結局門田が委員会に顔を出すことはなく、後数分で昼休みが終わろうとしていた。

珍しいこともあるものだ、と悠長なことを考えている余裕は俺にはない。体育館裏、と臨也は言っていた。あいつは門田に何をしたんだ。そればかりが胸の中に不安として広がる。

息が切れてきたところで、体育館へと通じる階段が見えた。しかしそこは5限目の授業が体育なのか、体育館へと移動する生徒でごった返しだ。どうする、こうしている間にももしかしたら門田は。委員会なんてサボればよかった、と今更後悔しながら人の波を掻き分ける。他クラス合同授業のせいで普段より人がいる階段に苛々しつつ、大きく息を吸った。

「どけっ!」

思いのほか大声が出た。自分でも驚きつつ、唖然としたり睨みつける生徒の動きが止まったことに心の中でガッツポーズ。手すりを使い、階段6段を飛び越えて床に着地。後ろから何人かの罵声や笑い声が聞こえるが気にしている場合じゃない。

今体育館に行けば絶対、体育教師に止められてしまう。

頭を無理矢理回転させ、鍵の掛かっていない空き教室のことを思い出した。急いで教室に入り、窓を開ける。そこから飛び降りて体育館裏へと駆け出すと、ある意味予想外である意味予想通りな光景が広がっていた。

「門田!!」

血にまみれた門田の姿。そして、予想通りに先輩の姿。しかし、先輩は仲間達と一緒に地面に倒れていて、そのすぐ横では平和島が明らかに苛々した様子で立ち尽くしていた。足音に気付いたのか、門田が俺を見る。少し驚いた表情をしたが、すぐに苦笑いを向けてきた。

「委員会、一人で行かせて悪かったな」
「別にいいってそんなこと。つーか、何、何があって…」
「な、なくらぁ…」

呻きながら突然先輩が立ち上がった。ふらふらとしながらも、目は爛々と光りを点している。口からは涎をダラダラ垂らし、一目で薬が切れているんだと分かった。鬼のように恐ろしい先輩の殺気に、足が竦んで動けない。

「お前、お前え、チクりやがった、な。薬、薬、なくなっちまったぁ。お前があああぁ!」
「っひ!」

殴り掛かってきた先輩から僅かにでも身を守ろうと手を交差して防御するも、予想していた痛みはいつまで経ってもこず、反射的に閉じていた瞼を恐る恐る開ける。

「お前、しつこい」

目を開くと、無表情のまま平和島が先輩の頭をぐりぐりと踏み付けていた。痛みにか間抜けな声で唸る先輩に、引いた汗がどっと吹き出す。

ようやく自分が先輩にどれだけのことをして、どういう状況にいるのかを理解し、心臓がバクバクと大きく鼓動を鳴らす。俺なんかじゃ、もしかしたら、殺されるかもしれない。そうしたらどうなるんだろう。頭がくらくらしてきて、それ以上考えるなと警告を出した。

「奈倉、お前なんかこいつらにしたのか?」
「は、なんで」
「いや、なんかずっとお前の名前ばっかり言ってたから」

そう尋ねてくる門田にぶんぶん、と首を振る。他の奴に繋がりがバレては面倒だ。それに門田を巻き込みたくないという気持ちもあった。

「…というか。お前、なんでこの場所が分かったんだ?」
「臨也の奴が、ここに来れば面白いものが見れるって言って」

臨也の名前を出した途端に、平和島の顔に怒りの色が滲む。大きく深呼吸をした後、首をごきごきと鳴らし始める平和島は先輩とは違う恐ろしさを放っていた。絶対に逆らってはいけない、そう他人に思わせる恐ろしさ。臨也が精神的に他人を追い詰めることを得意としているならば、平和島は暴力的なそれだ。俺はそれ以上何も言うことなく平和島を見つめる。

「そうか、やっぱりあいつか。今日こそぶっ殺す、門田まで巻き込みやがって」
「いや、俺はただお前が心配で」
「殺す殺す殺す、ぶっ殺す!」

物騒な言葉を吐きながら校舎へと駆けていく平和島に、門田は溜め息を漏らす。何か門田が口を開きかけるよりも数秒早く、俺は深く頭を下げた。

「悪かった!」

精一杯の謝罪の言葉。何のことか分かったような、分かっていないような曖昧な間の後、門田は「頭を上げてくれ」とだけ呟いた。

「大丈夫だ。大体、静雄に売られた喧嘩に俺が勝手に混ざっただけだからな」
「でも」
「大丈夫だって、お前は変なところで心配し過ぎなんだよ」

何事もなかったかのように辺りを見渡す門田は、その散々な光景に困ったような笑顔を作る。十何人もの人間が積み重なり、小さな山を築き上げているその異常な光景は平和島静雄という人間の強さを象徴しているようだ。地面には、90度に曲がった金属バットが転がっている。あえてそれは見ないことにした。流石にそれも平和島がやった、と結論づけてしまえば脳内のキャパシティを超えてしまう。トラックに撥ねられても全く怪我も何もしなかった、とは噂で聞いていたが、あながち嘘でもないらしい。

「いや、でもなあ。流石にこれはやべえよな。俺も血とかついてっし。奈倉、お前授業出るなら戻った方が」

そこで門田は一度考える素振りをした。今教室に行けば、間違いなく臨也がいる。この状況では臨也に会いたくない。そんな俺の意を察したのか、さっきの言葉は撤回とばかりに手を横に振る。

「あー、俺水道まで行くけどいくか?どうする?」
「一緒に行く」
「よし」






ジャブジャブと顔を洗う門田をぼんやりと眺める。血は全て返り血だったようで、門田の顔には傷一つついてなかった。喧嘩が強いのは本当らしい。それでも、だ。

「悪かった」
「そればっかりだな」
「…門田を巻き込んだ原因は俺にもあるし、マジで、…謝る。ごめん」

「自分の身を大切にしろ」だなんて言われたけれど、そのために他人を犠牲にしていいのか。元々平和島をけしかける予定だった。平和島の怒りをうまく煽って、先輩方を片付けてくれたらラッキー程度にしか考えてなかったんだ。他人任せ。自分で蒔いた種なのに、他人にどうにか後処理をしようとしてもらっている自分が情けない。

「お前が、何か隠してたとして、俺がそれを知らなくてもいいなら無理矢理には聞かねえよ。だからその原因ってやつも深くは追求しない。さっきのあれだって、静雄が喧嘩売られてたから俺が助太刀しただけだ。静雄なら一人でも大丈夫だったんだろうがな」

そう言って、濡れた手で俺の髪をぐしゃりと撫でる。

「だから、んな泣きそうな顔すんなって」
「……悪」

もう一度謝ろうとした瞬間、バイブが鳴り響く。俺の携帯ではない。音は門田のポケット内から鳴っているらしく、乱暴に手を学ランで拭った後携帯を開く。メールだったのか、数度カチカチとボタンを弄り、やがて長い溜め息を吐いた。

「だから、臨也にはあんま近寄らない方がいいんだ」
「は…?」
「見てみろ」

溜め息混じりにそう言いながら、携帯の液晶を俺へ向けてきた。そこに映し出されているのは。

『おつかれさまv(^^)vシズちゃんと鬼ごっこの最中なんだけどシズちゃんがこっち来たってことは奈倉もいるんでしょ?言っておいてよ。よかったねって☆』

差し出し人欄には臨也と表示されている。

「こういう奴なんだよ、あいつは」

そう言い、忌ま忌ましげに携帯を睨みつけた後、無理矢理元の場所へとしまい込んだ。





「あ、」
「ん?」

放課後、ばったりと玄関で平和島と会った。金髪や制服が血で赤く染まっている平和島から他の奴らはあからさまに距離を取っている。胸元が刃物かなんかで切られたように裂けていて、ああ臨也のせいかと瞬時に分かった。

「それ、」
「ん、ああ。臨也にやられた。あー、でも一発ぶん殴れたから、今日は割と満足」

どのくらいストレス発散したのか、今の平和島からは怒りの感情は見えない。むしろ喜びさえ感じるほどだ。本当に仲が悪いんだな、と再認識。自分を避ける生徒に視線を向けるも、特に何も思わないと言わんばかりに平気な顔で靴を履く平和島をぼんやりと見る。

黙ってたら、普通にかっこいいのに。平和島はキレる沸点が異常に低いんだと臨也から説明されたことがある。それに人間ではありえない怪力、運動能力。それらが合わさって、平和島に向けられる他人の視線は自然と恐怖に満ちたものだった。実際、キレた時の平和島はやばい。

それでも、今は普通の高校生だ。身長が高い、金髪、血まみれ、制服はボロボロ。外見を見れば、本来なら怖がるところだろうけれど、俺は今の平和島に不思議と恐怖は抱かなかった。

「……お前、大丈夫か?」
「え」
「いや、昼間の奴らなんかお前に恨みありそうだったからさ。いや、大丈夫ならいい。帰る」
「っと、その…」
「なんだよ。俺といると変な目で見られるのお前なんだぞ」

あくまで無表情のままそう言い放つ平和島に返す言葉もなく、ふるふると首を振る。確かにさっきから視線が痛い。

「じゃな」

靴を履き終わった平和島が玄関から出ようと足を進めたところで俺の心臓は昼間に引き続き、再び大きく鼓動を鳴らしていた。

臨也が平和島をけしかけたから、先輩と平和島は喧嘩をすることになった。どんな方法で平和島を誘導したのかは分からないが、多分そうなんだろう。だとしたら、俺は平和島に全てを話して謝るべきなんじゃないだろうか。お前を利用しようとしていた、悪いと。

でもそんなことをして何になるんだ。俺が、平和島に伝えたいことはなんだ。

「平和島!」

気付けば、上履きのまま平和島を追い掛けていた。周りの生徒はギョッとした様子で俺達のことを見ている。ゆっくり振り返る平和島に、胸の中にある思いを吐き出す。俺にはそれしか出来ない。

「ありがとうな!ぶっちゃけ、めっちゃ助かった!!」

それまで無表情だった平和島がにか、と笑顔を作った。

「変な奴」




多分、これが正しかったんだろう。正解ではないにしてもだ。その証拠に俺の胸の中にはわだかまりは何もない。






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