言い訳で腹が膨れるか! | ナノ


▼ 嫌よ嫌よもなんとやら

「空飛ぶハイレグ遊郭に飛行型パトカーで突っ込んだ?」


ショッキングなキャッチコピーが思わず自分の口から飛び出したが、目の前の男はケロッとした顔で肯定する。
近年海水汚染が騒がれる江戸湾に地上数百メートルから落下したと聞き、思わず人間の方より着物の方の具合を心配してしまったが、なんてことはない。

この男はその辺の天人よりもよっぽど丈夫なのだ。



万事屋 坂田銀時



けったいな店の名前だと思うだろうが、まあそれなりに頼りにされることもあるし私のように特に用がなくても気軽に訪れることの出来る場所だ。


「あっあの!銀さんは決して遊郭に用があったわけではなくて!」


微妙な表情の私に対してあわあわと弁明を図る健気な少年は、そのハイレグ遊郭の一件から万事屋の従業員となった志村新八というとある道場の家の子。


憐れ、この侍の下について学ぶことは多かろうがそれを更に上回って胃を痛めるのは間違いない少年に、私は思わず憐憫を込めた笑みを捧げた。


「いや、別にそこを疑ってる訳じゃないんだよ。私としては思ったより着物の状態が悪くなくて安心した」

「名前、俺より着物の心配?!」

「だって江戸湾だよ?オイルまみれだよ?ばっちぃんだよ?」

「オイルまみれって言い方やめろコノヤロー!!!」

「ただでさえ白い着物で、汚れ目立つんだから」

「ったく、悪かったって」

「いいよ、銀時はいつもの事だし。新八くん、君のは平気だった?」

「あ!はい!」



うんうん、元気な返事はいいことだ。


姉上がクリーニングに、と続けて話す彼にそうかお姉さんがいるのかーと記憶にメモをしつつ淡い青色の波模様に散った黒いシミをとんとんとん、と。

随分綺麗になってきたが、やはり少し頑固な汚れだ。騒がしい男子2人の声をBGMにしつつ仕事を進める。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「おーなんだー」

「いや、銀さんじゃなくてですね……」



なんだか濁した言い方の視線の先には、私。



「ん?」

「あの、……失礼な事言ってすみません」

どちらさまですか?







なんと、私は名乗りもせずに普通に会話をしていたらしい。
確かに万事屋に来た際、銀時に

「こないだから家で働いてる志村新八だ」

とだけ紹介され、あぁそうなのかと納得してそのままだった。
雑な紹介もそうだが、私も随分と適当だったと反省している。


「えーっと、ごめんなさい名乗りもせずに。この辺で仕立て屋をやってる名前と言います」

「そうなんですね!僕、てっきり銀さんの……」

「銀時の……?」


そこまで言って、口ごもり顔を赤らめた新八くんに銀時がははーんと意地の悪い顔をする。
何かを企んでる顔だ。


「オイオイぱっつぁんよー、初心にも程があんだろーがよ」


そう言いつつ立ち上がっては、私の隣に腰を下ろし肩を引き寄せ、

……肩を引き寄せ?


「銀時、何?この手」

「何って?」

「いや、」


なんで抱き寄せてんの?

という前に、新八くんが奇声を上げて後ずさっていく。


あーー、多大なる誤解を生んでいる!



「いえ!あの!全然、全然気にならないのでっ!気にしないのでっっ!!!!」

「気にしてるよ?全然気にしてるよ新八くん?」

「そうだぞー新八ィ。人生のほとんどのことは気にせずとも生きていけるんだ」

「ちょっと銀時、ややこしいから喋らないで」

「いやっ!あのほんっっと!!こんなちゃらんぽらんでもそういう人がいるのかとか!全然!!」

「どういう意味だお前コラァ!!」

「いやその前に否定しようよ」



人の話を聞いているのかいないのか、新八くんは頭を抱えたままよろよろと向かいのソファに落ち着き、銀時は相変わらず私の隣で……あっ!こら鼻をほじるな!聞いてないふりをするな!


「新八くん、あの私と銀時はそういうのじゃ……」

「いえ、本当に大丈夫ですよ名前さん。取り乱してすみませんでした。ちょっと反応が過敏すぎましたよね」

「聞いてよ」

「確かにちゃらんぽらんですけど、それだけの人じゃないですもんね銀さんは!」

「聞いてよ」


忙しなく眼鏡を上げ下げする新八くんに、何度声をかけても話は通じず。
一体何をそんなに動揺しているのか分からないが、何やらあー僕今日特売の買い物のためにちょっと近所の駄菓子屋に行かなきゃいけないんでっ!といって飛び出していってしまった。


いったい駄菓子屋の特売とは何なのか。


呼び止めようと挙げた右手を虚しくうろつかせてしまう。

この事態を引き起こし、引き止めもしない男に思わず私は詰め寄った。


「銀時、完全に誤解されたよ」

「いいじゃねーか。誤解なんぞ勝手にさせとけば」


読みかけのジャンプをペラペラとめくりながら適当に返事をする銀時に、流石の私も眉をひそめてしまう。


「よくないよ。これじゃ私と銀時が、」


そういう関係みたいに、と。

続けようとした私と、銀時の顔があまりにも近くて。
隣に座っているにしては必要以上に距離を詰めてきた銀時が、じっと私を見ていて。


何も言えなくなった私に、銀時が少しだけ真剣な色を孕んだ声で言う。


「名前と俺が、なに?」



あぁ、ずるい。


なんてずるい!


自分からは、絶対に言おうとしないのに。

その癖周りには、それらしい素振りを見せる。



例えば、付き合ってないのに周りに付き合ってると思われて気まずい雰囲気になる人たちもいれば、反対にそれに乗じてなんとなくいい雰囲気になる人たちもいる。



でも銀時はそうじゃない。
銀時が狙っているのはそこじゃない。


自分の口で言わずとも、私がいくら否定しようとも。

周りがそうだと思い込んで、結果私が逃げれなくなればいいと思っている。
銀時は、周りが勘違いするように仕向けている。

ほんとうに、ずるい。



「……随分あからさまに仕掛けるようになったね」

「なんのことだかわからねぇな」


はぐらかすのばかり上手くなっていく男に、しかしその手のひらで転がされる私というのはなんて愚かなのかとため息をつきたくなった。

結局のところ、銀時に決定的な言葉を求めない私も根本はこの天パと同じなのだ。


言いたい。

でも怖い。

失うことも、守れないことも、この男には怖くて仕方が無い。

そのくせ、自分のものにしようとする。

ならば先に外堀から埋めてしまえばいい。

そんなことを考える男に、何も言わずに外堀を埋められていく私に。
馬鹿は一体どちらなのかは知らないが、精々頑張って外堀を埋めようと走り回ればいいのだ。


「簡単に囲えると思ったら大間違いだよ」

「……うっせ」




こんな阿呆に惚れた私でも、必死に逃げ回ることくらいは出来るのだから。


ばつが悪そうにがりがりと頭を掻きながら、キッチンに向かう気だるげな後ろ姿を眺める。

我ながら碌でもない男を好きになってしまったもんだと、今度こそため息をつき、しかし笑い混じりにいちごミルクが飲みたいと言えば、銀時は文句を言ったとしてもコップに注いでくれるのだ。


外から聞こえる喧騒に耳を傾け、膝の上で居心地悪そうに鎮座する波模様の着流しを再び構ってやりながら、差し出されるであろうコップをのんびりと待つ。

ぶっきらぼうに差し出されるコップと裏腹に、肩にのしかかる重みはいやに優しくて笑ってしまう。



そういえば、新八くんは戻ってくるだろうか。

折角だから、シミ抜きを終えたら一緒に夕食でも取りたいと思う。
隣でうたた寝を始めた男には、買い出しのためにスクーターでも出してもらおう。



プスプスと鼻から空気が漏れる音をBGMに、着流しが汚れを手放していくのを私は眺めていた。




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