「お前ら気をつけてけよー」

騒がしい朝食を終えた弟達に、諦めの色を混ぜた心配の言葉を掛ける平和島家のおかんこと京平。笑顔で手を振る新羅に軽く手を振り返し、遠ざかる3人の背中を見守る。兄として、そして保護者の立場として遠ざかっていく疎らな3人の後ろ姿に何とも言えない不安が過ぎった。その不安を隠すこともなく、ため息を一つ漏らす。

来神高校の教師から連絡があったことはまだ京平の記憶に新しい。静雄が何か破壊でもしたのかといつものように流すように話を聞いていると、お宅の弟さんが登校中に問題を起こした、と通行人や生徒から申し出があったのだと執拗に説明されて首を傾げる。生徒はまだしも通行人にまで迷惑をかけるとは、一体何をしたのだろうか。臨也と静雄の兄弟喧嘩なら分からなくもないが、登校中に通行人を巻き込んでの喧嘩なんて今までに一度もなかった。

誰が何を?と事情を聞く前に、甲高い女教師の金切り声が電話越しに響く。

「本当、なんなんですか!?登校中に校門と接触事故起こして…、その上血だらけで登校なんて!!」
「…また、静雄の奴ですか?丁度、今日そちらへ先日の件について謝罪に行こうとしてたんですが。その、校門は壊れませんでした?」
「…校門の心配なんて関係ないですわ!それに、静雄君だけじゃありませんよ!」
「は?」

教師の言葉に疑問を抱き、実際に声に出してしまえばそんな反応さえ腹立たしいのか高い声を更に荒げて怒鳴り出す。電話から20cm耳を離して教師の話に耳を傾けると、予想の斜め上にいった事実を告げられた。

「弟と臨也君と新羅君もです!このままじゃ授業どころじゃなくなるんで、今日のところはお返し致しました!後、謝罪には来て下さらなくて結構です!!」

ガチャリ、と一方的に切られた電話に溜め息を漏らし、帰ってくる弟の出迎えの準備として軽く運動する。口で言っても聞かない奴らだ。実力行使で向き合わなければ、話をまともに聞くことはないだろう。

しばらくしてすり傷だらけの臨也と、何故か無傷な新羅、破壊された自転車を担ぐ血まみれの静雄が帰ってきた時には心底呆れたものだ。それにしても、何故揃いも揃って校門なんかに衝突したのか、いま一つ分からなかった。事情を聞こうにも3人とも口を閉じているのだ。言えば尚更叱られると危惧してか、普段以上にその口は固い。結局事情も分からぬまま記憶から消えていたのだが、ふと思い出したそれに再び疑問を抱き始めた。

(……ていうか、あいつら…)

遅刻しそうだってはあんなに騒いでたのに、どうして今は大人しかったのだろう。小さな違和感を感じ、さっきの3人の姿をもう一度思い出す。新羅はにこやかに手を振り、臨也は先頭を子供のようにリズムにのって歩いていた。静雄はそんな2人の間で新羅の白い自転車を引きながら、臨也に悪態をついていたようだった。

こんな遠い距離、静雄以外の2人は徒歩で歩くのだろうか。でもそんなことをすれば遅刻は免れないだろう。では、自転車1台でどう3人が登校出来るのか?と疑問を抱くと同時に京平の足は家から飛び出していた。3人の消えた方角を見る。歩いているはずの二人の姿は何故かない。徒歩で向かっているはずの二人がこんな短時間で通学路から消えるのはおかしい。


京平がある結論に至るまでそう時間は掛からず、倉庫から自分の自転車に跨がり通学路を駆け抜ける。

その瞳は、怒りの色で染まっていた。







「つーかなんで3人乗りなんだよ!!」
「時間ギリギリなんだし仕方ないでしょ。それにさっきはシズちゃんも納得したじゃない」
「あれは急いでたからパニクってただけだ。普通ん時に言われてたら絶対お前は乗せなかったよ」
「とか言いつつ俺のことを降ろさない辺り、兄貴面してるねえ。気持ち悪い」
「殺されたいか?」
「どうでも良いけど前みたいに事故らないでねー。これ僕の自転車なんだから」

車より速いであろうスピードで坂を下る一台の自転車。その自転車には器用に3人が乗っており、嫌でも周囲の視線が集まる。

立ち漕ぎでペダルを漕ぐ静雄を先頭に臨也がサドルに座り、新羅は後ろ向きで荷台に乗っている状態だ。危険なことこのうえない体制な上に、普通ならばバランスを取ることさえ難しい3人乗り。それを軽く熟すのは静雄の特権だ。といっても、バランスを取れているだけでコントロール出来ている訳ではなく、もし石などを自転車が弾いたらそれだけでもバランスを失ってしまう状態だった。

「まぁた叱られるのは俺なんだよ!!この前も京平に殴られたし」
「別にシズちゃんは痛くないから良いじゃん。俺達なんかモロに痛みを受けるんだよ。正直泣きそうになったからね」
「あはは、京平意外に力あるからね。正直僕もあれは痛かったかな」

呑気な弟二人を乗せた自転車は尚も加速し続ける。今仮に車と衝動しそうになったとしてブレーキをかけたとしても無事では済まないだろう。しかし、操縦する静雄はそれに気付かないのか加速する自転車のスピードを緩めようともせず坂をぐんぐん、下っていく。

「どーん」

そんな声と同時に静雄の視界が暗くなる。突然のことに驚くも、前の見えぬ状態のまま後ろに居る臨也に怒鳴りつける。

「あぶねっ!お前、ふざけんなよ!!」
「この方がスリルあっていいじゃん」

静雄へと手を伸ばす臨也を、ハンドルを握っていた右手で振り払う。しかし、3人も乗っている自転車を片手で操縦出来る訳もなく、自転車は大きく目的の方向から逸れ車通りが多い道路へと侵入する。2人の罵声を背中で受け止めていた新羅も、異変に気付いたらしく冷や汗を掻いた。通行人も目を見開き、これから訪れるであろう最悪な事故に悲鳴をあげるものさえいる。新羅は悟った。死ぬな、僕。

「静雄おおぉお!前!車!!」
「うわ!!怪我したくなかったらどけろ!」

車に理不尽な台詞を投げ掛けつつ、急いでハンドルを両手で握るも半ばパニックになった静雄に普段通りの力加減が出来る訳もなく。

ぼきり、と嫌な音がした。

「え、静雄?」
「新羅、ごめんね。俺達死ぬ覚悟しなきゃいけないかも」
「それはどういう…」

ちら、とバランスを気にしながら背後の静雄の様子を見る。静雄の手に握られた金属の塊はハンドルのようにも見てとれた。

「…取れた。」
「取れたじゃないよ!死にたくない!!僕まだ死にたくない!!」
「だああ、うるせえ!俺も取りたくて取った訳じゃねえんだよ!!」
「……焦るなよ、みっともない。あぁ、こんなことならもっと早く楠木にカンニングの件について脅迫すれば良かった。てか、え?死ぬの?本当に?……シズちゃんのばかああぁあぁあ!!」
「手前が一番焦ってるんじゃねーか!!元はといえばお前のせいだよ!!死ね!殺す!!」
「あはは…、もう駄目だって。色んな意味で……ん?」

自分達の直ぐ横を通り抜ける車や鳴り響くクラクションに半ば達観した新羅が自嘲の笑みを浮かべる。勿論、その瞳は笑ってなどいないが。覚悟を決めセルティへの思いを胸の内に反芻させていた新羅の目に、何かが映りこんだ。

それは今この状況下において車よりも恐怖心を抱く、瞳に怒りを灯らせた兄の姿だった。

「お前ら!そんな事をしてるから事故に合うんだろうが!!」
「きたああああ!京平が来た!」
「テンションあげんな!あぁ、くそ!!いい、面倒だ!突っ込むぞ!!」
「は!?何処にだよ!」
「知るか!!」

かろうじて残っている左のハンドルを強く握り、静雄は自分の身体を左へと傾けさせる。歩道に倒れ込む方がこのまま道路を爆走するよりはマシだ、と判断した結果の行動だがコンクリートで出来た地面と衝突することは免れないわけで。

ガッシャーンと音をたてて自転車は大破した。身体を強く打ちつけた新羅と臨也、ごろごろと地面を転がる静雄の姿を見て通行人達は本格的な悲鳴をあげる。自分の自転車から降り、歩道の脇に止めると救急車を呼ぼうとする主婦を宥め、京平は尚も横たわり瞳を閉じる3人へと歩み寄った。

「お前ら、寝たふりするな」
「…悪い……」
「謝って済むなら良かったんだがな」
「……ごめんね?だから、その、怒らないで」
「やっば…、京平目が本気だ…」

むくり、と素直に起き上がり怯える弟達の頭をとりあえずげんこつ。静雄に至っては頭から血を流していたが、そんなものは気にならない。危ないことは危ないと教えてやらなければ駄目なのだ。保護者として、兄として。静雄との喧嘩により、普通よりも身体能力はあるとはいえこんな無茶をしていてはいつか大変なことになってしまう。それだけはどうしても避けたかった。

だから、

「お前ら正座しろ!!」


(何度もげんこつをされ、街中で説教をされた3人が揃って登校するのはそれから少し後の話。)




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