新羅から携帯を奪い、屋上へと向かう約30分前。教室は昼休みの真っ只中だった。



「あ"ぁ!腹立つ!!」

だん、と怒りを篭め、弁当のたこウインナーを刺すと、プラスチック製の箸が割れウインナー共々宙を舞った。それに感心したように拍手をする新羅と、割れた箸を空中で掴む門田。いつもならその横で俺をからかう筈の臨也は、今日も学校に姿を現さなかった。

朝、学校に来て臨也の下駄箱を見ると中には昨日と同様上靴しか入っておらず、まだ臨也が登校していない事を物語っている。その時点で既に嫌な予感はしていたのだが、やはりというべきか俺の第六感は見事に的中した。一限目、二限目、と姿を現す事はなく、とうとう昼休みにまでなったのだが、やはり臨也が現れる事はなかった。

女子達は門田に臨也の欠席の理由を尋ねてたが、門田が知る訳もなく落胆した様子で自席へと戻っていく。その様子を眺めていると、明らかに自分の中で苛々が募っていくのが分かった。俺でさえ知らないのに、門田が知る訳がない。という理由も分からない理不尽な感情が俺の中の怒りを刺激した。

カバンの中から予備の割り箸を取り出し、半分に割る。しかし女子と門田のやり取りを思い出した事による苛立ちのせいか上手く割る事が出来ず、そんな些細なことにも胸の中のドス黒い感情が色濃くなっていくのが分かった。

「まぁまぁ、静雄。落ち着きなって、臨也が居ないってのになんでそんなに苛々してるのさ」

見るにみかねた、といった新羅の言葉に思わず舌打ちを漏らす。臨也が居ない、なんて普段ならばこの上ない最上級の喜びのはずなのだが今回は違う。あの贈り物の意味を聞かなければいけない。別に誰かに指示された訳でもなければ、そんな義務もない。俺は俺自身の意思で臨也と話したいと思った。いや、話すべきだと思ったんだ。別に直接じゃなくてもいい。臨也の気持ちさえ聞けたら、俺はそれだけで良かった。

しかし生憎、俺は臨也の携帯番号もアドレスも知らない。まあ、きっと知ったところで俺からの電話やメールなんて無視されるのがオチだろうけれど。その証拠は、俺の前に現れない臨也自身が証明していた。

「…俺は、臨也に話したいことがあんだよ。今すぐにな」
「おや、珍しい。ぜひ教えて貰いたいね」
「………駄目だ」
「残念。ま、無理には聞かないけどさ」

そう言って黒焦げのコロッケを頬張る新羅の目が楽しげに、そして皮肉気に細められる。その瞳が何処か臨也と似ていて思わず新羅から目を逸らした。何も知らないくせに世界の全てを知り尽くしているような、そんな瞳を今の新羅は俺に向けている。もしかしたら、本当に何か知っているのではないかとも思ったが、尋ねたところで臨也以外の奴に臨也の本心など分かるはずがない。

「なんで臨也、学校来ないんだ…?」
「静雄、避けられてんじゃないの?」
「おいおい、なんで今の流れで静雄が避けられるって話になるんだよ?」
「だって臨也と何かあったんでしょ?今の口ぶりからして」

門田のフォローを突っぱね、正確に事実を突いてくる新羅に悪意に似たものを感じ睨みつけるも、そこには普段と変わらず笑顔な新羅がいた。首を傾げながら笑顔で俺の視線を受け止めている辺り、確信犯だと判断する。

それに、新羅に言われる前にそんな推測は俺もした。もしも本当に俺のことを避けているのならば、臨也が学校に来ない理由も分かる。俺に会いたくないから、何故か?嫌いだから、今までは我慢していただけで俺の姿を見るのも嫌なほど俺の事が嫌いだから。ただそれだけ。しかし、だ。ポケットに入っている虎の柄が彫られたジッポに触れる。会いたくない程嫌いな人間に、プレゼントなんてあげるだろうか。

その疑問が、いくら考えても拭い去れない。

「しっかし、本当に岸谷は何か知らないのか?」
「んー、大体なら臨也の考えてること分かるけどね」

門田にそう尋ねられると、もぐもぐと黒焦げのハンバーグを咀嚼しながら新羅が言葉を返す。もしかしたら、という疑念が確信めいた物に変わった。新羅は今回の件、何か絡んでいる。思い返せば誕生日前日の放課後、臨也と二人で池袋の街へと逃げていったのだ。

「…続きを言え」
「うーんとまず。臨也は学校に来れないんじゃなくて、来ないってのは分かるよね?」
「まぁな」

箸をオーケストラの指揮者のように空中で一降りすると、新羅は臨也と同じくらいの無邪気な笑みを浮かべてみせた。この状況を楽しんでいるようにしか見えないのだが、多分それは当たっているのだろう。愛する同居人の惚気話をする時と変わらない表情で、新羅はぽろぽろ臨也という人間について語り出す。

「あいつは都合が悪くなると逃げるからね。といっても校外での問題ならわざわざ欠席するまでもないし、先輩問題なら逆に静雄を巻き込んでどうにかするだろう。そうやって消去法で考えたら、俺達に会いたくないんだろうってことになるのさ。丁度、静雄と何かあったみたいだし?そんなの静雄が避けられてるって考えるのが妥当じゃん。理由なんて、知らないけど」

俺と臨也の間に何が起こったのか、俺が教えない事への厭味も込められた台詞に僅かな苛立ちを覚えるも、不器用に割れた割り箸で弁当の中身を掻き込むように口に入れる。素早く咀嚼。そして飲み込む。弁当にかける時間すらも勿体ないと新羅の話に身を乗り出すように聞き入った。

「いや、だから。ただ単に風邪とか、そんなんじゃないのか?」
「まさか!そんな訳ないよ。静雄が避けられてる。僕の勘は外れないからね」
「…と、岸谷は言ってるが。静雄はどうなんだ?心当たりがあるなら臨也に謝っとけよ」

最早、断言された言葉に確信する。新羅も全部分かっている、と。分かっていて教えなかった事に嫌味を返す辺り新羅らしいが。

それにしても幽といい新羅といい何故分かっているのに、俺には何も教えてくれないのだろうか。「自分で気付かなきゃ」と幽は言っていた。気付く、何に。臨也の気持ちにだ。臨也は何故俺にプレゼントを。なんで嫌いな俺なんかに。どうして。仕返しや嫌がらせなんて事はありえない。だってプレゼントなんて普通は好意を寄せる相手や友人に渡すもので俺達は間違ってもそんな関係じゃない。いや、そもそも嫌いという前提から違ったとしたら?

「新羅、お前」
「ストップ。俺は何も知らないよ。だから俺には何も聞かないで」
「新羅………俺は、臨也に会いたい。話さなきゃならないことがあんだよ」
「静雄がいくら望もうが、臨也に届かなきゃ意味ないよ。あいつ、ああ見えても言葉で言わなきゃ分からないタイプの人間だからね」
「じゃあ、どうしろってんだよ」
「縛ってでも無理矢理話を聞かせればいいんじゃない?」

無茶難題を提案する新羅を睨んでいると、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。周囲の奴らに合わせて、弁当箱を仕舞う新羅に一つの案を提示する。

「……電話、してくれないか?」
「いいけど、俺も静雄の友人の前に臨也の友人でもあるからね。嫌がる臨也に静雄が電話を掛けるのを、そう簡単に許せない」
「だから、お前が電話してくれ」
「まあ、それなら。あ、でも今もう授業始まっちゃうんだけど」
「いいから」
「…まあ、いっか。少しだよ?先生来るまでだからね」

ポチポチと何度かボタンを押し、耳元に携帯を当てる新羅の動作を睨む勢いで見詰める。すると、どうやら臨也は出たらしく、目の前で二人は数度会話を続けた。僅かに漏れる臨也の声から察するに、どうやか学校内には居るようだという事だけは分かった。授業開始のチャイムが鳴り、少し遅れて教室前方の戸から教師が入ってくる。騒がしかった教室が、一斉に静まり返った。そんな周りの状況に新羅が電話を切ろうとしたのが、合図だった。

「悪いな」
「え」

一言、聞こえるか聞こえないかの声の大きさで友人に謝罪の言葉を告げ、携帯を奪い取る。「返して!」と騒ぐ新羅を横目に、俺は教室から飛び出した。電話はまだ切れてはいない。臨也に「そこにいろ」と告げ乱暴に電話を切る。逃がさない、絶対に。
授業が始まったこともお構いなしに廊下をひたすらに走った。目指すは屋上へと。





「門田、岸谷…。悪いが…」
「はい、分かってますよ。大丈夫です。」
「じゃあちょっと、俺達は行ってくるんで」
「怪我はしないようにな」

心底申し訳なさそうに言う老教師にそれだけを告げ、静まり返った廊下に響く静雄の足音に耳を傾ける。何故臨也が来ないのか、何が静雄の身にあったのか。俺には何も分からない。
唯一全てを理解している岸谷に呆れた視線を送る。どうせこいつの事だ。あの二人が戸惑う姿を見て楽しんでいるのだろう。もしかしたら臨也よりも性格が歪んでいる新羅を見ながら、確かめるように疑問を投げ掛けた。

「……なぁ、岸谷。お前本当に全部知ってたのか?」
「俺は静雄以上に今回の事は把握してるつもりだよ?」

くすり、と笑う新羅の表情には僅かな疲れの色が浮かんでいた。しかしそれは、手のかかる自分の子供に振り回された親のような、酷く穏やかなものだ。そんな岸谷の表情を見てると、中学時から臨也と友人であるという事も納得出来るような気がする。
半分楽しみ半分過保護。そんなところだろう。

「…俺は今回の事はよく分からないからな。ま、どうせあいつらなら何とかするだろうし、ゆっくり教えてくれや」
「そうだね。僕達はそうしよっか」





ぱちぱち


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