「ただいま」

夕焼けが雪景色を橙色に染める中、学校から帰宅した静雄の声が玄関に響く。

時刻は午後5時前。いつもならば外が暗くなるまで臨也と池袋中を走り回ってる静雄にとって、夕日が出ている間に家に着いたのはとても貴重な事だ。それだけで上機嫌になる自分になんて単純なんだ、と自嘲じみた思いを抱きながら自分の部屋へと足を進める。

今日は一日臨也と会う事がなかった。それもそうだ、臨也は今日学校を休んだのだから。
風邪か用事かなんて事は俺は知らないし知りたくもない。担任が欠席の理由を門田や新羅に問いていたがあの二人がそんなことを知っている訳もなく、結局臨也は無断欠席をした。同じクラスという事もあり臨也の姿を毎日見てきた俺にとって、臨也の居ない今日という日は珍しく、それでいて幸せな一日でもあった。不思議な事に不良共は絡んでこないし、誰も俺を怒らせない。穏やかで平和な時間。望んでいたものが臨也が一人居ないだけで全て手に入り、このまま臨也が休み続けてくれる事を切に願った。

そんな学校生活を振り返り部屋のベッドの上にスクールバックを放り投げる。教師に山ほど出された課題や教卓を壊した事へと反省文の事を思考から追いやり、自分をもベッドの上に倒れ込んだ。ぼふっ、という布団に身体が沈む感覚が心地好くて思わず目を閉じる。

「疲れた……」

ぼそり、呟いた独り言。ふぅ、と長く息を吐き目を閉じれば浮かぶのは今日の昼休みの風景だ。



「臨也の考えてる事は僕には分からないや」

誰かからのメールを受信し、それに無言で目を通していた新羅が溜息混じりにそう呟く。突然の臨也の話題に驚きはしたものの、口を出す事はせずに新羅の言葉を聞く。わざわざ俺の前で臨也の話をするという事は、きっと何か俺に聞いて欲しい事があるのだろう。

「本当馬鹿みたい」
「こら。人の居ないところでそいつを悪く言うな」
「だってさ、ほらこれ見てよ」

そう言い宥めた門田に携帯を見せると、どこか納得したように苦笑を浮かべた門田が俺へと視線を向けてきた。よく状況が分からない俺にとって、この雰囲気は少し面白くない。無言で手元のコーヒー牛乳を飲むと、やれやれと言ったそぶりで新羅が口を開いてきた。

「明日、臨也が来たらありがとうと言っておいた方がいいよ」
「はぁ!?なんで俺が!」
「岸谷、それもどうかと思うぞ。臨也は当然の事をしているだけだろ」
「門田も、何言ってんのか分からねぇよ。臨也が何をしたんだよ」
「ま、明日になれば分かるよ。僕としてはそれまでに君に気付いて欲しいけど」




疑問が払拭されないまま帰ってきたものの、明日になれば分かるのならばそれ以上は考えない事にする。自ら嫌いな奴の事を考えるなんて、マゾヒストじゃない俺にはただの苦痛でしかない。

束の間の平穏を噛み締める様に、深く深く目を閉じた。このまま寝るのも悪くないと、ゆるやかに迫る睡魔に身を任せようと布団に顔を埋めた時、先程まで誰も居なかったこの部屋から人の気配がした。

「お疲れ様」

どこからか聞き覚えのある声がして、むくりと身体を起こす。辺りを見回すと、部屋の隅にあるクローゼットがゆっくりと開かれるのが見えた。不気味さを演出したいのか、ギィ…と音を立てて開かれる扉から覗いたのは朝にも会った弟である幽の姿だ。無表情でクローゼットから出てきた幽は、手に持っていたクラッカーを俺に向けて勢いよく発射する。破裂音と共に放たれた、小さく切られた色紙がひらひらと部屋中に舞い散った。

「あれ、驚かなかった?」

ちょっと考えたのにな、と呟く幽に驚きというよりも純粋な疑問が頭を駆け巡り、うまく言葉にする事が出来ない。いつの間に部屋に入ってきたのか、その前に何故クローゼットの中になんか入っていたのか。そしてそのクラッカーは何なのか。何から聞けばいいのか、整理するには容量の足りない頭が弾き出した疑問をぎこちなく声に出す。

「何、してんだ?」
「兄さんの誕生日サプライズ」

パチパチと拍手をする幽の姿を、自分でも分かるほど間抜けな表情で見つめていた。
壁にかけられたカレンダーを見ると、確かに今日は1月28日。俺の誕生日だ。自分でも気づかなかったこの日を祝う為に、幽の言うちょっとがどの位か分からないが、俺の為に何かを考えてくれたという事が何より嬉しい。自分の弟ながら可愛い奴だと思った。

無言の俺に未だ状況が理解出来ていないと思ったのか、パチパチパチパチと拍手の速度を速める姿に頬が綻ぶ。

「ありがとな。お前が俺を喜ばせようって気持ちは伝わったよ」
「うん、喜んでもらえるとこっちも嬉しいかな」

パチン!と一際大きな音をたて拍手が止む。すると不意に幽がくるりと振り返った。

「父さんと母さんもすぐ帰ってくるよ。兄さんの好物買ってくるって騒いでたから」

そう幽が静かな声で言い終わると同時に玄関から何か物を落とす音と声が聞こえて、静かだった家の中が一気に騒がしくなる。元々静かな幽や騒がしいのが苦手な俺とは違い、両親は騒がしい人達だった。自分の息子に怪我をさせる臨也をも、話に出る度に自分の子供の様に嬉しそうな顔をする両親だ。どこか変わっているのは高いテンションだけじゃないという事が分かる。そんな両親の性格を体現したかのような声が玄関先から家中に響き渡った。

「幽!ちょっと手伝ってくれ!荷物が!荷物が!!」
「はーい…。あ、もう兄さん帰ってきたよ」
「本当か!?今日は臨也君と喧嘩して来なかったのか!臨也君め、今日に限って静雄に喧嘩を売らないとは私の考えをパーにする気だな…!!幽、静かにな!バレたら計画が台なしだ!!」
「……うん」
「……もう聞こえてるっつーの」

一人喚く親父の呼び掛けに、とたとたと部屋から出ていく幽。

とたとた、とた。
不意にピタリと止まり珍しく口元を緩めた表情で俺を見つめる。ここまで表情を崩す事のない幽に違和感を感じつつ、その視線から目を逸らす事なく幽の瞳を見続ける。時間にして、ほんの数秒。
幽の瞳が何か俺に訴えるように揺れていたが、俺はそこから意味を汲み取る事が出来ず、ただただその瞳を見つめていた。

「本当に、おめでとう」

まるで子供に言い聞かせるかのような優しい声色で紡がれたこの言葉が、幽が俺に当てたものではないというのは分かった。何か幽が遠回しに伝えようとしている。しかし、それが何かは分からない。

「     」
「……、幽…?」
「兄さんは、愛されてるんだね」

聞き取れなかった幽の言葉をもう一度言って貰おうと思ったのだが、幽は親父の元へと再び足を進めていた後だった。

する事もなく再びベッドに倒れ込むと携帯がメールの受信を知らせる。受信ボックスを開きメールを確認するとそれは新羅からで『誕生日、おめでとう。門田と新羅より』と記されていた。

メール画面を開いたまま携帯を閉じ、誰にも聞かれる事のない小さな呟きを一つ漏らした。

「……おめでとう、か」


ぱちぱち


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