「…疲れた、だるい」


薄暗い校舎の中を、教科書が詰まったかばんを背負い歩く。重いかばんが肩にくいこみ、それだけで涙が出そうになった。

俺の高校生活はなんなのだろう。臨也にいいようにコキ使われて、それに馬鹿みたいに従って。中学の頃の自分を殺してやりたい衝動に襲われたが、過去をどんなに悔やんでも何も変わらないことは嫌になるくらい理解している。卒業後の進路も臨也の指示通りにしなきゃならないし、どうせこれから先、俺は臨也からは一生逃げられない。それならば、少しでも自分が幸せになれるように努力しよう。最近はそればかり考えていた。

でも今はそんなポジティブシンキングよりも、肩の痛みがもたらすネガティブ思考の方が強い。

先輩方と無理矢理仲良くなり、先輩御用達の薬の入手ルートを掴むといった難易度鬼畜な仕事が一段落したのが昨日。臨也に一通りルートを知らせると「ありがとう、今日はゆっくり休んでいいよ」と言われ、久々の休みに俺は朝からかなり上機嫌だった。

だから今日は学校が終わったと同時に、好きなシリーズの新作ゲームを買うつもりで一人わくわくしていた。臨也から報酬として万単位のお金を貰ってたし、ちょっと奮発してジュースとお菓子を買い込んで朝までゲームに明け暮れているつもりだったのに。帰ろうと教室から出た瞬間、後ろから年寄りのよぼよぼ担任に声をかけられた。

「奈倉、お前どこに行く?」
「へ?いや、だって今日掃除ないし帰ろうと」
「お前が人の話を聞かない奴ってのはよく分かった。図書委員は委員会があるって朝に言ったはずだが」
「はああ!?何すかそれ!ちょ、え、ちょ、マジかよ…」
「変な声あげてる暇があるなら、ほれ、さっさと行け。遅刻したら面倒だぞ」

意気消沈しながら委員会へ向かって、終わったのが今。ただの集まりだけかと思ったら、新刊のポップだのプリント作成だの、しまいには図書室の掃除だの。しかもありえないくらい広い。俺にとってはどの作業も苦痛でしかなく、何度時計を見たことか。そして今、トボトボと一人で廊下を歩いている俺。本当一体何をしているんだろう。今の気分を一言で表すなら「萎え」だ。

「あー!もう、くそ!」
「奈倉、お前何気に歩くの早いな」
「ぅえ!?」

突然後ろから声をかけられ、びくりと体が跳ねる。完全に一人だと思いこんでいたから驚きも倍増だ。というか俺の声、聞かれたんじゃないだろうか。この距離だから間違いなく聞かれているとしか、やばいどうしよう恥ずかしい。

「びっくりさせんなよ」

そう言いながら振り向くと、苦笑を浮かべた門田とぱっちり目があった。確か、俺の記憶が正しければ同じ図書委員だったはずだ。クラスメイトだが、あの臨也や岸谷と仲の良い奴だしとあえて距離を取っていたから門田のことはほとんど知らない。悪い奴ではない、と思う。多分。信用していい奴かと聞かれれば、まだ分からないけれど。

「門田も大変だな。こんな面倒な委員になって。俺もう無理だわ、マジ疲れた」
「いや、俺、自分で立候補したし」
「は!すげえ。なんで?」
「本好きだからな」

本が好きだからってこんな委員会に自らなりたいと思う奴がいるとは。心が広いのかもなあ、とかなんとか思っていると、未だに苦笑いのまま門田が喋りだす。

「一緒に帰ろうぜ。俺も今から帰るし。もし寄りたいとことかあったらついてくからよ」
「マジか!」

誰かと帰るなんていつぶりだろう。いつもは放課後、臨也の使いパシリにされたり、他校の先輩たちと交流をはかるためにあっちこっち走り回ったりと、友人たちと帰ることなんて全然出来なかった。携帯を見る。ディスプレイには、着信やメールを通知するアイコンは表示されていない。完全に今日は休みだ。

「あ、嫌だったら別に」
「嫌じゃない!むしろすっげー、嬉しいくらいだから!帰ろう。やっば、本当なんか嬉しい」

やたらと喜ぶ俺に驚きつつも、門田は苦笑を深くする。もしかしたら、こいつ。すごくいい奴なのかもしれない。







「本当ありがとうな。さっきまでブルーだったけど、今もう元気になった」

ゲームとお菓子の分重くなったカバンがもたらす痛みは、もう今では気にならない。立ち寄ったコンビニで買った熱々の肉まんを頬張りながら、冷たい風に体を震わせる。もうすぐ冬でもくるんじゃないだろうか。

「久々に、誰かとこうやってゆっくりしてるわ」

自分で言って、少し切なくなった。明日からまたいつものように臨也の使いっぱしりにされる生活が待っていると考えただけで気が滅入る。そんな俺の心中が顔に出ていたのか、門田が明らかに心配していると分かる目で俺を見た。早い話が同情だ。何度かそんな目で見られることはあったけれど、それが臨也の傍にいて、しかも臨也と仲の良い門田から向けられるとなると、少し意味が変わってくる。

「まぁ、別にいいや。本当ありがとう」

今日何度目か分からない礼を口にする。初めてこんなに喋ったが、今日一日で門田に抱いた印象は「良い奴」ということだけだった。悪い要素が一つも浮かばない。真面目過ぎず、かといって不良というわけでもない門田との会話は、途切れることもなく弾み、本当に楽しかった。

もう少しで家に着く。別れを切り出そうかと思っていると、門田が口を開いた。

「なんか、お前のこと勘違いしてたわ」
「へ?」

思わず間抜けな声をあげる。何をどう勘違いしていたのか、かなり気になる言い方だ。

「それはどういう」
「あー…、なんつーか、もう少し頭の弱い奴だとばかりな」
「ひどくね?」

見た目が馬鹿っぽく見えるのだろうか。でも黒髪七三眼鏡の真面目キャラで、臨也のパシリとなると寄ってくる奴がいなくなる。友人的な意味で。彼女はもうとっくに諦めているし、そこら辺は別にいい。学校生活を謳歌するべく最低限友人は必要だと、少しでも絡みやすい雰囲気を出そうとして髪を染め、制服を着崩して。でもそうか、馬鹿に見えるか。

「髪、黒くすっかな。そして七三分けにして眼鏡掛ける」
「悪かったって。じゃなくて、お前結構臨也と近いからよ。何も考えてないんじゃないか、って思ってな」
「近いって、別にそんなんじゃ」
「クラスの奴らも言ってるぞ。仲良いわけじゃないのに、いつも一緒だよな、って」

朝、夜にあった出来事を臨也に報告。昼、授業をサボって掴んだ情報を臨也に報告。放課後、臨也と打ち合わせやパシリのために一緒に教室を出る。登下校を一緒にしている時もあるし、改めて考えると一日の結構な時間を臨也といる気がする。

「もし、単なる小銭稼ぎ感覚でつるんでるなら忠告しようと思ったけれど、そんな奴じゃねえみたいだし」

いつのまにか足は止まっていた。もう星すら出ている空の下、冷たい風が俺らの間に走る。

「何があったとか、無理矢理は聞かねえからよ。もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃねえか?たまにはこうやって、誰かと話したりよ」

薄く笑いながら、そう告げる門田に俺も笑顔を向ける。

「めっちゃ助かるわ、サンキュー」
「きつくなったら言えよ。出来ることならしてやるから」
「ん」



門田と別れてから一人ぼんやりと今日を思い返す。

心配、しているんだろうな。やっぱ。自分の友人にいいように使われているクラスメイト。心配と哀れみが五分五分といったところか。本当にいい奴だった。なんで臨也と仲がいいのか、と疑うくらいだ。友人になりたいな、多分無理だろうけれど。俺のクラスメイトである以前にあいつは臨也の友人だ。多分臨也が許さないだろう。

不意に携帯のバイブが鳴る。ディスプレイに表示された名前は昨日まで仲良しごっこをしていた先輩の名前だ。臨也が何か行動を起こしたのか、まぁ俺には関係ない。

見なかったことにして、ポケットに携帯を押し込める。約2コール分の時間、バイブが鳴って、やがて消えた。

「…さみぃなー…」


漏らした声は夜にとける。






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