「日々也ー…、朝ー」

目を擦りながら欠伸を一つ。主人より一時間は早く起きるべし、という迷惑な掟に従い、毎朝5時には起きている俺を誰か褒めてくれ。というか寝かせてくれ。前に、そんなん知らねえよとぐーすか寝ていたらメイド達にホウキで叩き起こされて、それがちょっとトラウマになってたりなってなかったり。

ふかふかのベッドで眠る日々也が羨ましい。『起こしてこい』と命令されたけれど、こうも幸せそうに眠られると起こすという行為に罪悪感を覚える。睡眠を妨げられる苛立ちは俺がよく分かっているし。

毎朝の葛藤に溜め息を一つ吐き、ベッドの脇に腰掛ける。異常なほどきらびやかで広い部屋に俺と日々也の二人だけ。これで日々也が女だったら恋の一つや二つ始まりそうなものだけれど、日々也は男だしそして何よりまだまだ子供だ。確かつい最近、ようやく14才だか15才になった気がする。俺から言わせてみればそこら辺の餓鬼と何ら変わりはない。そんなこと宮殿の中で言ったらメイド達にぶっ殺されるけど。

命令を軽く無視しながら、何をするでもなくぼんやりと室内を眺める。綺麗で、大きい部屋。でもどこか虚しさを覚える。俺だったら間違ってもこんな部屋で眠れないね。寒くもないのに、冷たい何かがこの部屋にはある。

「ん?」

何か嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を付いた。鼻を頼りに匂いの元を探る。なんだろう。

ふと、テーブルの上に置かれている物が目に留まった。何か箱が置いてある。誰かからのプレゼントのようにも見えるけれど、開けた形跡はない。というか箱の隅が潰れているし、明らかにテーブルに投げ捨てただろう痕跡がある。

これはいらないという意思表示だと受け取っていいのだろうか。中身を確認するべく、テーブルの上に置かれた箱を開く。ほら、なんか危険なものだったら危ないし。うん、そうだ。

パカリ、と蓋を開いた瞬間ふわりと甘い香りがして、お腹がキュルとなった。

「食べたかったら食べていいぞ」

不意に後ろから声が聞こえ、慌てて振り向くと日々也がぼんやりとした顔で俺を見ていた。もそもそと起き上がり、小さく欠伸をする。こうやって見ると普通の子供にしか見えないな、なんて考えながら眠たそうに何度も瞬きを繰り返す日々也の頭に触れる。『主人に触るべからず』なんて決まりは俺の前では通用しない。ゆるく寝癖のついた髪を撫でてやると、くすぐったそうに目を細めた。

「おはよ、日々也」
「その菓子、昨日あの大臣から貰ったんだ。『子供には難しい話よりもこっちの方が似合ってますよ』なんて、馬鹿にするにも程がある」

箱の中には綺麗に並べられた高級感漂うチョコレートがいくつか入っていて、俺の食欲を刺激する。なんか見てたらすごく腹が減ってきた。食べていいかな、これ。

腹立たしげに箱を睨みつける日々也を軽く宥め、どれどれと箱を観察。多分相当高い店のチョコレートだろう。箱をじろじろ観察していると、箱の隅に高級チョコレートを取り扱う有名ブランド名が記されてあった。確か、宮殿の近くにあったような。でも。

「この店、酒入ったチョコばっか売ってるとこじゃん」

日々也にはまだ早い、と言いかけて口をつぐむ。そうか、嫌がらせか。それも凄く子供じみた。それでも日々也を苛立たせるには十分だ。

「僕がお酒が無理だと気付いた上でわざと…。腹が立つ」

目に憎悪の色を滲ませた日々也の頭を、落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。傷付けられたプライドをフォローするのも俺の役目だ。よしよし。



王であった日々也の父が死んで、まだ一ヶ月も経っていない。詳しくは俺も日々也も聞かされていないが、どうやら不幸な事故だったようだ。日々也の母親は存在こそするも、病弱で自室に篭りメイド達に看病されているといった具合で、実質この国の王は日々也だったりする。

それでもまだ18にも満たない日々也が国を動かせられる発言力や決断力を持っているわけもなく、日々也の父に仕えていた奴らが日々也の意見を尊重した政治を行っていた。その一人が日々也の言う『あの大臣』である。王の一番の親友だったらしいあいつは王が死んだ途端手の平を返し、今までの態度はどこへやら急に日々也への態度が冷たいものへと変化した。

よくある話だ。
そして物凄く胸糞が悪い。

立場上王であっても、日々也はまだまだ子供だ。国民の前に立ち演説することすら許されない。法にしろ何にしろ最終決断を下すのは王だ。そんな王が世間の右も左も分からない子供だと国民に知られては混乱が生じてしまう。

そんな日々也の代わりが、実は俺だったりする。どうしても王が国民の前に出なければいけない時なんかは、俺が王として代わりに立ち演説をする。だからこう見えても、マナーや動作などはしようと思えば日々也よりも十分それっぽく見えるくらいには身についている。面倒だから、必要な時以外はしないけれど。



許しが出たからと堂々とチョコレートを食べる。細かいデザインが彫られているけれど、結局食べれば同じことだ。問題は口に合うか合わないか。いくら高級品でも口に合わなければ、安売りのチョコの方が何倍もマシだったりするし。

「あ、うめ」

舌の上で甘いチョコが溶けて、日々也の苦手な味が口に広がる。これの何が嫌なのか、普通に美味いのに。信じられないと言わんばかりの表情で俺を見る日々也に、俺も内心信じられないなんて思う。間違っても顔には出さないけれど。

「もう一ついい?」
「勝手にしろ」
「へーい」

今度は形の違うチョコを一口。これはどうやら、中に何も入っていない普通のチョコのようだ。俺にはちょっとくどいけれど、日々也には丁度いいくらいの甘さだろう。チョコを摘み、日々也を手招きで呼ぶ。酒を食わされるかとでも思ったのか、ベッドから動くこともなく黙ったまま首を横に振っている。

「これは大丈夫だって。食えないのは俺が全部貰うから、こっちのだけ食えよ。なかなかいけるぞ」
「朝食前だ。それに…」
「それに?」
「あいつから貰ったものは例えなんだろうと口の中に入れたくはない」
「ふーん、俺が食べるのはいいんだ?」
「胃は丈夫だと先日自分で言っていただろう。お前ならば、あいつの毒にやられることもあるまい」
「毒て…」

甘いチョコだけを残し、後の酒入りチョコレートを次々と口に含む。食べられる時に食べておかないと。全てを食べ終え、ようやく日々也の世話へと向かう。本当ならそっちのがメインなんだけど、俺も人間ってことで。自分の欲に素直なのは良いことだ、という言い訳をぽつり。

主人が身に纏うものは従者が全て着せなければならない、という掟は一体いつまで有効なのかと本気で考えてみた。俺もまだ成人を向かえていないから、今はまだセーフだ。でも、もし年をとって、例えば俺達が40、50のオッサンになったとして毎朝こんなことをするのだけはごめんだ。最後の仕上げに王冠を被せ、ようやく日々也の着替えが終わる。予めブラッシングもしているし、完璧だ。文句のつけようがない。流石俺。

「助かった。ありがとう」
「慣れたよ。ほら早くしねえとメシがなくなるぞ」
「お前はもう少し言葉使いをなんとかしろ」
「はいはいっと」
「デリック」
「分かってるって。ごーめーんーなーさーい」

あえて語尾を伸ばすと、プリプリと怒って先に行ってしまった。一人で廊下を歩かせてはならない、というかなり面倒な掟を守るべく俺も慌てて日々也の後を追い、走り出した。






「む」

日々也が不意に立ち止まる。それに合わせて俺も足を止めた。日々也の視線の先には、窓を掃除するメイドが3人。窓といっても無駄に大きい宮殿中の窓は、掃除をするだけで軽く1日はかかる。脚立を利用しての掃除は見ている側もハラハラするし、それはメイド達だって同じことだろう。

自分よりも年上で尚且つ大きいメイドたちを日々也は目を細めながらじっと見ている。何を思っているのか、俺には分からない。

「…あんな大きいものをたった3人で」
「それがあいつらにとっての仕事だからな」
「それにしてもだ。ありがたい」
「そんなもんかね」
「あぁ。出来ればお礼を告げたいのだが…。……こういう時になんと言っていいのか、いまいち分からない」
「お礼ねぇ…」

あ、いいものがあった。ポケットに入れていた小さい箱、その中にはさっき食べ残したチョコがいくつか入っている。日々也の言うお礼がこんなもので代用出来るのか怪しいところだが、感謝の気持ちは伝わるだろう。善は急げだ。掃除を続けるメイドへ近付くと後から日々也がちょこちょことついてくる。顔には僅かな不安の色。大丈夫、俺を信じろって。

「そこの3人さん、ちょっとちょっと」
「あら日々也様にデリック様!おはようございます」
「うむ、おはよう」
「俺に様なんかいらないっすよ。というか、朝から精を出してお仕事に励んでいる3人に日々也様からプレゼントだそうで。ということでどうぞ」

日々也の視線が頭に刺さる。多分、驚いているんだろうな。相談も何もしてないわけだし、なんか文句ありそうな感じだけど突然お礼したいなんて言う日々也が悪い。いや悪くないけど。全然悪くないどころか、むしろちょっと褒めてやりたいけれど。

「あ、一人一つな」
「こ、こんな、受け取れませんよ。日々也様がお食べ下さい」

まぁ、当然そうなるわな。それが主に仕える従者の本来の反応だ。俺みたいに「食べていい」と言われ、「わーいラッキー。じゃあ食うわ」と返す奴なんて世界の何処を探しても俺しかいないだろう。胸を張って言うことじゃないけれど。

「大丈夫だって、俺も食ったしな」
「こらデリック。無理矢理は寄せ。この馬鹿に構わなくていい。悪かったな」
「今、馬鹿って言ったな?聞いたんだからな?」
「うるさい」
「うるさいって言った奴がうるさいってことで、日々也うるさい」
「お前は子供か!」

お前のが子供だろ、というツッコミはかろうじて飲み込んだ。これを言ったら絶対にキレる。

にしても、なんか俺が自分勝手に動いているみたいに聞こえる。いや、実際その通りなんだけど。こういう機会がないと、まともにメイドたちに礼も言えない日々也を思って俺はだな。

どうせ日々也が「ありがとう」と言ったところで「それが仕事ですから」と返ってくるに決まってる。それなら俺が少しでも、従者という同じ立場から交流してうんたらという計画を全く分かっていない。理解してくれていない。ちょっとグレてもいいか。

「どうしましょうか」
「少しくらいならいいんじゃない?ほら、今はあの小煩い大臣もいないし」
「それもそうね」

こそこそ話し合うメイドたちが俺らを見てクスリと笑う。俺は今グレてるんだからそんな綺麗な顔で笑われても何も感じないぞ。

「デリック様、日々也様」
「む」
「…どした?」
「先ほどはお断りしましたが、やっぱり…ね?」
「日々也様のお気持ちですものね」
「お一ついただきますわ」
「ったく、素直じゃねーなあ。俺が怒られた意味ないじゃん。はいどうぞ」

チョコを渡すとこっそり隠れながら3人とも口へ運ぶ。高いチョコだし、女ならばあれくらいの甘さのが丁度いいくらいだろう。残しといて良かったなあ、と思う。厨房で溶かしてアイスにでもかけて食べようとしていただけだから、それならこんな風に誰かに食べてもらった方が何倍もいい。

「日々也様、ありがとうございます」にっこりとそう笑うメイドと俺を交互に見比べる日々也に俺もにっこりと笑いかける。お前の感謝はきちんと伝わったよ。

「…ありがとう」

無愛想に一言そう言われ、心が満足感に満ちた。やっぱり俺がいないとだめなんだなあ、と愛しささえ湧く。主の役に立てて幸せを感じる辺り、俺もやっぱり従者だ。

だってほら。すごく気分がいい




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