってきた。
これは、あの男にとってはいい傾向なのだろうと思う。
守ることに長けているくせをして、守るものを作るということに対してはとても頑なな人だから。
こうやってなし崩しに、あの男が防ぎようがないレベルで守るべきものが出来るというのは、本人がどう思っているのであれ喜ばしいことだ。
渦中の家主であるその男といえば、私の指示によりメモに書かれた食材を追加で買いに外出中である。
なんでも最初はなんとか家にあるもので我慢させていたらしいが、あまりに旺盛な食欲はそれを凌駕したらしい。下のスナックの女将さんのところでも食べさせてもらったらしいが、そこにすら追い払われ腹を空かせた子供の文句と腹の虫に耐えかねていたところを訪ねてきたカモ……もとい私に救いを見たのだという。
まあ、別に食費を出してやることくらいでは困らないしいいかと思った。
しかし思わず頭を抱えたのは食生活の方である。
何?3食卵かけご飯って。
良くてお茶漬け?舐めてるの?
こちとら食にうるさい訳では無いが、流石に口だけではなく手が出てしまった。
つまるところ、食費とともに調理も提供しているというわけである。
「名前!これ何アルか?めっちゃ美味い!!!」
口いっぱいにもやしの肉巻きを頬張った神楽ちゃんは、簡単・安い・早いの三拍子が見事に揃った料理を次々と平らげていく。
そのスピードに対して若干恨めしそうな顔をしている新八くんに、そっと3人分残してあることを告げると嬉しそうにしてくれた。
「神楽ちゃん、あとどのくらい食べられそう?」
「まだまだ余裕ネ!」
おっとまじか。
さすがに疲れてきたし1食ににこの量を摂取するとしたら相当な食材が毎日必要になる。
今から胃を痛めてる新八くんに、割と見たことのないくらい疲れた顔をした銀時をこれ以上苦しめるのも忍びない。
ふむ、ここは知恵を働かせてみよう。
「たくさん食べるんだねぇ、神楽ちゃん。いい事だ」
「当たり前ネ!いい女になる秘訣アル」
「通りで。参考にさせてもらうよ。ところで、この間テレビで人気アイドルのマツ子ちゃんが出てたの見た?」
「見てないアル。マツ子って昔デブスだったけど激痩せしてトップモデルになった後電撃引退してからアイドルグループ『もーブス、』のセンター抜擢されたあのマツ子アルか?」
そんな人だったの……。というかいやに詳しいな。
「そう、その人。(多分) もしかして、神楽ちゃん結構詳しい?」
「マツ子はガッツがあるから見どころあるネ。嫌いじゃないアル。マツ子テレビでなんて言っていたアルか?」
「うん。『可愛いあの子は何してる?』って番組だったんだけど、マツ子ちゃんはご飯を食べる時、常に満腹にはならないようにしてるんだって。そうすると、脳がキレイになるホルモンを出すとかなんとか……。その後適度に運動するのもいいって……」
「私もうお腹いっぱいネ。ちょっと散歩してくるアル。夕飯はちょっと少なめがヨロシ」
「え?うんわかったよ……いってらっしゃい……」
まくし立てるように言って嵐のように出ていった神楽ちゃんを見つめる私に、洗濯物を取り込んできた新八くんが声をかけてくれた。
「……本当、お疲れさまでした名前さん」
「……いやいや、新八くんこそ」
神楽ちゃんが食べ終わったお皿を片付け、新八くんと銀時、そして僭越ながら私の分の食事の準備を始めると、タイミング良く家主が帰ってきた。
「けぇーったぞー」
玄関の方から聞こえるダルそうな声に思わず笑い、同じく笑っている新八くんと一緒に声を合わせる。
なんだか家族みたいだと、柄にもなく恥ずかしくなった。
「「おかえりなさい」」
食事後、お姉さんのお使いで用事があるという新八くんが早上がりをし、私は食器を洗いつつ夕飯のメニューを考える。
銀時に買いに行かせた食材は、ザ☆家計の味方って感じの安くて手に入りやすいものばかりである。
豆腐にもやし、お腹に溜まるこんにゃく。かさましができるようにキャベツと、肉の中では安定して安い鶏胸肉。
渡した食費で出来るだけ多めに買ってくるように言ったから、そこそこの量だ。特にもやし。
もやしは傷みやすいから、使わない分は茹でてから小分けにして冷凍しておこう。ついでに胸肉も冷凍用に切り分けて、豆腐はどうしようかな。
あれこれと考えていると、手元が疎かになる。泡で滑りやすくなった手からつるりとお皿が零れ、
「危ねーな」
「あ」と声をこぼすよりも早く、横から出てきた手にすくい上げられた。
間一髪。ゴミ袋行きを免れた皿は、銀時の手の中のまま蛇口から出る水に制裁を与えられている。
「…ありがとう。お夕飯何にしようか考えてたら手が滑っちゃった」
「なに、名前夕飯まで作ってくれんの?」
「ついでにご相伴に預かってもよければ」
「んなもん気にすんなっつーの。どっちかってーと俺ら奢られてる側だし。悪かったな」
視線は決してこちらを向かず、しかし声はあまりにも囁くような優しさが込められていて。
あぁもう、そんな声を出さないでほしい。
泡を流し終えた皿を片付けつつシンクに残る皿を私から奪ったスポンジで拭いながらさらりと礼を言う銀時に、内心赤面していやしまいかと思いつつ口は動いた。
「……今度仕事の配達手伝ってくれるならいいよ」
「お安い御用だ」
流し目で笑いかけてくる銀時は、別に珍しいものじゃない。正面から向き合ってくる方がよっぽど稀で、むしろ隣あっていて顔が見えないことの方が多い。
ただ、いつもと違ってここは応接間じゃなくて台所で。
ただ隣にいるだけじゃなくて一緒に皿を片付けていて。
座っているとわからない身長差だとか、意外と手際がいいだとか、聞こえる鼻歌がなんとなく心地いいだとか!
「な、なんかやだ」
「はぁ!?」
「なんかやだ……いつもと違う」
「なんだそれお前!!人が手伝ってんのに!」
「そこじゃなくて。いやそもそもここ銀時の家だし……じゃなくて」
「だからなんだよ!!」
「なんか、なんか恥ずかしい……」
言ってから、しまったと思った。
はっとして横を振り向けば、なんとまぁ人に見せられない顔をしているのか!
優しそうに見えて、その実獲物を逃すまいと目を光らせた顔。
銀時が、私を囲おうとする時の顔だ。
「……まぁ、確かにな。台所で、2人で皿洗いなんかして、なかなかそれっぽいじゃねーの」
「……」
何も答えない。これが最適解だ。
なにか言えば、そこからどんどんどんどんと銀時の思惑通りに運ばれてしまう。
あぁ、そもそもこの家で食事を作ることからが間違いだったのだ。
万事屋に新顔が二人増えたとは言え、どちらもまだ未成年な上に神楽ちゃんの食欲ぶりはお登勢さんの怒鳴り声で近所には筒抜けだろう。
そんな中女が訪ねてきて、かと思えば万事屋の男が1人出掛けていき、その間にスナックの二階から食事を作る音やら匂いやらが聞こえてくれば。子供たちの楽しそうな声が聞こえてくれば。
あまつさえ、男がスーパーの袋を引っ提げ戻って来たとなれば。
私が万事屋に出入りしていることなんてとっくに知れ渡っているし、なんなら近所の奥様方が井戸端会議の際私を話題にしていることすら知っている。
そんな彼女たちにとってはとんでもない大スクープだ。迂闊だった!
固まった私の前で掌を振る男を思わず睨みつける。
痛くも痒くもなさそうな顔で、むしろ目を細めて策略が上手くいったことを喜んでいる銀時には効きもしない。
本当、腹立たしい。
「そういや、3軒隣のババァが声掛けてきてよ」
嫌な予感しかしない。
「『案外尻に敷かれるタイプなのね〜』とか抜かしやがったから、どっちかってーと馬乗りになるタイプだっつっといたわ」
「ふっざけんな」
やばい、終わった。
膝をつき項垂れたいことこの上ない。
少なくとも奥様方の中では完全に勘違いがまかり通った。
完全に、銀時の思惑通りだ。
なんだ馬乗りって!
なんのこと!
混乱で二の句を告げることも出来ない私を他所に、銀時はもやしを茹で始める。
沸かした熱湯でサッと茹でて、夕飯分を少し多めにざるに挙げ、残りをラップで1人分に包んでいく。
なんとか言葉を発しようとして、でも何を言ったら一泡吹かせられるか考えがまとまらないまま、私は口を開いた。
「……なんで茹でてから冷凍保存するつもりだってわかったの」
ちらりと。
一瞬視線を寄越し、カチリとコンロの火を消す。
ごぽごぽと悲鳴をあげていた鍋が徐々に静かになっていき、その間にもお玉と菜箸で器用にもやしを掬い上げる指先を眺めていた。
「お前が、」
表通りを走る飛脚屋のバイクにすら掻き消されそうな、なのにやけによく通る声が五感をさらっていく。
「名前が考えてる事くらい、銀さんには分かっちまうからな」
……なんだそれ。
シンクに反射する顔の赤みを見ないふりをして、銀時の脇腹に拳を一つお見舞して。
「いってぇ」
呻き声を無視して、鶏胸肉を一口大に切る。
まな板の端に山になっていく肉の欠片たちを銀時が1人分ずつラップに包むのを視界の端で認めながら、こいつの分だけ夕飯のおかずをもやしオンリーにしてやろうと思った。
素直に私のことばかり考えてるからと言えないようなやつには、それだけで十分だ。
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