「で、何処に行くんだよ」
「んー、特に決めてないって言ったら怒る?」

臨也に引っ張られるまま学校を後にした俺は、臨也と二人ぶらぶらと当てもなく池袋の街を歩き回っていた。

手を繋いでいるせいか周囲の視線がチクチクと痛い。しかし、そんな好奇の視線に臨也は特に気にする素振りを見せず、ひたすら前へと歩き続けている。それならばと俺も気にしないことにしたが、決して気分の良いものではない。目を細め、少し睨んでやるとそれだけで周りの奴らは俺達から視線を逸らした。最初からそうすればいいんだよ。うざったい。

それにしても、どういう心境の変化だろう。あの臨也が俺の手を握っている(それも俗に言う恋人繋ぎ)だなんて、まるで夢でも見ているようだ。

だって、そう思ってしまうほど今までの俺達の関係は純粋で。でもだからといって嫌なわけじゃない。むしろかなり嬉しい。嬉し過ぎてやばい。今この場で、この喜びを声に出して叫びたいくらいには嬉しい。

「……別にいいけどな」
「よかった。じゃあ着いてきて」

本当によかったと思っているのかいないのか疑問に思うほどあっさりした臨也の返答に頷きを返す。着いてきて、といっても目的地なんてないくせに。ぶらぶらとこのまま歩いて、結局臨也はどうしたいのか。デート、にしては妙だ。何か考えでもあるのだろうか。






「臨也」
「ん?」
「手さ、」
「あぁ、…離してほしい?」
「いや、このままでいい」

折角手を繋いでいるんだ。臨也の温もりをもっと感じていたい。でも、握られたままの手がじんわりと汗を掻き始めて、どうしていいか分からなくなってきた。

身体は寒いはずなのに、手だけが熱を持って変な感じだ。もぞもぞと手を動かすと、離すどころか尚更指と指を絡められ、ドキリと胸が高鳴る。本当今日のこいつはなんなんだ。可愛いにもほどがある。

ぎゅ、と痛まない程度に力を込め手を握り返すと、臨也の手が僅かに強張った。力加減を間違えたかと力を緩めようとした瞬間、再び臨也の手に力がこめられる。


本当どうしよう。こいつが愛おしくて辛い。胸が締め付けられる感覚に襲われながら、全神経を手の平に集中させる。臨也の温かさをほんの少しだって逃がしたくない。


「……さ、散歩ってのもさ、なんかいいよね」
「中学生みてえだとは思うけどな。もしくは老夫婦」
「何が言いたいわけ?……って違う違う、えっと……」

珍しく歯切れの悪い臨也の言葉に耳を傾けていると、突然臨也の足が止まった。つられて俺も足を止める。手は俺から離れることなく握られたままだ。

振り返った臨也の顔は驚くほど赤くなっていて、本当にそれは寒さのせいだけかと疑ってしまう。「あ」だの「う」だの言葉にならない声を漏らしながらはくはくと口を開閉する臨也を黙って見つめると、意を決したように臨也は目を閉じた。握る手にも力が入る。

「シズちゃん…さ、今日、誕生日だよね」
「覚えてたのか」
「もちろん」

まぁ、だろうな。
忘れていたなんて冗談でも言わせない。

「奈倉がさ、言ってたんだよ。俺の誕生日だから臨也は今日学校にこないんだって」

言ってから、少しだけ後悔した。何か臨也にも事情があったかもしれないのに。でも、やっぱり気になるんだ。どうして臨也が学校を休もうとして、そしてその理由がどうして俺の誕生日だったのか。

臨也が今どんな表情をしているのか。無意識に逸らしていた視界の中に臨也を再び捕らえるも、俯いていて表情がよく分からない。責められたとでも思ってしまったかと不安になったが、それにしては手を離す気配はない。

「いや、来たからいいけどな。なんつーか…、悪い」
「……準備してたんだよ」
「は?」

準備。準備とは何のことだろうか。俺がそれは何かを尋ねるよりも早く臨也が口を開いた。にっこりと、穏やかな笑顔を見せながら。

「心の準備」

多分、天使の微笑みとはこんな表情のことを言うんだろう。そう一人で納得してしまうくらい、今の臨也からは普段身に纏っている負の印象を全くといっていいほど感じない。ただ純粋に、目の前にある事象全てを愛おしく思っているような。そんな静かで優しい笑顔。

予想外の表情と言葉に反応出来ずにいると、ぐいと前に手を引っ張られた。

「……シズちゃん、目的地決定。俺の家行こ。誕生日プレゼントあげるから」
「………おう」

目的地が決まれば後ろを着いていく必要もないだろう。大股で臨也の横まで移動し、歩幅を調節して臨也の隣を確保する。よし、これでいい。

真昼間から手を繋ぎ歩く男子高校生2人組。なかなかインパクトのある光景だとは自分でも思う。さっきよりも周囲の視線が痛くなってきた気がしないでもないが、いちいち構ってるのもいい加減面倒だ。完全無視。

「我が儘言ってるのにシズちゃん怒らないんだね」
「まあな」
「学校じゃ、キレてたくせに。ドタチンとか新羅に迷惑かけたんじゃないの?」
「否定は出来ねえ。……なぁ、プレゼント何か聞いていいか?」
「楽しみは後でだよ」
「楽しみ…ねえ。ま、お前からならなんでもいいや。なんでも嬉しい」
「うう……。そうやってハードル上げないでくれるかなあ」

困ったように笑いながらそう言う臨也に、俺も笑いかける。でも本当にプレゼントがなんであれ、臨也から貰ったということ自体に意味があるんだ。臨也が俺のために何かを送ろうという気持ちが一番嬉しい。


そんなことを考える俺の横で、空に向かって一言、臨也が苦笑しながら口を開いた。

「……シズちゃん、喜んでくれたらいいんだけどねえ」






「適当に座ってて。なんか持ってくる」
「おう」

臨也の部屋に通され、とりあえず床に腰を下ろす。鞄を置き、マフラーを解いてふうと溜め息。結局、家までずっと手を繋いでいたな。繋がっていた手を握ったり開いたりと何度か動かしてみる。つい数分前まで感じていた臨也の手の触覚がまだはっきりと残っていることに、頬の筋肉が緩んだ。


それにしても落ち着かない。本当に落ち着かない。だってここは臨也の部屋で。ということは臨也が毎日暮らしている空間なわけで。そう考えるだけで、何処かこの部屋が神聖な物のように思える。

別に臨也の家に来たのはこれが初めてじゃない。臨也の妹たちがいない日に、何度か来たことはあった。それでもやっぱり落ち着かない。


そういえば。

今更幽に言われたことを思い出す。臨也と会ってすっかり忘れていたが、最初の目的はなんだったのか。

「ま、いいか…」

手を握れたし、物足りない気もするがそれでも心は満たされた。まだたくさん時間もあるし、別に今日焦ってがっつかなくてもまだチャンスはあるはずだ。時間を掛けてゆっくりと、そうだ。それでいい。

でも部屋に二人きりというこの状況を無駄にはしたくない。かといって、無理矢理どうにかするというのは論外だ。そんなことは絶対に出来ない。もししてしまったとしたら死ぬ。俺が。罪悪感的な意味で。

抱きしめるくらいは。いや、せめて頭を撫でるくらいなら。今日の臨也はどことなく積極的だった。手を握ってきたくらいだ、頭を撫でるくらい別に問題ないだろう。

悶々と考えていると、ガチャリと戸の開く音が聞こえた。顔を上げると、トレイを片手に臨也が部屋へと入ってくる。そしてそのまま俺の隣に座り、静かにテーブルの上にトレイを置いた。

「大人しくしてた?」
「してたよ」
「そう?あ、シズちゃん、これどっちがいい?」

臨也の持ってきたトレイの上にはケーキが2つ乗っていて、違う種類のケーキに目を奪われる。

「じゃあこのチョコの方」
「だと思ったよ。はい」

目の前にケーキを置かれ気分が高まるも、小さな疑問が生まれた。俺の誕生日だからケーキを出してくれた。これは分かる。でもそれは、俺が臨也の家に来るということが決まっていないとケーキを用意しても無駄になるわけで。

臨也の中で俺が今日臨也の家に行くということは決定事項だったのか。もしくはこいつの家には普段からケーキが常備されているのか。

「不思議なこともあるもんだな」
「え?何の話?」
「や、偶然にしてはなんかな、と思ってよ。俺今日お前の家に行くって言ってねえのにケーキあったから」
「偶然に愛されてるのかもね。今回のケーキは偶然じゃなくて必然なんだけど」

偶然じゃなくて必然。
よく分からないが、要するに俺が臨也の家に行くことは決まっていたらしい。なるほど。

「未来予知か?」
「シズちゃんってさ、たまに予想の斜め上をいくよね」
「だってお前、学校出た時行く場所決めてないとか言ってただろうが。ん?自分で言ってて意味分かんねえ」
「あー、あれ嘘」
「嘘」
「そう、嘘。ぶっちゃけただの時間稼ぎです」

ケーキを頬張りながら同時に臨也の言葉をかみ砕く。時間稼ぎで嘘で未来予知。未来予知は違うとしても、臨也の言葉を整理するに臨也家行くまでに時間が欲しかったってことか。いまいち臨也の考えが読めない。何か企んでいることは薄々気付いてはいるけれど、それが何かまではさっぱりだ。考えながらのケーキはあっという間に胃の中に消えた。俺がケーキを食べるのを横で見ていた臨也は、ようやく自分のケーキに手をつけようとしている。フォークを持って数度クリームを突いたかと思えば、何故か皿の上にフォークを置いた。

「俺さ、あまりケーキとか好きじゃないんだよね」
「じゃあなんで二つも買ったんだよ」
「見た時は美味しそうだって思ったの。実際高いところで買ったやつだし美味しいんだろうけど。でも今は正直それどころじゃない」

不意に、臨也がケーキに手を伸ばした。何をするつもりだろうと見ているとそのままケーキに触れ、生クリームがついて白く汚れた指先をおもむろに俺の唇に寄せてくる。

これは、一体何を求められているんだろうか。指を差し出され硬直する俺に、臨也がにっこりと口の端を吊り上げる。

「ケーキ、美味しいよ?」

ずい、と更に距離を詰められ一瞬躊躇するも、意を決して臨也の手首を掴む。そのまま指先をくわえ、クリームを舌で舐め取ると、臨也が小さく笑い声を漏らした。

「だよね、普通舐めるよね」
「他にどうしろってんだよ」
「シズちゃんだから恥ずかしがって顔逸らすかも、とか思ってた」

顔を逸らすだなんて。そんな勿体ない真似は絶対にしない。というか本当なんなんだ。今日の臨也は何かが変だ。何を企んでやがる。

そして、俺の中でも少しずつ変化が訪れていた。こういう挑発するようなことをされれば、落ち着いていた欲がまたちらちらと頭を見せてしまう。本当、これ以上俺を煽らないでくれ。俺がどれだけ我慢してきたのか、多分こいつは知らない。どれだけの欲を溜め込んでいるか分からないからこんなことを平気でするんだろう。無知は時として罪になる。

「お前さ、あんまりそういうことやんねえ方いいぞ」
「なんで?シズちゃんにしかやらないよ?」
「……だから、そういうのが」

首を傾げる臨也は本当に意味を分かっているんだか分かっていないんだか、曖昧な表情を浮かべている。

我慢だ。我慢。ぶっちゃけ、本当はケーキも食いたいけどお前の方が食いたいだとか、幽から伝授したあの台詞だとかが頭の中をぐるぐると回っているけど、我慢。

「分かんないならいい」
「ふうん。ま、いいや」

形が若干壊れたケーキに再び手を這わし、更に形を崩す。食べ物で遊ぶのをやめさせようかと迷う俺の目の前で、俺にしたのと同じようにクリームのついた指を自分の口に含んだ。

「あー、やっぱ美味しい。けど微妙。全部は食べられないかな」
「勿体ねえな。きちんと全部食えよ」
「シズちゃんにあげるよ。はい誕生日プレゼント」
「……あー…うん」
「嬉しくないの?」
「だってこれ、明らかに即席だろ」
「気持ちが大切なんじゃないのかな。いや、きちんと用意してるけどね」

なんだよ、焦った。確かになんでも良いとは言ったが、買ったケーキをぐちゃぐちゃに崩されプレゼントと言われても、さすがにちょっと、なんというか、困る。

複雑な思いを抱きつつ、臨也の手によってクリームのみ掬われた可哀相なケーキという名のスポンジを見ていると、臨也が顔を覗きこんできた。にやにやと、楽しそうに笑ってやがる。

「プレゼント、欲しい?」
「そりゃ、あるなら欲しいけど」
「何でも大丈夫?期待に応えられるか分かんないよ?」
「は?さっきも言っただろうが。お前からならなんでもいいよ。崩れたケーキ以外ならな」

一応釘を刺しておくと、臨也が小さく舌打ちをした。こいつ、またケーキに逃げるつもりだったな。

こんな下らない会話も時間稼ぎのつもりだろうか。そんなに渡すのを躊躇う何かに興味が深まる。食い物、ではないだろう。確かな根拠はないが、なんとなく。だとしたら一体なんだ。こいつが時間を稼いでまで渡すのを渋る何かが全く思い当たらない。手作りの何かとか、そんなキャラじゃないしな。勿論、そうだとしたら喜んで貰うけれど。

「じゃああげる」そう言って俺に背を向けた臨也が大きく息を吐いた音が聞こえ、何をしているのだろうかと首を傾げる。気合いを入れるようなその素振りとプレゼントを渡すことに何か関係があるのか。完全にプレゼントの中身が何か分からなくなった俺に臨也が振り向き、そして。

「ていやっ」






気が付いた時には背中に床の固さを感じ、腹の上には臨也が乗っていた。その顔は寒くない部屋の中で不自然なくらいに赤く、胸に置かれた手も小刻みに震えていて。近付いてくる顔とあまりの急展開に、いつもならば混乱するであろう頭が限界を超え、妙に冷静になっている。さて、この場で一番正しい行動は何か。


とりあえず、目でも瞑っておこうか。





ぱちぱち


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