・来神静臨


キスがしたい。触りたい。あわよくばやれるところまでやりたい。そんな欲求渦巻く16の冬。

別に俺が人一倍欲求不満だとかそういうわけじゃなくて、恋人がいる奴にとってそれは当然ともいえる願いだろう。大切に思ってるからこそ、好きだからこそ、相手の全てを知りたい。独占欲にも似た、そんな純粋な気持ち。



だった。



そう、だった。最初のうちはそりゃそう思っていたさ。でもな、だけどな。付き合ってニヶ月。クリスマスも一緒に過ごした。なのに、だ。キスも何も俺達は一度もしていない。恋人を前にして完全なおあずけ状態。逆に聞きたい。こんな生活ニヶ月も耐えられるか、普通。


「俺ならいけるよ」
「マジか、お前すごいな」

ぐ、と握りこぶしを作る幽に心の底から尊敬の念を覚える。握りこぶしなのに、何故か親指が中指と薬指の間から顔を覗かせているのには、もちろん気付かない振りだ。


臨也も、触るくらい(服で隠れない場所限定だが)なら許してはくれる。けれど、それ以外のことはどうやら恥ずかしいらしい。どの口がそんな可愛いことを言っているんだか。

弟にこんなことを相談する時点でアウトな気がするが、それはもういい。諦めた。そのくらい俺は切羽詰まっているんだ。限界なんだ。臨也に触りたい。触りたい触りたい触りたい。認めよう、実はかなり欲求不満だ。


「はっ……!俺ひらめいた…!」
「何をだ?」
「例えば、ほら兄さんもう少しで誕生日でしょ?」
「あー、まあな」
「で、だよ。『プレゼントは何がいい?』とかきっとあの人なら聞いてくるはず…。恋人なら相手の誕生日は祝うものだからね。その時に…」

そこで一旦言葉を区切ったかと思えば、キリッと表情を引き締めてみせた。何を言い出すのかと、少し緊張する。無意識にごくり、と喉が鳴るのを確認してから幽は俺を指差した。


「プレゼント?そうだなあ。俺が欲しいのはお・ま・えかな」


「………おお」
「これで大丈夫」

一瞬で無表情になった幽の演技力にぱちぱちと拍手をしてから、崩していた足を正す。正座状態になった俺に幽はうん、と頷いてみせた。

「そ、それで、それからどうするんだ…?」
「それは兄さんの腕しだいかな。兄さんが頑張ればお持ち帰り。キスも、それ以上も上手くいくはず…」
「……よし、…ありがとな、幽。俺、頑張ってみるわ」
「うん。ファイトだよ」


兄思いの良い弟を持った。幽の素晴らしいアイデアを何度も頭の中でシュミレーションしながら、1月28日を待つ。あいつはどんな反応をするのだろうか。ただそれだけを考えて。











「……なのに、なんで来ねえんだよおおおおお」

絶叫すると教室から音が消えた。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には何事もなかったかのように日常に戻る。

だって普通ありえないだろう。恋人の誕生日だぞ?付き合ってから迎える初めての誕生日だぞ?なのに何故学校を休む?メールの一つも寄越さない?なんだ、俺は恋愛に夢を見すぎていたのか?

「か、門田…」

ふらふらと、自席で読書に夢中な門田に近寄り後ろから抱き着く。もう誰だってなんだっていい。俺を慰めてくれ。祝ってくれ。

俺の腕に門田が触れる。振り向くことなく、その目線は変わらず本に向けられたままだ。なんというか、門田らしい。

「どうしたんだ?」
「今日、俺誕生日なんだ。だから……プレゼントくれ…」
「何が欲しい?」
「……いざや」
「……………俺に言われてもなあ」
「臨也くれ」
「……はぁ」

俺だって溜め息ぐらいつきたい。こういう時って俺から連絡していいものなのか?よく分からない。誰か教えてくれ。俺はどうするべきなんだ。このまま学校で授業を受けていて良いものなのか。

門田の首に回した腕に、僅かに力を込めながら悶々と考えていると、背中をぽん、と軽く叩かれた。首だけ振り返ると、いつのまにかそこには新羅の姿が。

「なんだいなんだい。僕を一人にしてそんなに楽しいのかい?」
「いいところにきた。岸谷、バトンパス」
「へ?」
「新羅…、いざやー」
「おっとっと、僕に抱き着かれても困るよ」

門田よりも体格が臨也に似ている新羅に抱き着く。もう今日は臨也の代わりにこいつを抱き締めていようかな。でも俺は臨也がいい。臨也じゃなきゃ嫌だ。

「なんでお前新羅なんだよ…」
「それはどういう意味かな?場合によっては怒るよ?」
「いざや」
「岸谷、今の静雄に言葉は通じねえぞ」
「それは困…いだだだだ痛い!静雄!痛い!抱き殺される!!死んじゃう!」
「俺の為に死ね」
「そんな無茶な!死ぬならセルティの下か胸でって決まってるの!第一まだ付き合ってもいないのに死ねない!!はーなーしーてーよ!!」

ぎゃーぎゃーとうるさい眼鏡を素直に離してやる。

今の新羅はちょっとだけ、臨也に似ていたかもしれない。臨也も大人しくされるがままに俺を受け入れはしないだろう。抵抗だって普段のようにうるさくだってするだろうし。とりあえず臨也と触れ合う前に、俺には力の加減とキレない精神力が必要なのかもしれないな。うん。良いことに気付けた。

「…なんで満足そうな顔してるのさ!」
「臨也のこと考えてたからな」
「言うと思った!いいよいいよ、ちょっと待ってて。ねえ奈倉くん、臨也知らない?臨也いなくて僕達困ってるんだ」

そんな新羅の声に嫌悪感を隠すことなく、明らかに迷惑そうな表情で顔をあげたのは、臨也の使いパシリと化しているクラスメイトの奈倉だ。

比較的明るくいわゆる人気者で、そんな奴が何故臨也に良いようにされているのか。一度だけ臨也に聞いたことがあるのだが「若さ故の過ちさ」と返され、詳しいことはよく分からない。クラスメイトの一人としか思ってないし、いいといえばいいのだが。

今はどうやら携帯を二台机の上に起き、赤外線か何かでデータのやり取りを行っているようだった。その光景に、なんとなく臨也を思い出す。あいつも携帯何台も持ってたよな。もちろん俺は全部のアドレスを把握しているのだが、まぁそれはいい。臨也がその事実に気付いていないことも、まぁいい。

それよりも、奈倉に尋ねたところで臨也がどうしているかなんて分からない気もするのだが、何か考えがあるのだろうか。

「臨也…さん、ですか?あー…、あ…?あ!!」
「うるさいなあ。で?知ってるの?」
「あの人、今日学校に来ね、来ないですよ」
「なんで?」
「だって。平和島、今日誕生日なんだろ?」

突然話を振られ、ちょっと焦る。門田も本を読むのを一時中断させ、俺達の話を聞いているようだった。新羅と門田の視線を感じながらとりあえず返答する。

「あ、ああ。そうだけどそれがど」
「だから」
「…………は?」
「平和島の誕生日だから、臨也来ねえの」


驚愕の事実にきょとんとせざるを得ない。突然抜き打ちテストされた時ですらこんな顔はしねえぞ。頭を金属バッドで殴られてもこんな気持ちにはならないぞ。

というか、なんだって?なんでこないって?

ブチン、と何かが切れ、ガラガラ、と何かが壊れ、ガシャン、と何かが割れた音がした。

「はははっ…、ははははは!!!」
「し、静雄?」
「おい…平和島、大丈夫かよ」
「ははは。奈倉、俺は別になんともねえよ。別に。そうさ、俺ですら知らなかった臨也の休みの理由をお前が知っていようが、別にな」
「え、えっ、ちょ、悪いの俺!?」
「………奈倉、お前とりあえず謝っとけ」
「うん。奈倉くん、謝るべきだよ」
「………わ、悪かった」
「ははは。大丈夫だっつってんだろ、殴るぞ。いい、ちょっと今から臨也迎えに行ってくるわ。無断欠席とか、駄目だよな…。じゃあな。奈倉もサンキュ」



「……ぶち犯す!!」



「静雄!それやったらもう犯罪!!…行っちゃった」
「……追い掛けるぞ」
「え?って早!待って!早いって!門田くーん!」





「……あいつらも大変だな。ん?メール、臨也から?やべ、気付かなかった」


『やっぱ今から学校行く
すぐ帰るけど(^□^)

今日お前
真っ直ぐ帰っていいよ』


「お、ラッキー。『分かりました』っと」




人が下手に出てたら調子に乗りやがって。もう知らない、本当に知らない。あいつが泣こうが、「やめて」と懇願しようが、抵抗しようが、意識がぶっ飛ぼうがもう知らない。それくらいしてもいいだろう?俺は被害者で、あいつは加害者で。こういうのなんていうんだっけな。正当防衛。違うか。

どうでもいい。

どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいい。


「……いいぃざあ゛あやああああああああ」
「え、シズちゃん?」


怒りに身を任せ廊下を走っていると、聞き慣れた声が耳に届いた。無意識に足を止める。怒りで沸騰した頭が、その声で急激に冷えたように思えた。

冷静になりつつ、前方の人影に目をやる。マフラーと耳当て、短ランの中にはしっかりと厚手のカーディガン。がっちりと防寒対策をしているのは、間違いない。

「臨也!てめえ!どういうつもり…!」
「あれ、もうすぐ授業始まる時間だよね…。もしかしてシズちゃんサボり?」
「サボり、っていうか…、つかお前!今日来ないんじゃ」
「サボるくらいなら帰ろうよ。今ちょうど迎えにきたんだ」

んん?なんだ、この温度差。というか俺の話スルーされていないか?

……まぁ、いいか。

臨也を見たら怒りが消えた。現金な奴だとは自分でも思うけれど。誕生日に喧嘩してもなという考えも出てきて、本当にどうでもよくなってきた。犯すのは頭の中だけにしよう。

「っつても俺カバンとか教室…」
「静雄!」

背後から声が聞こえ、振り返った瞬間門田から大きな塊を投げ付けられる。反射的に受け取り見てみると、教室にあったはずのカバンとマフラーが。

「門田、これ」
「このまま戻ってこないと思ったからな。間に合ってよかったよ」
「あ、ドタチンおっはよー。んでもってばいばーい」
「ま、待って、門田くん待って……」
「岸谷遅い」
「遅くない。君、全力で走りすぎ……あ、臨也…なんだ、きたの?」
「ううん?帰るよ」
「そっか……ばいばい。気をつけて」新羅の言葉ににうんと頷いて、俺の手を引く臨也の顔はどこか赤い気がした。そんなに外が寒かったのだろうか。俺の手を握る臨也の手もひんやりと冷たい。そういえば。

「……臨也」
「なに?」
「なんでも」


手、繋いだの初めてだな。




「……大丈夫かな」
「何が」
「静雄もだけど、臨也も」
「なんで」
「欲求不満対意地っ張り。そして学校をサボり、二人きりで何処かへお出かけ」
「なるようになるだろ。知らん。俺はどっちかというと臨也の方が心配だがな」
「それこそどうして?」
「今の静雄には刺激が強すぎる」
「……門田くんお父さんみたいだねえ」
「大事な娘はやらん、とでも言えばいいか?」
「うん、ぴったり」
「ふざけてる暇があるなら、教室まで戻るぞ。もうすぐ授業始まる」
「また走るの…?」
「全力疾走で」
「うえ……」





ぱちぱち


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