「…決まらない」

1月27日。ショッピング街の片隅で落胆の色を帯びた呟きが生まれ、消えていった。

来る明日はシズちゃんこと平和島静雄の誕生日。誕生日プレゼントを買おうと嫌がる新羅を無理矢理連れて、俺達は池袋のショッピングモールを何軒も歩き回っていた。学校が終わってから既に3時間経過しているが、新羅は文句こそ言いながら俺の買い物に付き合ってくれている。

仕方なく、と欠伸をしながら言ってはいるが問い掛けにはきちんと返答してくれるし、一緒に品定めもしてくれる。そんな新羅に僅かに、それこそ一万分の一程だが感謝していた。素直に礼を言うだなんてことは決してしないけれど。

「別にそこまでこだわらなくてもさ、静雄なら大概の物は喜んでくれると思うよ?」
「それはお前からあげた場合だろ?俺と新羅は違うんだよ」
「あ、月とスッポン?」
「…その例えは殺意が芽生えるから止めてくれ」

好きな人に渡す、と買った猫のぬいぐるみを弄りながら淡々と言う新羅に溜め息を漏らす。

新羅と俺は違う、なんて拗ねて言った訳ではなく、今の自分の状況を冷静に解析した結果故の答えだ。嫌いであろう俺からのプレゼントなんて、余程良い物でなければ素直に受け取ったりはしないだろう。同じ物を新羅が渡したとしたらなんて、考えなくても分かる。あいつは平気な顔で受け取るだけだ、間違いなく断言出来る。

逆に嫌いな俺から貰ったという事実すらも覆る程の良い物であればあいつはきっとそれを受け取る。何故分かるかというと、単にあいつが人間以上に単純な思考回路の持ち主だからだ。行動パターンなんて、小学生よりも幼く分かりやすい。だからこそというべきか、たかがプレゼント一つでここまで悩むほど俺にはあいつの考えている事が分からない。

それに折角プレゼントを送るのだから、やはりきちんとした物を送りたい。迷った挙げ句適当に決める、なんてことはしたくないからこうして頭を回転させて考えてるというのに。残念ながら一向に良い案は浮かばず、変な方向にばかり深く考え過ぎて何を考えればいいのか分からない。正直、泣きそうだ。

「やっぱり俺が物を渡すってのが駄目なのかな…」
「落ち込む暇が合ったら探しなって。大体君が静雄に嫌われてるのは自業自得だろ?」
「くそ、お前がもう少しマシな紹介してくれたらこんなことには…」
「はいはい、言い訳はいいから」

宥めるような新羅の口調に内心怒りを覚えながらも、良い物がないかと再び辺りを見渡す。ぬいぐるみ、アクセサリー、家具、色々な物が揃う池袋でシズちゃんの気に入った物を探すなんて、きっと砂漠に落とした1円玉を探すのと同じくらい困難だ。少なくとも俺にとっては。

「…大体、なんで静雄に誕生日プレゼントなんて?」
「まぁ、ね」

別に俺だって興味のない人間にプレゼントを渡す程、殊勝な人間ではない。これは、そう。気まぐれだ。単なる気まぐれ以外の何物でもないのだ。うんうん、と頷いていると新羅の訝しげな視線に気付き、睨むようにそちらを見る。

「仲良くしたいなら素直に言えば?その歪みきった性格直せばどうにかなるって」
「…そういう問題じゃないんだよ」
「あ、そうか。臨也は静雄にホの字だからね!話すと照れちゃうの?ねぇ、ねぇ」
「相変わらずお前は恋愛絡むとうるさいな…」
「普段の君ほどじゃないから安心して!」

そうさ、俺はシズちゃんが好きだ。友愛なんてものではない。恋愛対象としてシズちゃんのことを好いている。恋愛だの幻想めいた感情に踊らされるのは嫌だが、今ではもうそれを受け入れる事が出来た。問題があるとしたらその好きになった相手が平和島静雄だった、ということだろうか。
勿論、シズちゃん本人は気付いていないだろうし、周囲の人間も俺の気持ちに気付いていない。新羅は持ち前の堪で気付いてるみたいだけれども。

「やっぱ、これかな…」

ジッポ売り場に飾るように陳列している虎の柄のジッポを見つめ呟く。値段は2万円となかなか高いが、そんなのはお構いなしにただシズちゃんが喜ぶかだけを考えた。

「…俺が渡して、中身確認する前に捨てられるって事もありえるよなぁ…」
「まぁ、静雄の事だから否定は出来ないね。いっそ仲直りすれば…、って今更無理か」

再び新たな問題が浮上しかけた時、隣接した小洒落たアクセサリー店から出てきた少年と目が合った。じっ、とこちらを見続ける少年にはて、何処かで会ったかと思考を巡らせるとその考えを否定するかのように、新羅が声を少年に声を掛ける。

「あ、幽君」
「…どうも新羅さん。兄がいつもお世話になっています」
「本当、礼儀正しいよねえ。僕相手にそんな畏まらなくてもいいよ」

どうやら新羅の知り合いだったらしい。俺には関係ないと再びどの様に手渡すかを考えていると、新羅から耳元でひそりと少年の事を告げられる。

「臨也、この子静雄の弟だよ」
「え、」

よく見れば確かに顔が似ている。シズちゃんとは違い見るからに大人しそうな態度だが、僅かに警戒されている事に気付いた。シズちゃんが俺の事を包み隠さず家族に言っているのだとしたら、こんな態度を取られても仕方ないか、と出かけた溜め息を飲み込み取り巻きに向けるのと同じ種類の笑みを浮かべる。

「初めまして幽君。俺は折原臨也…って言えば多分分かるよね?」
「あぁ、貴方が…。兄がお世話になってます」

無表情のままの相手に、やりにくさを感じながらも下手に喋れば俺に対する評価を下げることに成りかねないと口を閉じる。この場はどうせ新羅が取り繕ってくれるだろうと目配せをすると、新羅はにっこりと良い笑みを浮かべてみせた。嫌な予感しかしないのは、気のせいではないはずだ。

「そうだ、幽君に協力して貰えば?」
「…何の話ですか?」
「いやぁ、こいつさぁ、なんか静雄に誕生日プレゼント渡したいらしいんだけどほら、嫌い合ってるだろ?渡しにくいって騒いでるんだよ」
「な、新羅…」

嫌な予感的中。ぺらぺらと頼んでもいないのにお節介を妬かす新羅の腰を幽君から見えない角度で抓ると、小声で「大丈夫」だと根拠のない慰めを受けた。この子の俺に対する警戒心を見て言っているのか!と詰問したくなったが、事の成り行きに任せることにする。もう、何を言っても遅いだろうし。

「臨也さん、でしたっけ。…嫌いなのにプレゼントですか?……兄が受け取るとは思えませんが」
「…君も結構言うね…」

事実だけを述べているのだろうが、一言一言が心にグサグサと刺さる。もしかしたらわざと人の心を抉る様な事を言っているのではないかとさえ思えて来たのだが、無駄な杞憂だと考えないようにする。そうと考えなければ、本当に心が抉られかねない。

「…良いですよ。プレゼントでしたら兄も喜ぶだろうし」

意外にもあっさり承諾され驚くも、一応保険をかけておく。あの兄にして、という事もあるかもしれないし、人に頼み事をするなんて少しばかりプライドが傷つくがもうあれだ。なるようになれ。そう言いつつも保険をかける辺り、自分の心の弱さが際立つようで、もやもやとした感情が胸に広がる。

「えっと、ね。俺の名前は言わないでくれると助かるな」
「…何故です?」
「俺からだ、って知ったらシズちゃん受け取ってくれないじゃない」
「……そういう事なら」

では明日の16時にまたここで、と簡単な約束だけをして別れる。幽君の後ろ姿が見えなくなると同時に、握り締めた手を新羅の胸を目掛けて振り上げたが、ひょい、と一歩後退する事で躱された。ナイフを取り出そうとしてここがショッピング街だったという事を思い出し、その手を止める。

「暴力はいただけないかな。僕が傷ついて、セルティに看病されるってんなら話は別だけど」
「…俺、新羅大嫌い」
「あはは、仕方ないさ。僕を連れてきた君が悪い。俺だって早く帰りたいんだからね」

新羅の言葉を半分以上聞かずに、先程から目をつけていたジッポを買おうと店員を呼ぶ。父への誕生日プレゼントだと嘘を吐きそれなりにしっかりとした包装をして貰った。それを鞄に入れて新羅の方を向く。

「これで満足?」
「大満足だけど…、よかったのかい?それにして」
「いいの。100円ライターよりかはこっちのが良いでしょ。消耗品じゃないからずっと使えるし」

冷静に考えてもこの選択は結構良い物だった、と思う。実用性のある物は大概シズちゃんの力の餌食になる。文房具なんて、授業が分からないといった単純な理由だけで毎時間の様に破壊されているし、靴なんて毎日の喧嘩で擦り切れ直ぐに底がぺらぺらになってしまう。それならば特定の時間しか使わないジッポは、破壊される可能性が少ない筈だ。うん、確かに良い選択だった。

「とりあえず良かったね。少なくとも渡すことは出来るんじゃないかな?」
「まあね…」
「でも本当に自分で渡さなくても良いの?僕だったら自分で渡すけどな」
「今更そういう事言う?」
「臨也が迷ってたから言わなかっただけ」

そりゃ、自分で渡さなくても良かった、なんて事は微塵も思ってない。だって、好き、な、人、に渡すなら誰だって自分の手で渡したいと思うだろう。でも俺の場合は普通の奴らと状況が違う。こうするしか無かった。それを仕方ないと受け入れる事しか出来ない状況を、覆すことすら俺には出来ないし、そんな事をシズちゃんも望んでいないだろう。

俺の気持ちを伝えたら少しは状況が変わるかもしれないが、それはきっと悪い方にだ。そうなるくらいなら、俺は今のままで良い。我ながらネガティブな事を考えていると、ふと数歩前を歩く新羅と目が合った。目が合ったというよりは、振り向いた新羅に半強制的に目を合わせられたという表現の方が近いかもしれないが。

「明日学校どうするの?」
「……さあ」

確認するように聞かれた質問に曖昧な返事を返すと、咎めるような口調で更なる言葉を紡ぐ。

「さあ、って…。静雄から逃げるの?」
「………」
「臨也の考えは、うん…ちょっと分からないな。おめでとうくらい言ったら良いじゃないか。いつもの嫌味の中にでも溶け込ませればいい」
「いらないよ、俺が言っても気持ち悪いだけだし」
「卑屈にならないでよ」
「なってないし。もう新羅は黙れ」
「はいはい、八つ当たりは止めてくれよ」

卑屈になっていたのは図星だが、他人から指摘されるとあまり気持ちの良いものではない。というか先程から感じていた苛立ちが爆発しかねない程の感情の波が押し寄せてきた。

これも全てシズちゃんのせいだ。なんで俺が誕生日プレゼントを渡すだけなのにここまで苦労しなきゃならないんだ。理不尽だと理解しつつも沸き上がる苛立ちに深々と溜め息を吐く。苛立ちをも一緒に吐き出す様に、長く長く。

「…とりあえず、明日と明後日が正念場かな」





ぱちぱち


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