・来神
「寂しそうだったから、」
雲一つない秋空の下。
校舎外で繰り広げられる臨也と静雄の喧嘩という名の殺し合いを、屋上から眺める新羅の口が静かに開く。
今、屋上に居るのは新羅と、問題児2人の保護者役の京平だけだ。
4人の存在は、教師達にとって邪魔なモノでしかないのかいつもの様に始まる2人の喧嘩を宥めろという大義名分の元に、教室から追い出されてしまった。
そうだとして馬鹿正直に、静雄と臨也の喧嘩を止めるのはこちらにも被害が生じる。
だから、という訳でもないが静雄と臨也を離れて見れる屋上へと2人は足を運んだ。
校内に居たところで何にもなりはしないのだから、それならば昼食時に世話になっているここへと、誘われたように進む。
そして冒頭へ。
それまで沈黙に支配されていた空間に淡々とした声が響いた。
「僕が知ってる限り2人とも友達なんて居なかった…。それもそうだよね。本当は欲しいのに、自分から関わりを拒絶してたんだから」
新羅の瞳には、今何が映っているのだろうか。
澄んだ青空の下、生理的な嫌悪感という本能に身を任せ暴力を奮う静雄か。それを楽しそうに嘲笑う臨也か。はたまたそのどちらでもないのか。
後ろから新羅を見る京平には分かりえない事だし、正直分かろうとさえしなかった。
グラウンドから、臨也の笑い声が高らかに響く。
「余計なことだったかなぁ、なんてたまに後悔するんだ」
「何がだ?」
くるり、と軽快に振り返りフェンスを背にする新羅。その顔に笑みを張り付けて。
流石中学時代に臨也と居ただけはある。臨也の面影が新羅には多々あった。
例えば、結論を言わないでそこに辿り着く僅かな言葉だけを並べ、その限られた状況下の中で自分を分かって貰おうとするところとか。
辛いなら辛いと言えばいいのだけれど、そんな事を簡単に言えないのは異質な人間性を持つ彼らとの数少ない共感出来るところだ。
良い意味でも、悪い意味でもプライドが高いのだろう。
俺も含めて、皆。
「…あの二人ってさお互いに、ある意味一生に一度と会わない類の人間だったと思うんだ」
「と、いうと?」
「絶対会わせちゃ駄目だった」
「………」
「なのに俺が会わせちゃったからねぇ」
溜め息を吐きながら背後のフェンスに寄り掛かる新羅の口ぶりに、こちらも負けず劣らずの溜め息を吐く。
ぴくり、と新羅の口元が動いた気がしたが、敢えて無視をする。
「今更、過ぎる後悔だな」
眼鏡の下から、新羅の瞳が覗く。臨也や静雄ほどの眼光はないが、それでも常人のそれよりは幾らか鋭いそれには、僅かな怒りが篭ってた。
「今更だからの後悔だよ」
「屁理屈言うな」
ぽか、と頭を叩けば驚いた様に目を見開き、それほど痛くもないはずなのに叩いた頭を丹念に両手で摩っている。
臨也であれば、「痛い」などと騒ぎ出すのだろうが、新羅は何も反応せず相手の出方を伺っているようだ。
(臨也といい、こいつといいなんでこう不器用な奴らばかりなんだかな…)
心中で溜め息を吐きながら、臨也と静雄の喧嘩を仲裁する時と同じ口調で咎める。
「あいつらはあれで良いんだ。そんなあいつらの喧嘩に巻き込まれて、一緒に叱られて」
新羅が後ろの二人を見る。
いつか、時が経って今の事を笑い合えたら、それで全てが救われる。静雄と臨也の喧嘩も、それに巻き込まれるのも。全てが笑える日が来るのだから。
だから、未だ見えぬ未来に向かって言葉を呟く。
「俺はそれが、楽しいとさえ思えるよ」
瞬間、秋風が枯れ葉を伴いながら屋上を吹き抜けた。
「…門田君は優しいねぇ。あの2人が懐く訳だ」
「お前には敵わないよ」
「まぁ、俺は中学の頃から臨也の保護者だから」
ケラケラと笑う新羅の姿が、臨也と重なり目を細める。新羅も、幾らか落ち着いたのか表情は穏やかなモノへと変わっていた。
「それにお前だって、確かに後悔してるかも知れないが実は少しこうも思ってたんじゃないのか?」
ふ、と何か期待するように新羅の表情に薄い笑みが浮かぶ。
「正反対の二人がお互いにいがみ合って、そんな二人の愚痴を聞いて、そんな学校生活も良いんじゃないか、って」
やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めて、笑う。
臨也と静雄の喧嘩に巻き込まれてさえも、2人の傍に居るというのはつまりそういうことなのだ。
臨也の静雄に対する悪戯を笑顔で見守るのも、静雄から暴力を受けながらもにこにこ笑うのも、全てはそれが楽しかったからという単純な理由なのだ。
「…完璧過ぎて、僕からは何も言えないよ」
一つ間を置いて。
「秋ってのは嫌だねぇ。感傷に浸りやすくなる」
「そんなのもお構い無しにあいつらは暴れるだろうがな」
「それもそうだね」
新羅の背からフェンスが離れた瞬間に、怒声が響く。いつの間にか、教室の窓から2人を見る人影がチラホラ現れた。
それと同時に教師の怒鳴り声が。
「岸谷!門田!!止めろって言ったの忘れたのか!」
窓から乗り出す生徒に混ざり、先程教室から自分達を追い出した教師が、静雄の声よりも大きい怒鳴り声をあげる。
そんな声も気にせず、殺し合いを続ける2人を一度だけ見て、屋上から駆け出した。
「んじゃ、行くとするか」
「また僕らも説教だね!」
あぁ、ほら世界は
→ぱちぱち
back