あの日から門田との交流が始まった。交流といっても、一日に一言二言会話を交わす程度だ。普段はお互い別の友人もいるし一緒に行動するようなことはなかったけど、それでも味方が増えたようでなんだか嬉しかった。

だからといって臨也からの命令を門田に告げ口したりだとか、助けを求めたことは一度もない。正直辛いけれど、その辛さも臨也と岸谷を見ていたら諦めに変わる。昔の自分を本当一発でいいから殴りたい。殴った後に「あいつらに近寄るな」と怒鳴りつけてやりたい。まぁ、もう手遅れだけど。

「奈倉」
「ん?」
「今日は昼休み委員会って言ってたろ?」
「あ、忘れてた」

3時限目の終わりに急に門田が話しかけてきてかなり驚いたが、話題が委員会のことだと分かり、忘れかけていた記憶を引きずり出す。そうだ。今日は放課後に職員会議があるからと、委員会が昼休みになったんだった。朝に言われた連絡事項なんてろくに覚えていなかったから、言われるまで気付かなかった。

「おいおい、しっかりしろよ」
「はは、悪……あああ!」

ガタリ、と立ち上がる。突然の大声に周りにいた何人かが反応したが、そんなこと構ってられない。

完全に忘れてた。今日は昼休みに、俺がルートをチクった先輩方を黙らせるために平和島をけしかけろとかなんとか臨也に言われてたんだった。改めて考えると無茶苦茶な命令だ。あの平和島をどう上手く使えというのか。ろくに話もしたことないのに。

臨也の方をちらり、と見ると携帯を弄っていた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。寒いからかカーディガンを着ている臨也は、外見だけ見れば普通の、むしろイケメンの高校生なのに顔に浮かぶ笑顔が異常に恐ろしい。「なあに」と口パクで聞いてくる臨也の笑顔を横目に、ゆっくりと門田へ視界を戻す。

「門田」
「どうした?」
「俺、もしかしたら腹痛くなるかも知れない」
「は?保健室行くか…?」
「いや!大丈夫!それは大丈夫…」

なんか、やることが山積み過ぎて、少し泣きそうになってきた。





『さっきはどうしたの?』

やっぱりメールが来てると思った。差出人欄には臨也の名前ではなく、万が一のために登録してある甘楽の名前が表示されている。今は授業中だ。あんまり堂々と携帯を弄ることも出来ないし、手短に返信を返す。というかあまりメール越しでも会話をしたくない、というのが本音だ。

『昼休み無理です』
『委員会?』
『違います』
『嘘つき』
『嘘です無理です』
『奈倉』
『はい?』
『貸し一つ』

机に頭を激しくぶつける。ゴンッという音が教室中に響いて、教師やら周りのクラスメイトやらがこっちを見てきたがもう知らない。何も知らない。

「奈倉、お前大丈夫か?保健室行くか?今酷い音がしたぞ」
「…眠いだけ、ですから」
「…あぁ。おやすみ」
「…はい」

臨也の方を見ると、ひらひらと笑顔で手を振っていた。こいつの貸しは高いのを嫌と言うほど知っている俺は、誰にもバレないくらい小さく溜め息をついた。逃げれるのなら、ぜひ逃げたい。




「さっき奈倉やばくなかった?なしたの?もしかして、勃った?」
「マジで!?授業中にとかギャグだろ!しかもあのじじいの授業で?奈倉守備範囲広すぎ」
「はいはい。そうだよ、そういうことにしてくれよ。変態万歳。門田、委員会行こ……あれ?」

友人達の輪から離れ門田の席へ行くと、授業が終わって何分も経っていないのに門田の姿はなかった。門田どころか平和島も、臨也も岸谷も。先に行った、なんてことは考えられないし一体何処に行ったんだろう。

「まぁ、いいや。…俺、委員会行ってくるわ。先に飯食ってていいから」
「はいよ」
「勃起奈倉いってらー」
「声でけえよ!」

一応友人に断りを入れてから、俺一人でも先に行こうと教室を出ようとしてドン、と誰かにぶつかった。

「あ、悪…………げ」

顔を上げると臨也と岸谷という絶対に関わりたくないコンビの姿があって、ぺこりと頭を下げる。触らぬ神に祟りなしだ。いや2人は神なんかじゃないけど。

「臨也大丈夫?奈倉君も、前見て歩かないと危ないよ」
「…すみません。じゃ、俺はこれで」
「奈倉」

無表情な岸谷とは別に、笑顔の臨也は全てが予想通りと言わんばかりの笑みで俺に言葉を続ける。

「ドタチン、委員会行けなくなっちゃったんだって」

瞬時に臨也が何かを仕掛けと分かった。このタイミングからしてあの先輩のことか。でもそこに何故門田が出てくる?最近、俺と絡んでいたから。そんな安易な理由で?ここで悩んだどころで臨也には普通も常識も通用しない。臨也の理由で無関係の門田をも巻き込んだのか。答えはそれしかないだろう。その理由が何かなんて、ちっとも分からないけれど。

「そんな怖い顔しないでよ。大丈夫、ドタチン喧嘩強いんだから。俺なんか簡単にやられちゃうくらい」
「臨也…」
「大丈夫だよ。少しは信用してくれないかな。俺だって別に意地悪したいわけじゃないんだ」

子どもに語りかけるような優しい口調でそう言った後、目にギラギラとした悪どい光を映す。

何が意地悪する気はない、だ。こいつの意地悪は洒落にならない。それに今だってそんなに楽しそうに笑っているのに、自覚はないのだろうか。

「君は、自分の身を案じるのが一番じゃないのかなあ。頼れるものは頼って生きた方がいい。じゃなきゃ、いつかやられちゃうかもしれないぜ?」
「……そう、ですね」
「だから委員会でもなんでも早く行きなよ。ドタチンのことは忘れてさ」

あんた相手だから信用出来ないんだよ、わかってるくせに。ああ、本当この人が煩わしい。うざったい。どうして門田もこんな奴とつるんでいるんだろう。得があるとは一切思えない。

「…わかってるっつーの」
「おやおや、反抗期だねえ、あたっ」

ぽこん、と何か柔らかいものが当たる音がして音のした方を見ると、袋に入った菓子パンが臨也の頭の上に乗っていた。どういう状況なんだろう。もう一度、ぽこ、と音がしたと思えば岸谷がパンで臨也の頭を叩いていた音だった。

「何するの」
「いい加減悪趣味だよ。奈倉君も、行くならさっさと行った方が身のため。学習しなよ、少しはさ。臨也と絡んでいても何も得はないよ」
「はあ、」
「まぁ、君の場合自業自得だけど」

一言多いなこの人は。それに得はない、って本人を目の前にしてあっさり言いやがった。でもまぁ、助けてもらったのは事実だ。

「ありがとうございます」
「奈倉」
「こら、臨也。また君は」
「委員会が終わったら、体育会裏にでも行ってみなよ。面白いものが見れるよ、きっと」

そう言って微笑む臨也を一瞬だけ視界に捉えた後、俺は駆け出していた。

早く、早くと走って図書室の前まで辿り着く。門田、何があったのか。体育館裏と臨也は言っていた。信用していい情報なのかはまだ分からない。もしかしたら先に委員会に行っているのかもしれないと図書室に真っ直ぐ向かったのだが、俺の判断は正しかったのだろうか。

確認するべく慌てて図書室の中に入るも、やっぱり門田の姿は何処にもなかった。







「いじめすぎじゃない?」
「そう?あれくらい別にいいじゃん」
「門田君にも叱られたでしょ」
「あ、バレてる」
「説教ってレベルだったしね、あれは。静雄もびっくりしてたよ。門田怖い、って」
「うーん、考え直してはみるけどさ」
「そう言って直さないのが君だよね。分かってるんだから」
「さっすが新羅」
「で、大丈夫なの?」
「何が」
「薬とかなんとか知らないけど、四木さんと今日会ってくるんでしょ?奈倉くんの情報は確かなの?」
「まあ、大丈夫じゃない?実際、奈倉の調べた通りの日時に売人が来て、今では粟楠会で楽しい楽しいパーティー中だよ、きっと」
「想像したくない光景というか。まぁ、人間の身体が解剖されてると考えたらそのパーティーもなかなか興味があるよ」
「お前の考えだけは本当共感出来ないよ。っていうかしたくない」
「またそんな」
「でも、うん。大丈夫、上手くやるしさ」
「ならいいけど」
「心配ありがとう?」
「どういたしまして」
「で、さぁ」
「うん?」
「さっき得にならないとか言ってなかった?」
「幻聴かい?疲れてるんだよ、今日は早く寝ることをオススメする。友人としてね」






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