・臨也視点→門田視点
・苦労人ドタチン
「二人共じゃあね」
そうやってふにゃり、と笑う新羅に僅かな苛立ちを覚えた。理不尽な怒りではない。きちんとした理由は存在するのだ。でも優しい俺はそんなことは少しも表情に出さず、無表情のまま手を振るドタチンの隣で「ばいばい」と笑いかけてやった。相変わらず、俺のポーカーフェイスは素晴らしい。
「ずるいなあ、ドタチンは」
「何がだ?」
「新羅、ドタチンには沢山笑うんだから。自覚ないの?」
「自覚、ねえ」
また面倒なことを言い出したかと思えば、予想以上に下らないことだった。溜め息さえも出ない。臨也の口調はいつもみたいな冗談めいたものだし、何よりさっきコンビニで買ってやった肉まんをはふはふと食べている時点で重要な話では無いと判断する。
ぱくり、と噛んでは顔をしかめ熱々の肉まんを頬張る。それの繰り返し。
「新羅ね、俺相手にはあまり笑わないんだよ」
「あいつはいつも笑ってるじゃないか」
「だから、それはドタチンが近くに居るからでしょ」
「……そう、なのか?」
「そうだよ。」
よく分からん。俺は買ったアイスを一口だけ口に含む。熱々の肉まんと冷たいアイス。温度差のある食べ物は今の俺たちの心の温度差そのものだ。
「でもお前の方が岸谷と仲良いだろ」
「…あれが仲良さそうに見える?」
「少なくとも俺には」
少しだけ記憶を遡らせる。
今日だって下駄箱から一緒に来たらしい臨也と岸谷が声を揃えて「おはよう」と俺と静雄に挨拶してきた。朝が苦手なのか机に突っ伏して寝ていた静雄を、臨也が叩き起こしてまで挨拶しようとしても止めることもせずに岸谷はにこにこと笑みを浮かべている。
休み時間、臨也が女子から貰ったお菓子を目の前に本人が居るのに「食べていいよ」と女子への遠慮0%で岸谷に渡すと、朝と同様岸谷は笑顔を浮かべていた。
昼休みだって岸谷が臨也の弁当のおかずを「美味しそうだね」と褒め、機嫌を良くした臨也が自分の箸でそのおかずを挟み岸谷の口元まで運ぶ。「あーん」という台詞付きで。それを素直に頬張る岸谷の顔には、やっぱり笑顔。
「仲良いだろ。いや、仲良くないならお前らはなんなんだ?」
「ただのクラスメイト?」
「馬鹿、ただのクラスメイトはあんなことしねえよ」
「うわ、馬鹿って言われた!最近ドタチン容赦ないよね」
「知らん」
逆に考えてみる。俺と岸谷の関係ってなんだ?
教師からも先輩からも目をつけられていた3人に、クラスメイトはあまり近寄ろうとはしなかった。女子はまあ3人の外見に近寄りはするが、男子は皆無だ。誰一人として関わりを持とうとすらしない。
3人の異常性は少なからず耳にしていた。だからなんだ。情報や噂で気に食わない奴を自主退学にまで追い込む?器物破損の域を超えた破壊活動?首の無い人間を愛する歪んだ愛情の持ち主?
だからどうしたというんだ。少し変わっているだけじゃないか。
「……ドタチーン?」
「ん?」
「何考えてるの、」
「いや、ちょっとな」
いつの間にか3人で行動してたあいつらは、俺を含めた4人で行動するようになった。そこでの俺の立ち位置は仲裁であり、真ん中。そんなところだ。常識がぶっ飛んだ3人に世間一般の常識を教える奴、それが俺。友達と呼ぶには少し距離のあるような存在。
だから臨也が嫉妬をすべき相手は俺じゃない。
「岸谷、絶対お前のこと好きだぞ」
「え、それはどういう」
「友人て意味でだよ。お前が好きなくらいに岸谷も好きだろうさ」
「ドタチンから見て、そう見えるだけじゃない?」
「第三者から見てってことだよ」
むす、と何故か機嫌を悪くした臨也はがぶりと程よく冷えた肉まんにかじりつく。俺のアイスはとうに腹の中へと旅立っていた。
「ドタチン懐かれてるし」
「お前ほどじゃねえよ」
「自惚れだ、俺はドタチンに懐いてなんかない。寧ろ嫌いだ」
「そうか。じゃあ俺も嫌いだ」
「………ひどい」
「なんだよ」
「なんでそんなに冷たいの」
面倒くさい、という単語が頭に浮かんだ。同級生のはずなのに、俺より頭の良いはずなのに、年下相手と喋っている錯覚を起こす。
「ていうか、岸谷にも似たようなこと言われたな」
「え?新羅が?」
「「臨也が門田君の話ばかりするんだけど」って。不満げに」
「新羅がなんで」
「そういうのを考えるのがお前の専売特許だろ」
「うん……」
しばし沈黙が訪れる。このままおとなしくして欲しいな、と思った瞬間に臨也が頭を激しく左右に振った。
「俺、新羅と友達って思っていいんだよね?」
「確認するまでもないだろ」
「そっか、そうだね。」
機嫌を取り戻したのか臨也は笑顔を見せる。面倒事に巻き込まれないためには友人の心のケアも大切だ。
「じゃあ、俺こっちだから。また明日ね!」
手を振る臨也に笑みをこぼし、俺も帰るかと今来た道を戻る。本来ならば俺の家は臨也とは別方向だが、珍しく悩んでいる臨也に合わせて臨也の家が見える位置までついていった。
臨也はそのことに気付いていないようだったがそれで良い。恩を売るつもりなどないのだから。俺はただ面倒には巻き込まれたくないだけだ。
「おい」
低い声が背中から掛けられる。ゆっくりと後ろを振り返ると静雄の姿があった。その手には何かが握られている。
「おう、静雄。お前、家こっち方向だったのか?」
「……臨也と何を話してた」
「は?」
どうして臨也の名前がそこで出てくるんだろう、と思った瞬間足元に手の平サイズに潰されたスチール缶が投げられる。カンッと小気味良い音をたてるそれに冷や汗を一つ。
「いいか、門田」
「何が」
びしっと音がなるくらい指を指される。なんだ今から宣戦布告でもするような空気は。なんて自分の中で今の状況にツッコミを入れると、予想通り宣言してきやがった。
「お前に臨也が懐いてようが関係ねえ。臨也のことを知っているのは俺だ、俺の方が臨也を思っている」
指を反らすことなく、静雄は口を開く。
「だから勝ったと思うなよ」
あ、なんだ。
もう既に面倒には巻き込まれているんじゃないか。
もう、なんだ。面倒くさいと思うことが面倒くさい。
→ぱちぱち
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