「臨也」
「やだ」

ただ名前を呼んだだけなのに、いやいやと首を横に振る。さすがに長い時間抱き締められるのは嫌か、と僅かに胸の痛みを感じながら離れようとすると、臨也の腕の力が強くなった。

「離れたくない」

涙声が聞こえてきたかと思えば、俺を見上げる臨也の目が涙で濡れていた。そして離れたくないと言ったにも関わらず、俺の腕からおずおずと離れる。何を考えているんだろうかと思っていると、赤い目から涙が頬を伝い落ちた。袖で拭うも意味がないと言わんばかりに、次から次へと伝い落ちていく。

「でも…駄目……。ずっと、シズちゃんは、辛かったんだよね?俺がシズちゃんに執着するから。だって毎日何年間もなんて…おれ…ごめんね……ごめん…」

泣きながら謝る臨也の顔を見ていられなくて再び抱き締めると、僅かに抵抗してみせたが直ぐに大人しくなった。辛いのは俺だけじゃなかったんだ。それなのにあの時の俺は感情に任せて臨也を責め立てた。そのせいで臨也は今俺に謝り続けている。違う、俺はこんな姿が見たかったんじゃない。

「臨也」
「なに」
「確かに辛かったよ。目の前で何回も何回もお前が死んで。助けても、殺しても、何をしても駄目で、辛かった」

俺を抱き締める手に力が篭った。何を言われるのか怯えているのが、嫌なくらい伝わる。死んでから何年も経った、生きている時の臨也とこの臨也は同じだけれど違う。俺という存在に縋り付く臨也、俺だけしか見ることが出来ない臨也。俺しかこいつを守ることが出来ないのに、突き放すことなんて出来やしない。

「でも、それはお前が死ぬからだ。お前に会うのが辛かったわけじゃない。だからさ泣くなよ。その方が辛い」

言い終わると、ずびと鼻を啜る音が聞こえ、あろうことか俺の制服で涙を拭き始めた。鼻水じゃないだけまだマシか。恥ずかしそうに頬を赤らめながら、涙目で俺を睨みつける臨也にもう弱々しさは感じない。

「……泣いてないから」
「あっそ」

泣きながら謝られるよりは、これくらい強がってくれるくらいが丁度いい。その方があの頃みたいに笑える。

「泣いてないなら、なんで俺の制服は濡れてるんだ」
「そんなの知らないし。……なんなの、本当。シズちゃんのくせに本当なに…」

ぶつぶつ愚痴を漏らす臨也の頭を撫でてやると、ようやく抱き着いていることに恥ずかしさでも覚えたのか、もぞもぞと動き始めた。もぞもぞもぞもぞ。どれだけ動いても俺が離す気がないと分かったのか、むっすりとした表情になる。泣いたりむっすりしたり忙しい奴だな。

「離してよ」
「それは駄目だ」
「なんで」
「お前が嫌がらねえから」
「嫌がったら離してくれるの」
「………」
「なんでそこで黙るのかな?」

例え嫌がられても離したくはないけれど。でも調子に乗って本気で拒絶されたらきっと立ち直れなくなる。弱っていたから拒まなかっただけだ。臨也に他意はない。名残惜しいけれど臨也を腕の中から解放してやる。すると臨也は面白くなさそうにぷい、と俺に背を向けた。

「本当に離すんだ」
「…お前は俺にどうしてほしいんだよ」
「別にー」

離せと言ってみたり、いざ離したら今度はこうだ。本当にこいつの考えていることは分からない。

時計を見る。
あれから結構時間が経ったはずなのに少しも短針は動いていない。それでも秒針はくるくると回り、確かに時を刻んでいる。そうだこの夢には制限時間がある。まだ時間に余裕があるとはいっても、もたもたしていればまた臨也は死んでしまうだろう。それだけは避けなくては。

「安心しろよ」
「何がさ」
「お前が、何か後悔とかがあって、それが原因でまだ死ねていないんだとしたら俺がなんとかしてやるから」
「本当?」
「あぁ」

少し気恥ずかしいけれど、臨也を助けられるのは俺しかいない。変な正義感も相まって、臨也にそう言ってみたのだが。はたして俺の選択は正しかったのか。振り返った臨也の顔には少しの期待の色が見える。

「じゃあシズちゃん、一個だけお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん、最初で最後のお願い」

最初で最後のお願い、これを聞けば臨也は満足するのだろうか。何年間も俺の夢に会いにきて、それほど強かった思いがたった一回きりの願いで済まされてしまうのか。それでも臨也が叶えたかった願いには代わりはない。

もしかしたら、俺は殺されるのかもしれないな。あいつ俺のこと嫌いだったし。でも死ぬのもいいかもしれない。死んで時間が終わったとしても、それは時間が止まっていた今までと何も変わらない。むしろ臨也の願いを叶えることが出来たんだから、プラスになるだろう。

そんな俺の物騒な思考とは裏腹に臨也はぎゅ、と瞼を閉じた。

「こうやって、目閉じて」
「なんで」
「それは秘密かな」

目を閉じる?それだけで臨也の未練はなくなるのか。言われたからにはやるしかない。俺に目を閉じさせて、臨也は何を得るんだろう。

「ん、ほらやったぞ」

真っ暗な世界で、臨也の足音だけが耳に届く。一歩、二歩。始めから近い距離にいたのだから、二歩近付いてくるだけでも結構な至近距離ということになる。本当に何をしたいんだ。臨也の呼吸がすぐ真下から聞こえ、目をつぶりながら下を向く。

「シズ、ちゃん」

ちゅ、と唇に何かが触れた。





ぱちぱち


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