「兄さん」

家族での食事が終わり、家族が食べきれなかったホールケーキを一人食べていると、隣の席で食後の紅茶を飲んでいた幽から声を掛けられた。ケーキを食べる手を止めることなく、視線だけを幽へと向ける。人と話す時は食事を一時中断させる事がマナーだと知ってはいるが、生クリームの魅惑的な甘さと苺のみずみずしさに夢中になり、なかなか手を止めることが出来ない。

「あんは?」

咀嚼しながら「何だ」と疑問を投げ掛けると、幽の表情に困った様な色が浮かび上がる。なんでそんな表情をするのかと首をかしげると、不意に幽の手が俺の顔目掛けて伸ばされた。臨也であれば警戒する行為だが、幽が俺に対して何か悪事を働くとは考えられず瞬きすることなく手の行方を見守る。

つい、とその指が口端に触れたと思えば、離れる幽の指には今自分が食しているケーキのクリームが付着していた。その指を無表情で口へ運び、舐める。そしてその甘いクリームを流す様に再び紅茶を口へに含む。
少女漫画にでもありそうなワンシーン。俺が女であれば胸をときめかせる事もあったのかもしれない様な出来事だったが、今の一連の動作にやましさなんてモノはない。寧ろ男同士だというのに堂々としている幽に、こっちの方が苦笑してしまった。

そんな俺達の姿を見て、向かいの席で酒を飲む親父がにまにまと笑みを浮かべているのが視界に入り込んだ。どうせ「兄弟、仲が良いな」なんてことを考えているのだろう。ここで下手に声を掛ければ「昔は喧嘩もして〜」と長い長い昔話に付き合わなければいけなくなるので、敢えて見て見なかった振りをする。

「兄さん、あのね」

と、どこか躊躇いさえも窺える幽の声に再び視線を幽へと戻す。

「誕生日プレゼントがあるんだ」

そう言うとポケットから白い包装紙で包まれた小さな箱を取り出し、ことりとテーブルの上に置く。お袋も親父も幽の選んだプレゼントに興味があるのかいつの間にか覗き込むように俺の手元を見ている。そんな3人の視線に無言の圧力をひしひしと感じながら、半ば急かされるように箱の包装を解いた。

箱を開けると中からころり、と何かが手の平に転がる。

「……?」

箱から転がった物を確認すると、それは一つの指輪だった。食卓を照らす照明を反射し鈍い光を放つそれは、髑髏の装飾が施されていて自分好みのデザインだ。アクセサリーなどは詳しくないが、安物ではないということは見ただけでも分かる。作りもしっかりしているところから考えて、値段は結構しただろう。お袋も親父も感心したようにこの指輪を見ている。

「兄さんの趣味が分からなかったから、気に入るか分からないけど…」

どこか申し訳なさそうに俯きがちに言う幽の頭を、最低限の力でくしゃくしゃと撫でる。「おめでとう」という言葉だけでも十分に嬉しかったが、形を伴った祝い方をされるとまた違う喜びが胸を占める。祝福されてるんだな、と思わせてくれるような温かい雰囲気に思わず涙が零れそうになった。だが、この歳になって泣くことに僅かながらの抵抗があり、すんでのところで涙は目の置くへと消え去っていく。

「いや、普通にすっげぇありがてぇし、気に入った。本当ありがとな」
「どういたしまして」

ぺこり、と頭を下げる幽に笑みを見せる。ほのぼのとした家族団欒、これがこの家族の良いところだ。どうしてこんな両親から俺みたいな子供が生まれたのか、疑問に思わない訳ではないが今は考えないようにする。

不意に太股に刺激を受けた。テーブル下に視線を向けると幽の手が太股を突いている。どうかしたのか、と問おうと口を開きかけた瞬間、一足先に幽が口を開いた。

「兄さん、部屋に行って二人で祝おうよ」
「お?なんだなんだ、ここでもいいじゃないか」
「……父さん臭いから…」

鼻を手で覆い臭いというジェスチャーをしながら、幽は席を立つ。臭いといっても煽るように飲んでいる酒の臭いだろう、と即座に察知したのだが何を勘違いしたのか親父は放心状態で口から酒を垂らしていた。親父を宥めるお袋を横目に俺も席から立ち上がる。食べ残ったケーキを持つ事も忘れずに。

「行こうか」

そう言った幽にどこか暗い雰囲気が漂った気がしたが、ただの杞憂だと気付かない振りをした。






ぱちぱち


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