最近、取り立ての仕事が忙しくなってきた。暇で仕事がないよりは確かにいい。それにしても、だ。

今まで週5あるかないかだった仕事が急に週7になり、とうとう社長に3週間の連勤を言い渡された時には、流石の俺でも死を覚悟した。

トムさんが必死に自分の休みと俺の出勤日を交換するよう頼んでくれたのだが、社長のボディーガードが主な仕事らしく、俺以外には頼めないのだとあっさり断られ成す術なし。

正直な話、反抗したかった。法律的に考えて21連勤って危なくないか?というか普通におかしくないか?とも、そりゃまあ思った。でも俺達のやっている仕事も法律スレスレだし、何より俺を拾ってくれたトムさんの顔は死んでも汚したくない。社長も、うん、こんな俺を雇ってくれた人だし多少の無理なら我慢する。21連勤が多少かどうかと聞かれたら「んなわけねーだろ」と即答するだろうが、その矛盾は置いておこう。考えるだけ無駄なことも世の中にはある。

社長と不安気に俺の顔を覗き込むトムさんに無理矢理笑顔を作り「大丈夫っす」と胸を叩いてみせたのが、今から3週間前。




長かった21連勤を終え、明日はとうとう待ちに待った3週間振りの休み。俺に気を遣ってくれたトムさんが、自分の休みを犠牲にしてまで4日間の休暇をくれた。「たまにはゆっくり休めって。後輩が辛い時に助けるのが先輩ってもんだべ?」とまで言ってくれたトムさんの心遣いと、それにこくこくと頷くヴァローナの好意に素直に甘える。

いくら普通の奴より疲れにくい体だとはいえ、心までそういうわけじゃない。21連勤、これで一日の勤務時間が3時間だけだったならまだ耐え切れたと思う。でも当然そんな甘い話があるわけなく、朝から晩まできっちり仕事仕事仕事。最近はもう、朝起きるのが憂鬱で仕方なかった。この連勤中で壊した時計の数は考えたくない恐ろしい。


そんなことを考えながら、頭の上に広がる夜空を見上げてみた。真っ黒なその空に、それ以上に黒い印象を持たせる恋人の姿を連想させる。

……そういえば、もうずっと臨也に会ってねえな。

仕方のないことだけれども、3週間。3週間も臨也に会っていない。触ってもいない、声を聞けてもいない。『お疲れさま』というメールにすらろくに返信出来ないくらい疲れて帰ってきて、その上一番の癒しだった臨也にも会えない。この3週間で一番辛かったのはそれだ。今の俺には間違いなく臨也が足りていない。

柄にもなく、臨也に会いたいという気持ちが日を経つごとに膨らんでいる。会いたい見たい聞きたい触りたい。


そんな気持ちを抑えて、仕事で疲れた足を引きずりながら俺は今、家とは別方向にあるとあるマンションの前にいた。

階段を上り、目的の部屋の前にたどり着く。夜だというのに扉越しに響く甲高い声。近所迷惑を考えないのかと思ったが、別にここは俺の家じゃないし、ここの主が普段近所からどんな目で見られているか簡単に想像がつく。今更大声だけで近所からの評判が落ちることもないだろう。もう手遅れというやつだ。

立ち止まっていても仕方ない。インターフォンを鳴らすと、ドタドタと賑やかな足音が2つ。子供じゃないんだから家の中くらい静かに歩けよ、なんて常識めいたことを考えていると、ガチャリと扉が開いた。

「はい岸谷ですよー!ってあれえ?シズちゃん?なんで君がここにいるの?」
「…た、助かった……」

勢いよく開かれた扉から、これまた勢いよく飛び出してきた2人に圧倒されながらも、どうにか俺は口を開くことに成功した。多分誰もが疑問に思い、この場に相応しい一言を。

「……なんで、そうなった?」




「新羅とねえ、久しぶりに飲んだんだよ」
「それ、さっきも聞いた」
「シズちゃんも来れば良かったのにねー」
「だから今の今まで仕事だったんだっつーの」

俺の背中に乗りながらケタケタ笑う臨也のご機嫌っぷりに軽い苛立ちを覚えつつ、新羅宅で起こっていた悲劇を思い返す。

今日は朝からセルティが仕事でいなかったらしく、一人暇を持て余していた新羅に臨也が『今から行ってもいいか』と連絡したらしい。そこで断ればいいのに、『うんいいよ!』なんて返事をした新羅にも問題はあると思う。こいつと何年も一緒にいたら、いい加減分かるだろう。臨也が何かに誘う時、それは絶対厄介事がついて回る、と。

まぁ、かといって最初は普通だったらしい。夜だし、久々にと数本酒を買ってきた臨也と二人、適当に飲みながら世間話や昔話に花を咲かせていた。問題はここから始まる。そろそろお互いに酔いが回ってきたという頃に、突然臨也が豹変したそうだ。

普段の澄ました態度からは想像もつかない乱れよう。いきなり泣きだし、笑いだし、くっついてきて、手に負えなくなった新羅が必死の思いで助けを求めたのが仕事中の俺。1時間近く前から助けの連絡を寄越してたらしいが、仕事中だ。気付くわけがない。

『しずおいざやはやくきて』という文を最後にぱったり止んでいたメールを見て、慌てて新羅の家に行くと、ご覧の有様。酔っ払った臨也を背負い、新羅宅から帰ろうとした時『臨也のばか!』と半泣き状態で新羅が言い放ったのを『またね』と返した臨也は、多分相当達の悪い酔い方をしている。

「でもさ、なんで君がきたの?仕事忙しいんじゃないの?」
「さっき終わったんだよ」
「もう、仕事仕事って、仕事と俺どっちが大切?なーんて……でも、久しぶりにシズちゃんに会ったなあ…。ね、久々ー」

そう言いながら頬を背中に擦りつけてくる臨也に、普段の臨也からは考えられない素直さを感じ、愛しさが込み上げてくる。いつもこれくらい素直だったら、俺も仕事より臨也を優先していたかもしれない。あくまで可能性の話だけれども。

「悪いな」
「シズちゃんが素直に謝ったから、明日は雨だね」
「喧嘩売ってんのか」
「まさか。でも明日雨降ったらシズちゃんの仕事休みになるかなー?次いつ休みなのさ」
「あ、そうだ。今日からな4日間仕事休みなんだよ。これでお前と少しは一緒にいられるな」
「え!!」

声のトーンが数段上がる。あからさまに喜んでんじゃねえよ、と心の中で悪態をつきながら今はこの素直な酔っ払いとの会話を楽しんでもいいんじゃないかと思えてきた。だってほら、なんつーか、こいつ可愛い。

「それを早く言ってよ!目的地変更、シズちゃん家に向かって」
「はあ!?それこそ早く言えよ!てめえの家と逆方向だろうが!!無駄に歩かせんな!」
「うう…うるさい……素直に俺の言うこと聞いてろよ…。可愛くないシズちゃん…」
「んだと!!」

……やっぱり可愛くねえ。






「ん、着いたぞ」
「ご苦労様」

ぼふん。
引きっぱなしだった布団にダイブする臨也は、まだ酔いが覚めないのか頬を赤らめながらふにゃふにゃとした笑顔を見せる。これがこいつの素、なわけないか。いつものつんけんした顔もいいけれど、たまのたまにはこんな顔を眺めるのもいい。

コートのまま布団に寝そべる臨也は、仰向けの状態で立ったままの俺をじっと見上げている。なんだ、と首を傾げると笑顔を少し崩してみせた。どっちにしろ、表情から普段の鋭さは見当たらない。

「いつも思うけど、この布団固い…」
「いいんだよ。文句言うな」
「でも背中痛いんだよー?」
「じゃあ次からお前が上に乗ればいいだけの話だろうが」
「……シズちゃんのえっち」

適当に臨也をあしらいつつ、黒いコートを脱がす。別に変な意味とかじゃなくて、部屋の中でコートを脱ぐのは普通だし、暑いかもしれないし。もう一度言うが決して変な意味ではない。コートを脱がすという大義名分を使って、ただ触りたいだけだった、なんてことがあるはずがない。

「……今日はしないの?」
「してほしいのか?」
「あ、それ俺に聞いちゃう?シズちゃんはしたい?したくない?」
「……した」
「くないのね、分かった分かった。俺も疲れてるし、今日はやめようか」

くそう。こいつ分かってて聞いてきたな?かといって、俺も疲れてるしあまりノリ気じゃない。なんかもう、とりあえず寝たい。風呂は明日の朝入ればいいし、飯もこいつは新羅家で食べただろうから用意する必要もないだろう。俺も別に腹が空いてるわけじゃないし、一食くらい抜いたところで何も支障はない。体を動かさないでいいなら、そりゃ喜んで食べるし風呂に入るし臨也ともするのだが。

「…俺は別にいいよ。しなくても生きていける」
「えー、本当にいいの?溜まってないの?」
「溜まってるっつったらどうにかしてくれんのかよ」
「やだねー」

だったら期待させんじゃねえよ。馬鹿が。

「ま、いいよ。ヘタレシズちゃん、せめて一緒に寝よ?」
「それ、俺の布団だしな」
「細かいことは気にしない。ほらほら」

そう言って手招きする臨也の誘惑に負けそうになるが、ぐっと堪えて背を向ける。せめて服を着替えなくてはと、出かける前に用意していたスウェットを臨也の顔目掛けて投げつけてやる。見事命中。布だし、俺の力でも威力は全くないだろう。

「んぶ」
「着替えてから寝ろよ。今俺も着替えてくっから」
「…はーい」
「よし」

かちゃかちゃとベルトを外し、臨也は着替える気満々だ。俺も着替えようと、隣の部屋へ移動する。


改めて考えると、だ。俺はこいつと酒を飲んだことなんてないし、勿論ここまで酔っ払った姿を見たこともない。これだけ素直になるんだったら、いつか飲ませてみるのもいいかもしれないな。

と、そこまで考えて半泣きになった新羅の顔が浮かぶ。今はピークを超えたからこれくらいなだけで、本当はもっともっと厄介なのかもしれない。

「…ま、いいか」

それを受け止められるかは、あれだ。愛の強さ。いや、分からないけれど。

適当にスウェットを引っ張りだし、着替える。バーテン服もいいけれど、さすがに着ては寝られない。着替え終わったところで臨也の元へ行くと、頭から足まで布団に潜り大きな芋虫状態になっていた。

「なんだよ、寒いのか?」
「体はあっつい」
「じゃあ布団貸せ。俺も寝んだからよ」

一人で布団を全部取られたらたまったものじゃない。そう思いながら声を掛けたのだが、俺の予想とは裏腹に布団をずっぽり被りながら起き上がった。顔だけ出すその姿は蓑虫そのもの。意地でも布団を離すつもりはないらしい。

「布団くらい貸してよ」
「貸すも何も一緒に寝んだから関係ねえだろ。1枚しかないんだから、お前が俺にくっついて寝りゃいい話じゃねーか」
「…そんな台詞をさらりと言っちゃうなんて、シズちゃんいつからそんな子に……」
「事実だろうが」

結局夜中になったら寒い寒いと俺に抱き着いてくるんだ。しかも毎回。だったら予めくっついていた方がいいだろう。……何度だって言ってやる。決して変な意味はない。

「いいよいいよ。布団は半分あげる。じゃあ代わりにシズちゃん、お願い聞いて?」
「なんだよ。死なねえぞ」
「違うよ。もっと純粋なお願いさ」

布団は諦めたのか、ずるずると落ちる布団に構うことなく俺の方へと寄ってきた。しゃがみ込み同じ目線になってやると、にっこり意地の悪い笑みを浮かべながら、挑発的な一言を吐いてみせる。


「キスして」





ぱちぱち


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