思えば、こいつからキスをねだってきたことなんて今まであっただろうか。記憶が間違っていなければ、多分これが初めてのはずだ。これで臨也からしてくれればもっと良かったんだけれど、そこは仕方ない。酔っ払いに期待しては、振り回されるだけだ。

目を閉じながら俺を待っている臨也に軽いキスを一つ。酔っ払いには、これくらいが丁度いいだろう。

「…んん」
「んだよ。しただろ?いい加減寝ろ」
「お願い、きいてくれたのは良いんだけど……なんか…足りない」
「我が儘言うな。じゃあてめえからしてこいよ」
「それはだめ。シズちゃんがするからいいの」

この臨也の態度が甘えなのかなんなのか、俺には分からない。だってこんなこと、今まで一度もなかったんだ。

とろん、とした目で俺を見つめる臨也の視線に、とうとう耐え切れなくなり目を逸らす。すると今度は笑顔ではなく、不安げな表情で俺の顔を覗きこんできた。ころころ変わる表情の一つ一つが初めて見るものばかりで、前言撤回。これが臨也の本当の姿なのかもしれない。

「……ねえ、シズちゃん。いや?」
「嫌じゃねえけどよ」
「シズちゃーん……」
「………後1回だけな」
「おお、シズちゃんが優しい」

ほらまた表情が変わった。餓鬼か、と言いたくなるほど嬉しそうに笑う臨也の姿を見てしまうと、普段の臨也にも同じものを求めてしまいそうで怖い。あの臨也はこんな風には笑わない。こんな風に、素直に俺を求めてはこない。

ちり、と何か思い出せそうな気がした。それが何か考えるよりも先に、臨也にもう一度口づけをする。

「ん、もうしねえかんな」
「……シズちゃんシズちゃん」
「あー、もう黙って寝ろっつーの」
「まだ!ちょっとだけ待って」

布団に横たわろうとした俺を制止する臨也に若干の苛立ちを覚えながらも、相手は酔っ払いだと自分に言い聞かせる。

「シズちゃんってさ、…その、俺のためにどこまでできる?」
「…お前が思っているよりちょっと多くくらいは出来んじゃね?多分……」

また変な質問を。
でも確かに、どこまでと言われるとよく分からない。例えば、臨也が傷つけられたなら、その相手をぶっ殺すことくらいは軽く出来るとは思う。とはいっても、こいつの場合大抵自業自得だしな。そう考えるとまた難しい。

その前に、だ。酔っ払ってるからといって、普通こんな質問をするものだろうか。俺が臨也のためにどこまで出来るか、なんて。まるで俺の気持ちを試すような。この質問の裏に隠された臨也の真意がぼやけて見えない。疲れて鈍くなった感性では尚更だ。

「ねえ、シズちゃん」
「……いいから、もう寝ろって」
「もう一個、お願い」
「なんだよ。本当にそれが最後か?」
「うん、最後」


「足舐めて」


…………、


「はああああ!?」
「だって新羅が言ってたよ!本来屈辱といえる行為でも、好きな人相手だったら何も苦じゃないって!!」
「あいつは別だろ!足!?なんで!」
「俺だったら絶対嫌だから」

ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。なんだ、こいつは今何を言った?足?足、なんで足?

近所迷惑になるんじゃないかと、理性が無理矢理俺の声を小さくさせる。でも、大声をあげても仕方ないだろう。「キスして」とねだってきた奴が、同じ口で「足を舐めろ」だぞ?わけがわからん。分かりたくもない。新羅、新羅が原因なのか?それならば容赦なく殴りにいくのだけれども。

「やっぱり出来ないんだ?」
「や、ちょっと落ち着け。お前やっぱり一回寝た方がいいわ」
「……シズちゃんって、口だけなんだね」
「そういうのとは今は違うだろ」
「嘘つき。俺のこと、そこまで好きじゃないんじゃん。俺のお願いきいてくれないなら、いいよ。俺帰るから」
「待て。それはだめだ」
「じゃあやれるよね?」

目茶苦茶だ。こいつ実は素面、なわけないよな。酔っ払いの戯言に付き合う必要なんてないし、普段ならば拒否しているところだがこの臨也は、いつもとは違う。この行為の裏に何か意味がある、はずなんだけれど…。

「……やれと?」
「うん!」

良い笑顔だな、全く。まあ、足以上にあれなところを舐めるなんてしょっちゅうだし、今更抵抗はない。でも、こう。冷静な状態で足を舐める、というのはどうしてこんなにも恥ずかしいものか。

僅かに熱を持っている臨也の足を手に取る。這いつくばっての行為は流石に抵抗があるため、少し足を持ち上げて口を近付ける。

どうしてこんなことになったのかは、もう考えない方がいい。いいさ、その代わり明日の夜覚えていろよ。馬鹿臨也。

こうなりゃ自棄だと、足の甲に舌を這わす。足なんて舐められて、はたして嬉しいのかどうなのか。とりあえずこいつを満足させなければと、足首の辺りまで一気に、その次は爪先に向けて丹念に舌を動かす。ぴくん、と何度か小さく跳ねるのは、一応こんな行為でも気持ち良いからなのか。

「シズちゃんって、何気にこういうの上手だよね……」

そうですか。いまいちよく分からないけれど。ただ舐めるのも飽きてきたし、かぷりと親指に噛み付いてやる。丹念にじっくり、唾液を擦りつけるように親指を舐めていると、急に髪が引っ張られ無理矢理顔だけを上げる体勢になった。何か言ってやろうとして臨也の目を睨むと、ふ、と軽く笑ってみせる。

「俺、愛されてるなあ…。シズちゃんにこーんなことしてもらえるなんて、あれだよね?恋人の特権」
「今更かよ」
「残念ながら今更だよ。きちんとした形がないと、気持ちなんて分からないもん」
「……言わなきゃわかんねえか?お前はそんな奴じゃねえだろ」
「確かにね。じゃあ、そうだなあ…。ロマンチックな展開に憧れる年頃なんだ、俺」
「ほざけ。何がロマンチックだよ」

適当な、意味も持たない言葉の応酬。そんなやり取りが楽しいのか、無邪気に笑ってみせる臨也。それすらもその表情すらも、そうか。全部3週間振りか。

電話もメールも、俺からすることはなかったし、臨也も何度かメールを送ってきたくらいでそれ以外は全くといっていいほど連絡を取っていない。

臨也から最後にきたメールの内容すら曖昧にしか思い出せない俺は、もしかしたら薄情なのかもしれないな。普段ここまで酔わないこいつが珍しく自分の限界を超えるほど飲んだ、というのも、もしかしたら全てここに繋がってくるのかもしれない。

……にしたって、足はねえよな。普通。いや、こいつに普通を求めること自体が間違いだ。「俺のことが好きなら、俺に突っ込まれたって大丈夫だよね?」と言われないだけマシ、か。

だんだん俺も感性が鈍くなってきた気がする。

「……シズちゃん」
「なんだ?」
「ご褒美あげる」

がっちり両頬を挟まれる。髪を引っ張られるよりはマシだが、首が痛い。一体なんだと思った瞬間、臨也の顔が眼前に広がり口に柔らかい感触。

自然と目を閉じ、唇に全神経を集中させる。何度か軽く口づけをされたかと思えば、おずおずといった様子で俺の唇に臨也の舌が触れた。このまま口を閉じていたらどんな反応に出るのか気にならないわけじゃないが、せっかくの臨也からのキスだ。やりたいようにさせてやる。

小さく口を開くと、臨也の舌が俺の口の中へと侵入した。さっきまでの謙虚さはどこへやら。俺が受け入れるとわかった途端、元気に舌を動かしている。正直、俺よりこいつの方が上手い気がするんだけれども。

「ぁふ、……はは…きもちかった?」
「…まあな」
「やった甲斐があったかな、っと!」

ぼふん。
本日2度目の体が布団に沈む音。臨也の手によって、押し倒されるような状態で布団に横たわったが最後、急激な睡魔に襲われる。瞬きの回数が増え、体も重くなってきた。眠りの世界へ引き込まれるのも最早時間の問題だ。

「………やべ、なんか急に、眠…」
「いいよ、寝ちゃいなよ」

そう言い、頬にキスをしてきた臨也の瞳にはさっきまでの蕩けるような甘さはなく、いつのまにか普段の鋭さを宿していた。臨也はまだ寝ないつもりなのか、起き上がり俺の上から移動する。ああ、駄目だ。もう限界だ。

「悪い、先寝る…」
「どうぞどうぞ」
「………臨也、」
「ん?」
「素直な、お前もいいな……ちょっとうぜえけど、たまには、いい」

目を閉じて、口だけで臨也にそう言ってやる。訳の分からないことを言ってはくるが、それも素直な臨也を見る代償と考えれば安いものだ。でも、あくまでそれはたまにだから良いのであって、普段のつんけんとした臨也も勿論好きだ。愛してる。


「俺はいつでも素直だよ?シズちゃんが気付いていないだけで」
「……そう、か?」
「うん。仕事お疲れさま。迎えにきてくれてありがとう。まあ、新羅が連絡したんだろうけどさ。嬉しかったよ。ほらね?素直だろう」


お疲れさま


『お疲れさま』

臨也からのメールで、この一通、このフレーズだけが何故か印象深く頭に残っている。たった一行の短いメールが。

あれ。違う、あのメールは本当にそれだけだったか?『お疲れさま』?違う。もっと何かがあった気がする。曖昧だけれども、何かがあった。なんだ、なんだろう。

さっきから感じてた小さな違和感はこれか。一度考えだしたら、全部思い出すまで胸の中がもやもやする。

「臨也、携帯」
「あれ?寝ないの?」
「ちょっと、いいから」
「……まぁ、いいけど。はい」

薄く目を開けながら、携帯を操作する。受信メール、最後にきた新羅の1つ前。それを開くと、確かに『お疲れさま』の文字。俺の思い間違いだったか、と携帯を閉じようとした瞬間、ふとある可能性が浮かび下にスクロールする。

『お疲れさま




やっぱりだ。
あのメールには続きがあった。スクロール出来るということはそういうことだろう。きっと、寝ぼけていた時にこのメールを読んだんだろうな。続きがあること自体忘れていた。

カチカチカチ、ボタンを押していく。


















気付かなくても別にいいけど一応ね。一応

















なんて(^□^)何もないよ











会いたい』




これか。

あの時、このメールを最初に見た時、確かにこの4文字を見た。見て俺は何も返事を返すことなく、携帯を閉じて。なんだそれ、最悪じゃねえか。



「寂しがらせて、悪かったな」

今度は目を開いて、きちんと臨也の顔を見ながら言ってやる。21日間。俺も寂しかった、辛かった。でもその分、臨也も辛くて寂しかったはずだ。そう信じたい。

突然の俺の謝罪に、きょとん、とした顔をしたかと思えば、急に泣きそうな顔をしてみせた。

「……今更かよ、ばか。連絡ないし、俺が一人でどんな気持ちだったか分かる?シズちゃんも仕事大変だっただろうけど、それは分かるけど、俺だって…ちょっと不安になったりさ……」
「……やっぱ、形にしなきゃ通じねえのかもな」
「それは、あれだよ。お互いに素直になりましょうっていうことで」
「そうだな」

新羅と酒を飲んだのは寂しさを紛らわすため。酔っ払ったのも、同じ理由。お願いは、俺の気持ちを試していたと、そういうことか。

「じゃあ本当におやすみシズちゃん、また明日ね。今度は酔っ払いじゃなくて、俺にも優しくしてよ?」

にっ、と笑う臨也の姿を最後に、極限まで迫ってきた睡魔に身を委ねる。酔っ払い。酔っ払いねえ。これまでの行動の真意と、今の発言で、一つの新しい考えが浮かぶ。それが嘘か本当かはどうでもいいことだけれど。まあ、思うことといえば騙されてた、ということだけだ。騙された、多分完璧に騙された。



…………こいつ、初めから素面だったな?








「新羅新羅、聞いてくれよ」
『あれ、君は…一体誰だい?僕のことを気軽に新羅と呼ぶ成人男性に、君のような人はいなかった気がするよ。切っていい?』
「つれないなあ。俺達の仲じゃないか、岸谷くん」
『君が散らかした部屋の掃除がまだなんでね。折原くん』
「悪かったって。だってお前くらいしか本音話せる奴いないからさぁ。それがちょっと感情を伴っちゃっただけじゃん。ちょっと暴れちゃっただけじゃん」
『本音、っていうかただの愚痴だったよね』
「気にしなーい」

背後で、いびき一つかかずすよすよ寝ているシズちゃんを起こさないように、ベランダから新羅に電話をかける。まだセルティが帰ってこないのか、若干声のトーンが低い。それ以外にも原因はあるんだろうけれどそれには知らない振りをした方がいいだろう。俺は何も悪くない。

軽く酔うだけで良かったのに、いやはや酒というものは恐ろしい。新羅の家にいた時の記憶は全てあるけれど、あれはもう俺じゃなかった。溜まっていたものを全て吐き出せたから満足だけれども。

「シズちゃんねえ、俺の言うこと聞いてくれたよ」
『それはまた。何を言ったんだい?』
「キスでしょー。その次はね、足を舐め」
『はいストップ。……え、本当に実行したの?正気?いや、僕も屈辱がどうの言ったけどさ』
「酔ってたから」

嘘だけど。本当はシズちゃん家に着いた時には完璧に酔いから覚めていました。あれだけ冷たい風に当たっていれば、普通は覚めるというものだ。シズちゃんには気づかれないように演技をしていたけれど、相手はシズちゃんだ。多分バレている。

『言い訳にならないと思うよ、それ』

新羅の溜め息に笑い声で返答してやれば、呆れた口調が返ってくる。

『そんなので図らなくても、彼、臨也のこときちんと好きだって。だって結果として静雄はそんな君の願いを聞いたんだろう?』
「…そうだね」
『静雄もああ見えて君のこと大切に思ってるから、試すとかそういうのはさ、もう止めた方がいいんじゃないかな。ま、僕とセルティの絆には負け』
「切っていいか?」
『ひどい!』
「はは、冗談。でも、もう寝ようかな。おやすみ新羅」
『もう、自分の用件ばっかりなんだから!おやすみ臨也』

電話を切ろうと、ボタンを押しかけたと同時に「あ」と新羅から声があがる。

『僕からもう一つ』
「なんだよ」
『もう君とは絶対お酒なんて飲まないからね!』







じゅうじゅう、と何かを焼く音と屋根に当たる雨の音で目が覚めた。時計を見ると7時ちょっと過ぎ。シャワーに入ろうかと起き上がると、見慣れた服を着た臨也がフライ返し片手に近寄ってきた。

「あ、起きた?おはよ」
「……それ、俺の服じゃね」
「ん?気にしない気にしない」
「や、まあいいけど」

それだけ言い臨也が再び台所に戻ると、今度はざくざくと何かを切る音が聞こえてきた。朝ご飯でも作ってるのだろうか。ふらりと、後を追いかけ臨也の後ろから料理している様を見る。俺もこいつも、特別料理が上手なわけじゃないけれど、それでも臨也の作る料理はとびきり美味そうに見える。

「つーかお前、寝たのかよ」
「それなりには?はいあげる」
「ん、………もう少し塩」
「はいはい」

口に入れられた野菜炒めを咀嚼し、飲み込む。うん、飯が楽しみだ。

急いでシャワーに入ろうかと脱衣所に向かう途中、何気なく窓の外を見てみる。

「土砂降り、だな。仕事休みで良かったよ」
「土砂降りってことは、外に人は全然いないのかなぁ」
「だろうな」

きっと、お互いに慣れないことをしたから雨が降ったんだ。せっかくの休みなのに雨とはついていない。今日一日、何をして臨也と過ごそうか考えながら、丁寧に畳まれているスウェットと臨也の服を拾い上げる。とりあえず洗濯と、シャワーだな。雨の音を聞きながらそんなことを考えていると、突然臨也が「そうだ!」と声をあげた。

「今日はデートでもしよっか!」
「雨だぞ」
「だからだよ」
「わけわかんね」
「シズちゃん」

振り返ると、台所から顔を覗かせにやりと笑う臨也と目があった。この笑顔は、要するに。




「シズちゃん大好き愛してる。ねえ、シズちゃんもそうだよね?俺のこと好きなら、それくらいいいよね?お願いきいてくれるよね?」


大好き、愛してる。ああ、くそ。本当、なんというか嬉しい。


「………仕方ねえな……」
「久しぶりに池袋の街満喫だー。やったね」


…こんな時ばかり素直になるなんて卑怯だろ、ばか。


これだから恋というヤツは





カザイ様で『シズ→イザ寄りのシズイザ。静雄を振り回す臨也』でした!

リクエストに『女王様臨也、もしくはデリ日々で好意を逆手にとって跪かせ足を舐めさせる』とあったので、静雄に臨也の足を舐めさせました。ぺろっと。

シズ→イザというか、シズ→(←)イザというか。

新羅宅での臨也は、相当酷かったんだと思います。お酒飲んだことないので、分かりませんが、あの新羅が半泣きになるくらいなので多分、相当感情を爆発させました。


リクエストいただいてから、長らくお待たせしてしいすみません。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


ぱちぱち


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