「もう意味分からねえ…、なんなんだよ。何があったんだよ。なんでお前は、なんで門田は…」
「なんだ、お前は何も…」

現状を把握しきれていない俺を見つめる目が、侮蔑するかのように歪む。

「何も知らないくせに」

そう言い残し、奈倉は教室の戸から逃げていく。走り去る音だけが静かな廊下に反響した。小さくなっていく足音を追いかけようとして、バランスを崩し床に這いつくばる。

「待てっ、待てよおい!待てって言ってんだよ!ふざけんな!!逃げんな…っ奈倉ぁあぁあああ」

痛みはさほど感じないのにも関わらず、上手く足に力を入れることが出来なくて。それでもなんとか上半身を起こすことが出来、門田の近くに腕だけで近寄る。

「門田、おい大丈夫か!?」

尚も、血が溢れ続ける胸に手を押し付ける。血で濡れた制服に触れると、身体中から血の気が引いていくのが分かった。こんなに大量に血を流すということが、死に直結するなんて俺でも分かる。

「っ、止まれ!止まれ!!止まりやがれっ!!」

止まらないことなんて分かっているのに。腹を撃たれても、足を何発撃たれても俺は平気なのに、胸をたった一発撃たれた門田は。こんな状況なのに、俺という存在がどれだけ普通の人間とは違うかを嫌なほど認識させられる。普段臨也から嫌になるくらい浴びせられていたはずなのに、臨也に言われるよりも今の方が何倍も自分の異常性に気付かされる。

「げほっ、ごぼ…!が、ふ…!」

突然門田がむせたかと思えば、口に溜まっていた大量の血を一気に吐きだした。その血は全て俺にかかり、ワイシャツや顔に派手に飛び散る。それを拭うこともせず尚も苦しそうに咳込む門田の様子を静かに見守った。

「わ、るい…げほ、もうつ…らい、くそいてえ」

うっすらと開いた目には、涙が溜まっていて。目を開くことさえも辛いのか、すぐに目は閉じられ、溜まっていた涙が伝い落ちる。

「…わるい、よわ、くて」
「いいからもう喋るな!」

喋らせていい状態じゃないし、そう判断したから門田へ制止の言葉をかけた。それでも頭のどこかでは、今しかもう門田の声を聞けるチャンスはないのだと警報を鳴らしている。

でも、それは門田がこのまま力尽きて死んでしまうことを認めるのと同じだ。そんなこと、絶対認めたくない。だっておかしいだろう。さっきまで、普通に歩いて感情のまま泣いていた奴があんな弾一つでこうもなってしまうなんて。

「さ、…みしいよな、おまえ…ひと、り…じゃ…っあ、ぃあ"ぁああ、はあ、ひぁ…ぐ、…そ……」

痛みに身体を硬直させ、もがき苦しむ門田に俺はただうろたえることしか出来ない。身体を取り替えることも、痛みを取り除くことも出来ないのだから。ただ自分の無力さを噛み締めることしか、今の俺には許されてはいない。

再び激しく咳込み、血を吐き出す門田はひゅ、ひゅ、と短く浅い呼吸を何度も繰り返す。その度に胸から血がごほごぼと溢れ出した。

「門田!っくそ…、くそおおぉ!!」
「はっ、は……しず…お、…ひとりにして、ごめんな…」

掠れた声でそう呟いたと同時に、門田の目が苦痛に見開かれる。

「はぁ、はあっ、…っんぐ、げほっ!、ごふ…、うあ…ぐ…、……ざや、しんら、し…ず、ごめ………ぅぐぅ、…ふうう"ぅ…!ッぁあ"ああ!」







*****



静かになった室内には、血の海の中脱力し横たわる門田とその横で黙ったまま座り込む俺だけがいた。俺と門田の血が混ざり合い、周囲の床は完全に赤一色で埋めつくされている。

門田は、最後まで苦しみもがきながら死んでいった。何度も繰り返し「ごめん」と謝り続けながら。俺はというと、腹の痛みは完全になくなり、足の方ももう少し経てばまた再び歩けるようになるまで回復していた。

「……やっぱ、こんなの人間じゃねえよなあ」

もし俺が人間だったなら、今頃門田と一緒に死ねたのに。人間、だったなら。それでも俺は人間にはなれない、ならばやることは決まっている。


殺してやる。


殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す何がなんでもあいつを殺してやる。逃げても泣いてもどれだけ生きたいと願ってもあいつを殺してやる。門田が苦しんだように、あいつも同じように。

そして全て終わらせてやる。



最期に門田は何を謝っていたのだろう?何が俺の知らないところで起こっているのだろう?疑問はとめどなく溢れるが一つも明確な答えは出ないまま、心が締め付けられる感覚に陥る。

こんな俺は一人でどうすればいいんだろう。この力で残りの奴らを全員殺して、俺が生き残って、今日の事を綺麗さっぱり忘れてこれからも生きていく。そんな事、俺に出来るのか?殺してやる。俺に人間を殺せるのか。でも殺したい。門田は生き返らないのに。殺さなきゃならない、誰もそんなこと望んでいない。

「どうしろって言うんだよ…」

でも殺さなければ。門田が殺されたんだ、殺した奈倉がのうのうと生きているなんて俺には堪えきれない。門田はあんなに苦しんだのに。

それに。ここで奈倉を殺さなければ、俺はなんのために存在しているのか分からなくなってしまう。力があるにも関わらず、門田を守れずただ目の前で何も出来ずにうろたえるしかなかった自分の無力さが忌ま忌ましい。認めたくない、門田の死も、自分が何も守れなかったという事実も。

「……臨也、新羅」

そうだ探さなければならない。そのために俺らはここまで来たんだ。何も知らないまま終わらせたくない。俺の知らないところで何があったのか、それを知らないままではいけない気がした。

傷口に触れる。貫通せずに身体の中に残る弾を取ろうと、肉の中に指を入れ指を動かす。柔らかい肉の先に固い弾を発見し、穴を拡大させるように、入れた指を追加させ抉るようにして弾を取り除く。痛みなんて感じない。傷口から指を出すと、赤や黄色や朱色様々な色と物体が付着していた。それに対し嫌悪感も何も抱かない辺り、どこかおかしくなってしまったのだろう。

俺が立ち上がれることに一体何の意味があるんだろう。全てを終わらせるため、自殺するため、奈倉を殺すため、あいつらと会うため、何かを知るため。色々な可能性が浮かび上がる。それでも俺は、何が起きたのか知りたい。あいつらに会いたい。

あいつらに会って門田が謝っていたと伝えなくては。最期の門田の言葉を伝えなくてはいけない。それがどんな意味を持っていようと門田の言葉に変わりはない。


「門田、……」

守れなくてごめん。これ以上門田の姿を見たくない、それでも目を逸らすことなんて出来なくて。この現実はしっかりと受け止めなくてはいけない。

『寂しいよな、一人は。一人にしてごめんな』

最後の最後まで俺の心配をして。自分がもう死んでしまうというのに、こいつはどんな状況でも友人を大切にする。そんな門田だからこそ好きだった。まともな友人が出来たことのない俺に、いや俺達3人に人並みの楽しさを教えてくれて、最後まで見捨てないでいてくれた。だからこそ、臨也も門田の言うことなら聞いていたし、俺達以外のクラスメイトと交流しない新羅も門田と話している時は楽しそうだった。

門田の手を取る。がっしりと大きいそれを頬に当てると、微かに温かさが伝わってきた。それがついさっきまで生きていたことを告げていて。それでも普通より低い体温に門田が死んでしまったという事実も同時に突き付けられる。

「門田…ごめん…俺が、守っていれば……ごめ…」

何かが壊れたかのように、ぼろぼろと溢れ出した涙が頬を伝い門田に落ちる。目の前が涙で見えなくなっても、赤だけは認識出来た。門田の血、それを見てまた熱いものが込み上げてくる。

「ぅ…ひっ……ぅえ…」

嗚咽も止まらなくて、こんな風に自分が泣けるのかと驚いたくらいだ。どうしようもなくなったやり場のない感情を涙で流していく。拭っても拭っても涙は止まることを忘れたかのように次々とこぼれる、鼻が痛みを訴える、呼吸がままならなくなる。このまま死ねたらどんなに楽なんだろう。

縋るように頭を門田の胸に押し付ける。髪が濡れたがもうそんなことは気にしない。止まってしまった心臓は何の音を発することなく、ただ門田の中にあるだけだ。

一緒に居て楽しかった。いつも孤立しがちな俺の隣にさりげなく立ってくれて、俺たちに居場所を作ろうとしてくれたことも知っている。喧嘩をして怪我をした俺に、大丈夫だというのに「怪我が悪化したら大変だ」と普通の人間と同じように手当てをしてくれたことも、きちんと覚えている。

門田の匂いが血で遮られて分からない。それがどうしようもなく悲しくて、どうしようもなく悔しかった。

それでも俺は立ち上がる。きっと癒えないであろう傷を胸に抱いて。ぴちゃり、と門田と俺の血が音をたてる。一歩歩く度に水溜まりの中を歩くかのような音が足下から聞こえた。この音がなくなった時、俺はしっかり歩けているのだろうか。

奈倉が逃げた戸まで辿り着く。門田一人残して俺だけ進むことは、逃げたことにはならないのか。でも立ち止まることも出来なくて。少しでも前に進んでいることを願いながら乾いた廊下に足を一歩踏み出す。教室とは打って変わって気持ち悪いくらいの暑さが身体を襲い、それだけで精神が狂ってしまいそうだ。

「…じゃあな」

教室で横たわる門田に別れを告げる。廊下の先には闇が広がっていて足を進めることに一瞬躊躇ったが、振り返り門田を見るとその戸惑いも直ぐに一掃された。

涙を堪え、戸を閉める。


願わくば安らかな眠りを。




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