次に目覚めた時、枕は涙で濡れていた。辺りを見渡すも、薄暗い室内は確かに俺の部屋だ。起き上がり、喉の渇きを潤すため冷蔵庫に向かい、冷えた牛乳をコップに移すことなく、パックに直に口を付けて飲み干す。

ようやく覚醒してきた脳を少しずつ動かしながら夢の中の記憶を巻き戻してみる。今までの夢と同様に終始全て覚えているのを確認してから、再びベッドに戻り枕元に置いてある写真立てに手を伸ばした。そこには8年近くも前、まだ臨也が生きていた時に撮った写真が収めてある。門田と新羅と、俺と臨也。懐かしさが込み上げてくるのを感じながら、それを元の場所に戻した。

ふと、布団の上に何かが落ちているのを見付けた。手にとり、見つめる。布団の上にあったのは見覚えのある一輪の花だった。

それを持ってキッチンに行き、小さめのコップに水を入れ一輪の花を挿す。真っ直ぐ成長し、綺麗な花を咲かせたそれはあの夢の中で見たのと全く同じ花だった。写真の横にそれを置き、出掛ける準備をする。仕事まで、まだ1時間以上時間はある。

少し寄りたい所があった。




「臨也がもう現れなくなった」

いつものように新羅は早朝から訪ねた俺を拒むことなく、消毒液の臭いが漂うリビングへと通した。ソファーに腰掛けたと同時に発した俺の言葉に新羅は驚いた顔を見せて、次に泣きそうな顔を見せる。

実際に現れなくなったわけじゃないけれど、今夜家に帰って寝たどころで、もう夢は見ないだろう。今日だけじゃない。これから先ずっとだ。

「一件落着、かい?」

ぎこちない笑顔を浮かべたまま俺の横へと座る新羅に、頷きを一つ。セルティはまだ寝ているのかリビングに姿はない。ちょうどいい。これから話すことは、他人にはあまりに馬鹿げた妄想にしか聞こえないだろうから。


夢の中で起こったことを話している時、新羅は俺から一度も目を逸らすことなく真剣に俺の話を聞いていた。全て話し終えると、新羅の顔に苦汁の色が滲む。

「…僕が君に全部伝えていればこれはもっと早くに解決出来たことだった。謝るよ、ごめん」
「馬鹿、お前は悪くねえよ」
「でも僕は、全部知ってて…。そうすれば君だって」
「良かったんだよ。これで」

新羅は臨也の気持ちを知っていて、でもそれを俺に伝えなかった理由はなんとなく想像出来た。俺が何年間も臨也の夢を見るのは、好き故に未練があるからだと判断して、だからこそ臨也も俺のことが好きだったと告げてしまえば未練が濃くなるか、余計に精神が参ってしまうと考えたんだろう。

当たり前だ。何年も夢の中で死を繰り返す臨也の姿を見るのは、もう俺には無理だった。極限まで追い詰められた精神状態でそんな事実を聞かされても、きっと俺はそれに耐え切れられなかっただろう。

「……そういえば」

一つ伝え忘れていたことを思い出す。直接新羅に関係したことじゃないが、これも伝えた方がいいだろう。何だと首を傾げる新羅にあの時臨也が言っていた言葉を告げる。

「新羅と門田に迷惑かけんな、ってさ。甘えたくなるのは分かるけど…って…」
「……夢であれ現実であれ、僕はそれを信じるよ。臨也も丸くなったんだねえ」

穏やかな口調で語りかける新羅に「そうだな」と静かに返す。あいつはもう昔のあいつじゃない。俺達が年をとったように、あいつもあの夢の中で変わっていたということだ。弱くて、俺にしか頼ることが出来なくて。早くあいつの所へ行きたいけれど、それはまだ先だ。人より頑丈なこの体が簡単に死を許すなんて考えられない。いずれ死ななければいけない時がきたら、その時は臨也に会いに行こう。

「今度、門田君も誘ってさ3人でお墓参りにでも行こうか。彼、毎年命日には菊とか色々手向けてくれてるんだよ」
「…だな。俺も都合がいい時に連絡するわ」
「うん。僕も門田君に連絡取ってみる」
「あー、悪いな。任せる」
「ううん、気にしないで」


臨也が死んで8年目、ようやく俺の時間が動き出した。





教室を映し出すスクリーンを煙草を吸いながら眺める。その中では臨也が戸から出て何処かに行ったり、窓の外の景色を見てのんびりと過ごしているようだった。たまに何処からか猫を連れてきて一緒に昼寝してたりする光景は平和そのもの。というか、満喫し過ぎじゃないか?臨也の順応能力の高さは本当敬服に値する。

「あれ、デリくん。何見てんの?」

にゅ、と擬音が合いそうな動作で背後から顔を覗かせたのは性悪バカ兄貴だ。臨也のこんな姿を見た後じゃ憎さは何倍にも跳ね上がる。肺を満たしていた煙をその顔目掛けて吹き掛けると、煙たそうに顔をしかめて俺から離れていった。ざまみろ。

「うえっ、けほ…!」
「話し掛けんなバカ兄貴」
「ひ、ひどくない?サイケ、デリくんよりお兄ちゃ」
「んなの知らねえし」
「……なに、そんなに臨也くんに会えないのが寂しいの?」

急に何を言い出すのかと兄貴の顔を見れば、にやにやと邪気100%の笑顔を浮かばせながら俺のことを見ていた。性格が悪いのもここまでくれば重症だ。構うのも馬鹿らしくなってきたし、性悪兄貴を無視しスクリーンを見る。

「……幸せそうで良かったじゃん」

少なくとも今の臨也は昔みたいにめそめそしていない。静雄とのあの出来事があったからか、時折見せる笑顔は本当に幸せそうだ。想いを伝え、静雄はそれを受け止めた。臨也の願いは欠陥一つない状態で叶ったんだ。そりゃ幸せだよな。

そこで一つ疑問が浮かぶ。

「ていうかさ。なんで臨也あん時静雄に好きだって言えたんだよ。言えなかったんじゃなかったっけ?」
「……さあねえ。愛の力ってやつなんじゃないの?よく分かんないけど」
「兄貴がなんかやったんじゃねーのか?」

考えられる可能性はそれしかない。確信めいたものを持って尋ねてみたのだが、兄貴はにっこりと笑みを深めただけで答えを得ることは出来なかった。兄貴の気まぐれに振り回されるあいつらも大変だな、と他人事のように思えるのはようやく臨也と静雄の関係に決着がついたからだろう。そうじゃなければ今頃本気で兄貴につかみ掛かっていた。

「後さ、今回は制限時間設けなかったんだな」
「知らない知らなーい。津軽じゃないの?何も知らないもーん」
「どうだかな」

あの人が俺達の馬鹿げた遊びに関わるわけないだろうに。ごまかし方が下手過ぎる。

「俺だって、本当はもう少し困らせたかったのにさ。怒られるの嫌だし、……本当つまんない。でも俺もさすがに疲れたし……丁度良かったかなぁ…」

ふあ、と小さく兄貴が欠伸を漏らす。もう誰も泣かない、誰も苦しまない。血も死も何もないただの平穏が俺達の前にはあった。俺が心配しなくても、後は時間がどうにでもしてくれる。

「……俺たちの役目もなくなったことだし、もうゆっくり過ごそっか?」
「だな。早く静雄こねえかなー、臨也絶対喜ぶぞ」
「だろうねえ。ま、気長に待とうよ」





「早くシズちゃんに会いたいな。ねえ、君もそう思わないかい?」

すっかり俺に懐いた猫に笑い掛けると、小さく、でも確かに鳴き声をあげた。擦り寄る猫を抱きかかえ、その鼻先にキスをする。

約束は守られる。根拠も、確証も何もない約束。縋り付くんじゃない。信じるんだ。約束したいつかが来るまで、シズちゃんの温もりを思い出しながら。


「楽しみだなぁ」



永遠に続く夢の終わりにて



ぱちぱち


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