修学旅行。
高校生活最大のイベントであるこの旅行の重要な事柄を、たった今決めている。俺の目の前には苛立ちを隠そうともしない静雄。その横には頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべている岸谷。普段この輪の中にいる臨也は教室の隅で奈倉と話している。

この大切な場面を臨也に見られては困る。奈倉に少しの間でいいから臨也と一緒にいてくれと頼んだのは、どうやら正解だったようだ。臨也は奈倉との会話に夢中でこっちを見向きもしない。当の奈倉はさっきから俺の方をちらちらと見て、早く助けてくれと訴えている。「ねえ、それさっき言ったよね?君は馬鹿なの?」そんな臨也の声さえ聞こえてきた。

奈倉を犠牲にしてまで俺達3人が何を決めているかというと、修学旅行で泊まるホテルの部屋割りだったりする。本来ならば4人で一部屋に泊まれたらよかったのだが、生憎一日目に泊まるホテルで用意された部屋は2人部屋。

岸谷曰く「僕は誰でもいいよ」静雄曰く「臨也」。そして俺はというと、答えは静雄と同じ「臨也」だ。何故か、理由は簡単。臨也のことが好きだから、これに限る。修学旅行で一晩とはいえ臨也と同じ部屋で過ごすというのはかなりのチャンスだ。

しかし問題なのは、静雄も俺と同じく臨也に思いを寄せているということだ。静雄の見え見え(周りのクラスメイトでさえ気付いている)なアプローチにも気付かないくらい臨也は鈍感だ。そんな臨也に想いを伝えるには直球でなくては届かない。

本来ならば長くゆっくり時間をかけて、いやむしろこの想いを伝えなくても臨也の近くにいれればそれでよかった。それなのに俺のそんな考えを否定するかのように、静雄が修学旅行中に臨也に告白するらしいという情報を岸谷からもらった。岸谷からの情報に嘘はない。

「門田くんも頑張ってね」そう岸谷に背中を押され、俺もこの修学旅行中に臨也に告白しようとしている。ただし、自由行動時は静雄の邪魔が入るだろうし、もし静雄と臨也が同じ部屋になってしまえば、どうしようもなくなってしまう。

「平等にさぁ、じゃんけんすればいいじゃない」

無言でただ睨み合うだけの俺たちに見兼ねたのか岸谷が呆れたような口調で言う。だが顔には笑顔が浮かんだままだ。それも幸せそうな。まるでこの状況を楽しんでいるかのような笑顔を見て、こいつはこいつで何を考えているんだかなと思う。

「いや、男らしく殴り合いでいいだろ」
「静雄さ自分の力分かってる?」
「理解した上でだよ。門田タイマンはろうぜ」
「断る。」

静雄のギラギラと光る目には明らかに殺意が滲んでいた。俺はまだ死にたくない。今ここで死んでしまっては、間違いなく静雄に臨也を取られてしまう。それだけは絶対に阻止しなければ。再び無言になる俺らにいい加減愛想を尽かしたのか、岸谷は笑顔を僅かに歪めて溜め息を吐いた。

「漁夫の利、僕が臨也と同じ部屋になれば万事解決」
「ふざけんな」
「それは駄目だ」

静雄とほぼ同時に出た言葉に岸谷は驚いたように目を開いて、静かに溜め息を吐いた。

「もう!口だけは達者なんだから!じゃんけんしなよ!ほらっ、じゃーんけーん」
「そんなことで決めれっかよ。門田、やっぱタイマン…」
「だっさなきゃ負けよー、じゃーんけーん」
「出さなきゃ負けとか、ずるいだろ!あぁ、もう…くそ!」





「臨也」
「ん?何?」
「修学旅行、俺と同じ部屋でいいか?」
「え、ドタチンと?うん!大丈夫、っていうか嬉しいな」

視線で人が殺せるのならば、きっと俺は5回くらいは死んでいるだろう。そのくらい殺意の篭った視線を背中に感じながら、それでも俺は安心していた。これで、なんとかなるかもしれない。





そして当日。
まぁ、酷かった。何がというともちろん静雄が。修学旅行先で問題を起こしては、学年全員、何百人もの人間に迷惑がかかると分かっているらしく力を使うことはなかったが、その分おかしな方向へ暴走し始めた。岸谷の言葉を借りると「シズデレ」。

何かあるごとに「臨也」「臨也」「臨也」。元から臨也の方は「シズちゃんシズちゃん」とうるさかったが、そんなのとは比べものにならないくらいに静雄は臨也にベタベタだった。

例えば「殺し合いは出来ないから大食いしようぜ」「いいよ」と何か勝負事をしだす。その中に俺が入る隙間なんて存在しない。臨也も臨也で楽しそうだったし、なんだかなあと思う。そんな俺を見て静雄が勝ち誇ったように笑って、その繰り返しだ。

だから夜になり、消灯の時間になってようやく臨也と二人になれた時には精神的な疲れがどっと溢れた。

長かった。本当に長かった。ベッドに腰掛け一安心する。これでもう邪魔は入らない。隣の部屋からガタガタと音がするが、完全無視。静雄が苛立ちを抑えられず、何かしているのだろう。昼間の仕返しだ。それにしても、臨也と二人きりなんてもしかしたら初めてかもしれないな。

「ドタチーン、俺今着替え中だからこっち見ないでね。あ、嘘、見てもいいよ」
「なんだよそれ」

とか言って見てしまうのは男の性だ、仕方ない。灰色のパーカーに半ズボン。見える足は俺とは比べ物にならないくらい細い。しかも白い。女と同じくらいか、下手したらそれ以上に細いだろう。こいつは何を食べて生きているんだ。

「細いとか思ってるんでしょ?」

不意に顔を覗きこまれて、かなり焦った。確かにその通りなんだけれど、それ以上にその行為には問題がある。顔を上げればすぐ目の前に臨也。シャンプーの香りかなんなのか、ふわりといい匂いが鼻をくすぐる。

……俺くらいの体格ならばこの細い体、一瞬で捩じ伏せることが出来るだろうな。そのまま後ろのベッドにでも押し倒すことも、むしろそれ以上だって。邪魔をする奴は誰もいないんだ。やろうと思えば簡単に出来る。


そこまで考えて我に返った。今、俺は何を考えた?

「ん?ドタチン、どうしたの?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。悪い」
「別に謝ることはないけどさあ。…変なドタチン」

本当、今日の俺は何か変だ。静雄と臨也のやり取りを見て焦ったにしても少しおかしい。今だって、何処を見ていいのか分からなくて、必死に臨也から目を逸らしている自分がいる。

臨也を見ていたら、また良からぬことを考えてしまいそうになる。二人きりという状況と、冷静じゃない頭が早く既成事実を作ってしまえと囁いていて。心の中でぐるぐるもやもやと良心と汚い欲が葛藤していると、すねに何かが当たった。足元を見ると、臨也が俺の足を蹴っている。

「……なんだ」
「なんか、ドタチン怒ってない?」
「……別に怒ってねえよ。昼間お前らと一緒にいたからな。ちょっと疲れただけだ」
「えー、何それ。俺のせい?元はといえばシズちゃんがね、」

そうやって、やっぱり最後には静雄の話になるんだな。怒ってもいないし、楽しみたいとも思う。でも、これじゃあどうしようもないだろ。

臨也、お前気付いてるか?

今とても嬉しそうだぞ。





すうすうと寝息が聞こえる。隣りのベッドでは、ようやく昼間の疲れが回ってきたのか臨也がぐっすりと眠っていた。ちょっとやそっとじゃ起きないだろう。そんな臨也を横目に、薄明かりの中黙々と読書に耽る。気持ちを落ち着かせるには本が一番だ。静雄のことも、臨也のことも、腹の中で燻るドロドロとした感情も全て忘れさせてくれる。


本のストーリーは、実の姉に恋をした弟視点で語られる切ない恋物語。男同士とも引けを取らない関係、ましてや片思いということもあり主人公の考えや葛藤には頷けるところが多々あった。

ぱらり、とページをめくる。

「……は、」

ドキリ、と胸が跳ねた。本の中では情欲を我慢出来なくなった主人公が、寝静まった姉を襲っている。あんなに大切にしていた姉をだ。弟の頭の中にあるのは、今はもう汚い性欲だけ。触りたい、抱きたい。ただそれだけだ。エスカレートしていく弟の行為に目を覚ました姉は、泣いて喚いてそして。

そこで本を落としてしまった。思いがけない大きい音に、臨也が起きてしまったのではないかと不安になるも、すうすうと幸せそうに眠っている。

ほう、と胸を撫で下ろしながら、妙な高揚感を覚えている自分に気付いた。そして邪な感情が頭の中を駆け巡る。少しくらいなら気付かないんじゃないか。少しくらいなら。目を覚ますほど激しくなければ、また何事もなかったかのように振る舞えば。今は静雄もいない。やるならば今だ。今しかない。こんな絶好のチャンスは今だけだ。

……馬鹿か、俺は

そんなことをして何になるんだ。それにもし気付かれたりなんかしたら、それでこそ泣いて、喚いて、大変なことになる。嫌われるなんて話じゃない。

今日を何事もなく過ごそう。いっそ寝てしまえばいい。そうすればこんな汚い感情も忘れられる。そしたら、いつものように臨也は笑って、そして。


嬉しそうな笑顔で静雄の話を始めるのか。


ドロリ、と嫉妬がこぼれた気がした。





気付いた時には、目の前に臨也の顔があった。すやすやと無知であるが故の幸せそうな寝顔にさえ憎しみが沸いて来る。もう、これは恋なんて綺麗な感情なんかじゃない。臨也が欲しい、取られたくない。静雄に渡したくなんかない。

ずっと辛かったんだ。静雄に笑いかける臨也を見るのが、どうしようもなく辛くて。それが今爆発した、それだけのこと。

「臨也」

名前を呼んでも、俺に返事をしてはくれない。寝ているのだから当たり前なのだけれど、返事をしてくれなかったという結果だけが頭に残る。本当、今日の俺はどうかしている。それを分かっているのに止められない。

いっそ初めからこうしていればよかったんだ。赤い唇の隙間に親指を滑らせる。口内へと侵入した親指を、何も反応しない舌に絡ませてみる。軽く指の腹で押してみると、生暖かい唾液と共にくちくちと音がして、それだけで頭の中が真っ白になった。

「いざ、や」

起きてほしいし、起きてほしくもない。指を引き抜くと、唇と指とに透明な糸がかかった。それがぷつり、と切れたのにさえ、欲情している自分がいる。もう耐え切れない。どうせ手に入れないのだから、少しぐらい。

臨也の睫毛がふるふる震えた気がしたが、どうでもいい。額に、頬に、キスをする。その度に小さく喘ぐ声がしてようやく顔を上げると、臨也が怯えた様子で俺を見ていた。そうか、起きてしまったのか。

「ドタチン……なんで?」
「…さあな」

お前が好きだからだよ。気付けよ。伝えても臨也の心がそれを受け止めてくれないのなら、俺は何も伝えない。分からないのなら、そのままでいい。ドロドロの感情は浄化されることもなく、次から次へと溢れてくる。

「……ドタチン、やっぱり怒ってんじゃん。こんな嫌がらせするくらいなら、直接言ってくれないと分からないよ……」
「嫌がらせ…?」

嫌がらせだと思われているのか。それは心外だ。気付いてほしくないのに、いざ勘違いされると言い知れぬもやもやが胸を支配する。自分勝手もいいところだ。

「違う」
「だって、現に今ドタチンは、」
「そうじゃない」

言いながらパーカーのチャックを下ろすと、臨也はぎゅっと目をつぶった。

「抵抗しないのか…?」

このまま何をされるか、こいつは分かっているのだろうか。分かっていて、何故抵抗しない。今もさっきも、友人と信じていた相手からこんなことをされてどうして平気でいられるんだ?泣くことも、罵倒することもない。一体どうして。

悶々と考える俺に、臨也はぎこちなく笑ってみせた。

「ドタチンのこと、信じてるから……大丈夫…」こんな小さい体、今すぐにでも襲える。それなのに最後の一歩が踏み出せないのは、自分の想いを突き通すよりも心のどこかで臨也を思う気持ちの方が大きいからだ。ようやく後悔の念が俺を襲う。臨也を相手に、俺は何を。

拳を握り締める。一度、気持ちを落ち着かせるために長く息を吐いて、そして思い切り自分の頬をぶん殴った。一切の手加減はない。口の中に血の味が広がったが、自分のしたことを思えば可愛いものだ。

「悪かった」

謝ったところで許される問題ではないし、もう取り返しのつかないことをしてしまったという自覚もある。それでも頭を下げて謝ると、臨也は安心したかのような笑顔を俺に向けてきた。

「…元に戻った」

そう嬉しそうに笑う臨也に胸が痛んだ。それでもそれ以上謝らなかったのは、あれも俺の本音であり、臨也への思いだったからだ。臨也から離れ、自分のベッドへ戻り座る。嫌われても仕方ないと思う一方で、嫌われたくないと思っている自分がいて、どうしようもない嫌悪感が襲ってきた。

「大丈夫だよ」

自責の念に駆られながら俯いていると、臨也の諭すような声が俺へと向けられた。その声は不思議と普段と変わりのないもので。普通もう少し落ち込んだりするのではないかと思っている俺に、臨也は口を開いた。



「ドタチンも溜まってるんだね」



「………はい?」
「俺はよく分からないけど、すごく辛いんでしょ?」
「え、なんて?」
「実はねシズちゃんも、同じように迫ってきたことあるんだよ。同じように『欲求不満なの?』って聞いたら、どっかに行ったけど」

色々ツッコミたいことが多くて、今与えられた情報を頭の中で処理出来ないでいた。それでもかろうじて『欲求不満』という単語が聞こえ、頭の中で咀嚼する。

要するに友人から襲われたということは、臨也の中では驚くに値しなくて。むしろ、性欲のはけ口に利用されてるくらいにしか思ってない、のか?というか静雄がなんだって?

「ドタチン、怒ってるみたいだったから嫌がらせかなあ、って思ったんだけど、修学旅行だしね。しょうがないよ」
「……静雄には、何されたんだ?」
「ちょっと口舐められた」
「お前は…!!もう少し貞操観念をしっかりしろ!おかしいぞ!俺が言えた義理じゃないが」
「だって、新羅にもキスされたりするよ。新羅はほっぺとかだけどね」
「はあ!?」

突然の事実に頭が混乱を通り越して爆発するかと思った。とりあえず一言、岸谷は何をやっているんだ。

怒ればいいのか、どうすればいいのか迷っていると突然携帯が鳴った。こんな時間に誰かと画面を見ると表示されているのは着信中と静雄の文字。すごく出たくない。でも隣からドンドンと壁を叩く音が聞こえ、渋々電話に出る。

「…もしもし」
「門田、お前明日死刑な」

どすの利いた声でそう言われ、目の前が暗くなる。というかタイミング良すぎねえか?

「あははー、門田くんもなかなかやるねえ」

静雄と代わったのか岸谷の声が携帯から聞こえ、さっき臨也から言われたことを思い出す。岸谷にキスされた。それはどういうことだ。だってこいつには好きな女がいたはずじゃ。

「君が何をしたのか、大体分かるよ。知ってる?今の携帯ってテレビ電話っていう機能があってね?君達が見える位置に、携帯をセットしてずっと通話中にしてたら、ね」

あはは、と軽快に笑いながらとんでもないことを言い出す岸谷に冷や汗を掻きながら、慌てて辺りを見渡す。無いように見えるのだが。あいつら一体何処に隠しやがった。

「ま、僕としてはおいしいものが見れたから万々歳かな。あんなことを臨也が言えるなんてね。正直萌…驚いたよ。僕がキスしても嫌がらないし、静雄がキスしたらすっごく嫌がったらしいし」
「うるせえ黙れ」
「事実じゃないかいたたたたた。もう、全く!暴力は良くないよ。元はといえば僕が提案したっていうのに!…じゃあおやすみ、門田くん。明日からは4人部屋だからね。変な気は起こさないように。いや、起こしてくれた方が嬉しいんだけどってあっ!静雄!」
「明日、絶対に殺すからな」

静雄の物騒な台詞を最後に電話は切れた。なんだってんだ一体。

一言も話さない臨也を心配になって見てみると、何事もなかったかのように再びすやすやと眠っていた。もういっそ、思い切り泣いたら楽になるのかもしれないな。あ、本当に涙が出てきた。

もう、俺にどうしろっていうんだ!







大変お待たせしました。

キリリクドタ→イザでした!勝手に静→臨要素いれてしまいすみません…(∵ )

でも書いてて楽しかったです!ドタチンが若干(?)不憫ですが…。そして臨也さんから漂うびっちな香り。新羅はちなみに腐男子設定だったりします。


ではではリクエストありがとうございました!





ぱちぱち


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