「ごめんね」

俺の部屋に着き電気を点ける。明るくなった視界の中テーブルにケーキを起き、適当に床に腰を下ろすと幽が改まったように謝罪の言葉を口にした。突然過ぎる謝罪に驚き、僅かに声のトーンが高くなる。

「なんで謝るんだよ」
「無理矢理、連れ出して」
「別に気にしなくて良いっての」

些細な事で謝る幽の頭を撫でれば幽の身体がガクガクと左右へ揺れる。力が強すぎたか、と謝りつつ手を離せば何故か俯いたまま無言を保ち続けていた。そして何かを決意したかのような強い意志が篭められた瞳をこちらへと向ける。

「本当はプレゼント…、一つじゃなかったんだ」
「え?」
「でも、これは俺からじゃない。兄さんに渡してくれっていう、預かり物。」

そう言い夕方に幽が隠れていたクローゼットの扉を開け、再び中へと潜り込む。人一人分くらいのクローゼットの中に隠された目的の物を見付けたらしく、出てくる時にはそれまでは無かった何かを握っていた。幽がくれたプレゼントとは違う、黒い包装紙に包まれた箱。幽はそれを忌ま忌ましげに睨みつけた後、躊躇いながら俺へと差し出した。

「これがプレゼント」
「預かり物って…、誰からだ?」
「…とりあえず開けてみてよ」

促されるまま箱を開けると、信じられない物が入っていた。金色に輝くジッポ。虎の柄が掘られているそれを片手に思考が停止する。

「…これは」
「流石に母さん達の前じゃ渡せないでしょ?」

幽は予め中身を知っていたのか?という疑問よりも前に、単純で重要なことに気付いた。いや、気付いてしまった。

ジッポなんて渡すくらいだ、贈り主は俺が煙草を吸っているのを知っている。とはいえ煙草なんて家では勿論、外出先でも吸わない。学校で、それも限られた極僅かな人間の前だけで吸っているのだ。その限られた人間がもたらすストレスから逃れる為にその時だけ。臨也、新羅、門田。この3人しか幽にこんな物を渡せる奴はいない。

でも誰が、なんてことは想像もつかなかった。これがわざわざ幽に頼まなければ渡せないような物かどうかと考えた時に、不自然な違和感が浮かび上がる。

「…誰からだ?学校の奴らだろ?」
「…うん。それは否定しないよ。兄さんの傍に居ていつも兄さんの事を見ている、僕の大嫌いな人」

嫌悪感を顕わにする幽の姿が珍しくて思わず目を見開いてしまう。それと同時に幽の言葉に更に誰だか分からなくなった。幽が嫌いになるような奴と聞いて真っ先に臨也の顔が浮かんだが、幽や両親の前では優等生ぶっている奴だ。普段のあいつならまだしも、そんな皮を被った奴を嫌いになる理由が分からない。
少しの間思考に耽るも分からず、幽へと再び尋ねようと思ったのだが幽はどこか遠くを見たまま俺の心を呼んだかのように言葉を返した。

「誰かは教えられない。口止めされてるんだ」

そう言われてしまえば、尚も問い詰める事なんて出来ない。再び思考の海に溺れようとした俺に、幽はまるで内緒話だとばかりに俺の耳に顔を寄せる。

「でも、兄さんは多分気付けない。だから特別に教えてあげる」

何年間も一緒に居た兄弟だ。声色だけで大体の感情は読み取れる。今の幽の声には純粋な手助けの意と、何故か俺が気付けない事が嬉しいと言うかのような喜悦の感情が混ざっていた。

「本当は、自分で気付かなきゃ駄目なんだけどね」

耳元から顔を離し問題が分からず困惑する子供を宥めるような口調でそう諭す幽は、顎に指を添え少しの間思案しているようだった。教えてくれるといっても答えを教える訳ではなく、あくまで答えにな辿り着くまでのヒントなのだろう。何か思いついたのか、閃いたと言わんばかりの表情で俺へと語りかける。

「兄さん、今日は真っ直ぐ帰ってきたよね?なんで?」
「なんでってノミ蟲が休みだったから、ってのが一番の理由だな」
「だから、今日は喧嘩しないで早く帰宅出来た、と?」
「あぁ」
「そうだよね、あの人が普段通りに学校来てたら兄さんは今日も喧嘩して帰ってきて、誕生日まで不機嫌だったろうしね」
「……否定は出来ねぇな」
「兄さん、」

質問を繰り返す幽の言葉に耳を傾けていると、急に声色が鋭いものになった。

「俺は臨也さんの本性を知ってるよ?」

臨也の本性を知っているということは要するに、幽は臨也を嫌いになることが出来るということだ。人を貶める様な態度を見て、俺の弟である幽が何も思わない訳がない。先程の嫌悪感はこれに繋がるのだろう。それと繰り返された質問の意味。幽は臨也の存在を強くアピールしている。それが何を意味するか、答えは簡単だった。

「もしかして、お前にこれ渡したの臨也…か?」

こくり、と静かに頷く。それは間違いなく肯定の意を示していて、俺は益々混乱の海へと追い込まれた。

「ありえねぇだろ。だって俺とあいつは友達でも、何でもないんだぞ?」
「駄目だよ。こっから先は兄さんが自分で考えないと」

今度ばかりは教える気がないのか、首を振って拒絶の意思を伝える。

カチリ、と何気なくジッポの火を点けると青い炎がおこった。臨也からと聞いて火を点けた瞬間に爆発するのではないかと危惧したのだが、どうやら無駄な心配だったらしい。
俺がジッポに夢中になっていると横から溜め息が聞こえた。顔を幽へ向けると、何やら難しい顔で俺の手の中のジッポを見ている。

「あの人の欠点は何でもかんでも喋ることだね。もしかしたら僕が兄さんにこうやって話す、とか考えなかったのかな」

臨也とはまだ短い時間しか共に過ごしていないが、ある程度のことなら不本意ながら臨也の考えは読めるようになっていた。こんな時、臨也がどのような思いで他人に自分の考えを語るのかも。

「…あいつは、予め自分が裏切られる可能性も考えてると思う。ってもあくまで俺の予想だが…」
「じゃあ、これも臨也さんの手の内…なのかな?」

「寧ろ、言って貰うのを期待してたんじゃねぇか?……いや、よくわかんねぇわ。悪いな、混乱させるようなこと言って…」
「……うん」

何か合点がいったように考え込む幽の姿を見る。臨也が幽に何と言ってこれを渡したのか、そこまでは予想することは出来ない。その前に臨也はいつ、渡したのだろうか。まだ気になることはある。これを俺に渡すことによって、あいつは俺にどんな反応を求めているのかがさっぱり分からない。臨也は無意味なことはしない性分だろう。ならば必ず理由があるはずなのだが。

分からないことだらけで頭が痛くなってきた。

「…、今日は僕寝るよ。兄さんも明日学校でしょ?」

幽の言葉に思考を中断させる。立ち上がり、「おやすみ」と一日の別れの挨拶をして部屋のドアノブを捻る幽の背中へと声を掛ける。

「幽」
「何?」
「今日はありがとう。嬉しかった」
「止めてよ。家族じゃない」

照れた様に僅かに頬の筋肉を緩める幽が部屋から出たのを確認すると同時に、ベッドへと倒れ込んだ。

さて、どうしたものか。
このジッポが本当に臨也からの贈り物だったとして、臨也がどんな意味を篭めて幽に渡したのか分からない。素直に誕生日を祝うような奴ではない、ましてやそれが俺の誕生日となると不自然過ぎて思考が中断されてしまう。
でも俺が一人で気付かなければならないことなのだ。
大体滅多に休まない臨也が今日に限って学校を無断欠席した事から変だったのだ。それとこの不可解なプレゼント。共通点は?臨也がこんな事をして得をするのは誰だ?そんな事考えなくても、分かる。

臨也が居ない事で幸せになるのは俺だ。だから、俺の誕生日という今日に限って身を引いた?じゃあプレゼントは素直に祝いの意が篭っているのか?馬鹿げてる、ありえない。ありえてはならない。でもこれ以外に辻褄の合う答えが分からない。一体、何なんだ。

「……明日、問い詰めてやる」

呟きは一人の部屋に溶け込み、そして消える。
カーテンから漏れる月の光りに照らされた指輪とジッポが嫌に眩しかった。


ぱちぱち


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