「シズちゃん…」

屋上の扉を蹴り飛ばすように開けると、そこには間抜けな顔をした臨也が居た。間抜けな顔、そう表現するしかない顔は驚いているのか目が見開かれ普段の余裕を微塵も感じさせない。ようやく臨也に会えたことによる安堵感と、今まで俺から逃げていたという苛立ちが混ざり合った不思議な気持ちで臨也を睨む。

「臨也、どういうつもりだ?」
「…何の事か分からないんだけど」
「嘘を吐くな。心当たりがあるから逃げなかったんだろうが」

ずかずかと臨也に歩み寄れば避けるように一歩一歩後退りされる。一向に、とある一定の距離を保ちながらの小さな攻防戦も、転落防止用の網が臨也の行動を阻んだ事で呆気なく終わった。あろうことか横に逃げようとさえする臨也を制止する為、臨也の顔を挟むように両手でフェンスを押さえる。その様子に軽く舌打ちを漏らした臨也には焦りが見てとれた。

標識を振りかざそうが涼しげな顔の臨也が、こんな表情をするなんて。それほどまでに俺に会いたくなかったのか、と考えると怒りが沸いて来るが今はそれを抑えなければ臨也と話せなくなってしまう。怒りが限界を超える前に、俺には聞かなければならない事があった。

「質問に答えろ。あのプレゼントはなんだ?」
「…別に、意味はないよ」
「お前が嘘吐いてるかどうかなんて簡単に分かんだよ」怒鳴りたくなる気持ちを押し殺し言ったものの、怒気を含んだ言葉にはやはり刺がある。臨也の視線は相変わらず足元を彷徨っていた。

「まあいい。じゃあ一つずつ聞くぞ?なんで俺を避けてる?」
「…会いたくないから」
「だからなんで」
「……だって」

このままじゃ駄目だ、と思ったのも束の間。それまで俯きがちだった臨也がゆっくりと顔を上げる。観念したのか、と思うや否や腹部に衝撃が走った。といっても意識しないと分からない程の小さな衝撃だったのだが。

「しつこい男は嫌われるよ…?シズちゃん」

それがにやり、と普段通りの笑みを浮かべる臨也から放たれた蹴りだと自覚するのには数秒もかからなかった。しかもナイフを袖から取り出し、刃を俺に向けて突き立てようとさえしてくるものだからますます臨也の気持ちが分からなくなる。

至近距離とはいえ、臨也なんかに殺される心配はないが一先ず安全を確保する為にナイフを叩き落とす。足元に落ちたナイフを後方へ蹴り、とりあえず臨也の手にナイフが戻ってくる事は無くなった。まだ数本隠しているのでは、と危惧したのだが臨也から無闇に距離を取っては逃げられてしまう。

しゃがみ込まれないように、臨也の股に自分の足を入れ、更に背の小さい臨也に覆いかぶさるような体制を取る。必要以上の密着は嫌だったが、捕まえたモノを逃がさないという考えの元これが正解なようにも思える。本来ならば身体を拘束すれば良いのだろうが、生憎そんな道具は持ち合わせてはいないし、自分の身体を使うしかない今、これは最善のはずだ。

「お前はよお。人が優しくしてりゃ調子に乗りやがって……」
「…じゃあ答えるよ。プレゼントは俺の気まぐれ。たまたま機嫌が良かったから、それだけ。それで良いじゃん。わざわざ俺の日常を壊さないでよ」
「ああ…、うぜえうぜえ。そんなよ手前らしくもねえ嘘なんざいくら聞いても納得出来る訳がないんだよ!」
「君が納得しなくてもいいさ。俺だけが分かっていればいい。君は何も分からないままでいいよ」
「だから、それが腹立たしいって何回言や分かんだよ!!いいか!俺はお前が嘘吐いてるかなんて簡単に分かんだよ。いや、いいさ。じゃあ百歩譲ってあれが手前の気まぐれだったとするか。じゃあなんでわざわざ幽を使った?なんで俺を避けた!」
「シズちゃんは、なんでそんなに本気になってんの」
「うっせーな!くそ、分かる訳ないんだよ。俺にどうしろってんだ」

臨也の気持ちが俺に分かる訳ない。分かり合える訳がなかったのだ。深く考えれば考えるほど、臨也に近付いて離れていく。そんな錯覚さえ思えてしまうほどに。突然大人しくなった俺の顔を訝しむように覗き込む臨也に縋る思いで語りかける。

「気持ちが、分からないんだ」
「え?」
「どんな気持ちでお前が俺にあんなもの渡したか。いくら考えても出てこない。いや、分かる。一つだけ答えはある。でもそれはお前が俺を嫌いだっていう前提から否定しなきゃいけない。だから分からない。お前が俺を嫌いなのか、違うのか。俺はお前を分からないんだ」

自嘲気味に笑みを一つ。
結局俺には分からないのだ。臨也の気持ちなんて分からない。分かりたいのに分からないのは臨也だからか。とめどない思考が頭の中を縦横無尽に横切り、俺は考える事を止めた。幽や新羅が伝えたかったであろう臨也の気持ちを拒否したといっても過言ではない。
無気力、とまではいかないがどうでもよくはなっていた。

「……いいよ。君がそんなに切羽詰まってるとは思わなかった。素直になる、頑張ってみる」
「は…」
「理解出来ないなら理解しなくてもいい。でも俺は今から言うことを二度と言わないよ」

そう言うと、臨也は何かを言おうと口を開いて固く閉じた。それを数回繰り返した後、深く長い溜め息が聞こえ決心がついたような真っ直ぐな瞳が俺を射抜いた。俺も臨也の言葉を聞き逃すことのないよう、呼吸を止め耳を澄ませる。
屋上に静寂が訪れ、臨也の息を吸う音が耳に届いた。

「嫌いっていう前提から違うってのは正解。でも少しは嫌いだって感情もあるんだよ?プレゼントの件は純粋に君の誕生日を祝おうとしていたんだ。わざわざ幽君まで使ったのは、確実に君の手に届くようにするため。といっても不本意だったんだけどね。何故祝おうとしたかは…、君自身で考えてくれ」
「…ここまで来て逃げんなよ…」
「逃げるさ。俺にだって逃げだしたい時はある」

平然と負けを認めた臨也にそれ以上を追求することはしなかった。今の発言に嘘はないように思える。それにその前後の緊張しきった態度からも今の臨也にはこれが伝えられる精一杯の素直な気持ちなんだと解釈した。それにこの情報で俺の中での今回のことは解決したのだ。

臨也は俺のことを嫌いじゃないといった。と、すれば俺が思いついてはその可能性はないと否定してきた考えが成立する。
臨也は俺のことが好きだ。友愛なのか恋愛なのか、分からないが俺に好意を抱いている。だから、好意を寄せる相手にプレゼントを渡し、祝おうとした。そんな簡単で単純な理由。自意識過剰かもしれない、都合の良い解釈なのかもしれない。だが、俺はこの考えに自信を持っていた。

「どう、俺の考えてる事分かった?」
「分かった」
「うん、そっか。でも今は知らない振りをするのが正解かな。自分の気持ちを俺に伝えるなんて絶対にしちゃ駄目だからね」
「…分かったよ」

諭すように言われてから、ふ、と気付く。俺の気持ちはどうなんだろう。
臨也は俺のことは嫌いではない。それだけは確かな事実だ。俺は、どうなんだろう。毎日のように売られる喧嘩が鬱陶しいと思っていたのも事実。昨日、新羅と一緒に帰っていた臨也に怒りを覚えたのも事実。今日、臨也が来なかったことに焦燥を感じていたのも事実。

そうだ。嫌いなら、今この場で殺してしまえばいいのだ。油断しきっているこいつの首を締めるなり、殴り飛ばすなり、フェンスごと突き落とすなり俺ならば3分も掛からない間にやってしまえる。俺に好意を持っているならば、普段こいつがするようにそれを逆手にとってどん底へ突き落とすのもいい。持ち上げて、落とす。こいつの専売特許だ。いや、それよりもこいつの好意を今この場で踏みにじればいい。「俺はお前の事が嫌いだよ」と延々と、こいつが耳を塞ごうが泣き出そうが止めてくれと懇願しようが無理矢理聞かせればいい。

そうすれば折原臨也に勝てる。そんな簡単なことで、こいつは俺の前から消える。

「…はは、ははは」

笑いが零れた。そんなことは無理だ。出来ない、いくら臨也相手でもそれは出来ない。殺し合いをしている関係なのに、いざこんな好機に恵まれると何も出来なくなってしまう。自然と情けないとは思わなかった。
俺は俺が思っている以上に臨也の事を嫌ってはいなかったのだ。

「なんで急に笑うの」
「楽しいんだよ。やっと謎が解決した」

突然の俺の態度の変わりように驚いているようだった。それもそうだろう。目の前に居る奴がいきなり笑いだしたら普通は驚くものだ。

聞きたいことも聞けたし、と臨也から離れる。そしてその場に腰を下ろし空を見上げた。幽は臨也の好意に気付いて欲しかったのだろう。結果としては、違ったのだが臨也の気持ちには気付いた。俺自身、臨也から向けられる気持ちをどう返そうか悩んでいる。こんなもの、普通の青春じゃないか。一言臨也が気持ちを告げればそれだけで良かったのに、随分と遠回りをしたものだ。

座り込んだ俺の横に、臨也も座る。落ち着かないのか体制をそわそわ変える姿が異様に子供くさい。

「今なら、…良いよね。今まで我慢してたんだし」
「何がだよ」
「あのさ、俺の傍に来て」

普段とは全く違う毒気のない表情の臨也が困ったように笑っていた。初めて見る臨也の表情に驚いた事もあってか大人しく臨也の傍に寄る。身長差からか臨也の髪が顔を擽りくすぐったいが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか俺との距離をもっと詰めてきた。しかし拒む理由もないのでそのまま臨也のやりたいようにやらせてやると、満足そうに肌を密着させる。これはちょっと怪しい雰囲気になってきたな、なんて思いながら何か声を掛けようと臨也の方を見て開きかけた口を閉じた。

なんでこいつはこんなに幸せそうな顔をしているんだ。

「…やっと言えた」

安心したような口ぶりでそう言われ、目の前に居るのが本当に折原臨也なのかと戸惑ってしまう。臨也の姿をした別人ではないのか、そんな気さえしてきた。

「………俺は、どうすりゃ良いんだよ」
「何もしなくていいよ。黙っててくれればね」

堪能するかのように俺から離れない臨也を引きはがす、という選択は俺の中には存在しない。ただ、手のやり場に困る。だからといって臨也の背中に回す訳にはいかない。それだけはしてはいけなかった。多分、それをしてしまえば俺達の中で何かが変わってしまうから。それならば曖昧な関係の方がいい、と考えているのは臨也も同じだろうと推測。

でもきっと臨也は俺が何もしないことを望んでいる訳ではない気がする。それに、きっとこれは甘えだ。愛を欲しがる子供そのものだ。「愛してほしい」と願い、擦り寄る子供を突き放す親なんているのだろうか。広い世界にはいるかもしれない。だから、そんな前例に基づいて臨也を拒むのか、といえば答えは決まっていた。

「……何するの」

気付けば、臨也の頭を撫でていた。完全に力を抜ききった手でただ臨也の頭を撫でる。確か、猫はこうされたら喜ぶよなと考えながらひたすらに手を動かし続けた。

「嫌か?」

数回撫でてやると、臨也の手により俺の手は頭から離される。嫌がる素振りは無かったのにどうしたのだろう、と目を見張ると少し悔しそうな臨也と目が合った。

「大人しくしてなきゃ変わるよ。君の日常が、変わる」
「…それで、お前は良いのか」
「いいさ。こんな好機は二度とないかも知れないけど、俺は逃げさせて貰う。確かにこれ以上を望みたいけど、俺は日常を壊したくないからね」

本心からではないその言葉を今回ばかりは素直に受け入れることにした。それは本当は、愛することへの恐怖や臆病な自分を守るためだったのかもしれない。

「お前が良いならいいけどな。つーかな、お前悪気がないなら素直に初めっからそういえ。分からねえんだよ俺は」
「あはは、ごめんね。でも良いじゃない」
「今日は休戦だからな」
「うん、今日だけね」

穏やかな日常が流れる。
明日からはまた日常が戻ってくる。だから、せめて今だけは臨也のやりたいようにさせてやることにした。
きっと気付きかけた何かも、いずれ日常の中に埋もれ忘れるのだろう。

それが何処か、寂しい気もしたが臨也の体温を感じながら目を閉じる。今はまだきっと、分からなくてもいい。






「門田」
「お?どうした?」
「あのさ、誕生日プレゼントって、普通何あげたらいいんだ?」



ぱちぱち


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